血と涙
少し残酷な部分があります。苦手な人はご注意を。
「アンナちゃん、今日はいい子でお留守番しようねー。」
(ああ、懐かしい…母さんの声だ。)
「はいはーい!おばさん、アンナいい子にするよー!」
「アンナちゃんは、元気いっぱいだなっ。」
アンナと父さんの声も聞こえる。父さんはアンナちゃんに甘いからな。
(あれ…どうして父さんがいるんだっけ?)
「パパとママが居ないからって泣くなよアンナ。」
「もう、いじわるいわないでよお兄ちゃん。お兄ちゃんがいるからアンナ、さびしくないもん!」
僕は小さなアンナをいつものようにからかう。
アンナが小さいのは当たり前だ、つい先週6歳の誕生日を皆でお祝いしたところだ。
(俺は大きくなったアンナを知っている)
「ふふふっ。相変わらず、アンナちゃんは伊澄の事が大好きみたいね。」
「あのね、あのね!アンナは、お兄ちゃんだいすきだよ。」
ぴょんぴょん跳ねながら、アンナが僕のところに駆け寄ってくる。
ソファに座っている僕の膝に手をついて、なんども飛び跳ねながら、くりくりとした赤い目を僕にむける。
「だからね。アンナはお兄ちゃんとケッコンしておよめさんになるんだよ。」
「ははっ、本当かアンナちゃん?伊澄の嫁さんになってくれるのか?」
「なるよー。だってね、アンナね。お兄ちゃんとおやくそくしたんだよ。いひひひっ!」
「そうだよねー。約束したんだよねー。」
僕はアンナと一緒に、首を同じ角度に寝かせながら「ねー!」と言って、二人で笑う。
向かいのソファに座る父さんと母さんも僕とアンナを優しい笑顔で見ている。
(俺、あの頃は幸せだったな。)
「アンナちゃん、今日はパパとママの大事な用事で行けなかったけど、また今度皆で一緒に動物園行こうね。」
「うん!またいこうね。アンナ、どうぶつえんすきー。」
今日、本当はアンナの家族とウチの家族で動物園に行く予定だったが、アンナのパパとママに急な用事が入り、行けなくなってしまったのだ。
アンナは最初、この世の終わりのごとく泣いて喚いたらしいが、ウチの家族と一緒に留守番することになったらケロッと機嫌が良くなった。母さんが言うには、僕が一緒なら我慢すると言っていたらしい。
アンナとは血は繋がってないが、僕は本当の妹のように思っていたが最近少し考えが変わった。前は恥ずかしくて曖昧にしてからかっていたが、アンナの言う結婚も悪くないんじゃないかと思っている。だって本当の家族になれるんだから。大きくなっても、今と同じように僕を好きでいてくれるといいなと最近特に思う。
(アンナは、今でも俺の事を好きでいてくれてるんだよな。)
「さて、母さんはご飯の準備をしようかな。今日はカレーだぞー。」
「わーい。カレーだー。アンナカレーだいすきーっ!」
「アンナは、本当にカレー好きだな。」
「うん。だいすきー。」
「ふふっ、アンナちゃん楽しみにしててねー。でも時間がかかるから、お部屋で伊澄と遊んでなさい。」
「はーい。お兄ちゃんとあそぶのー。」
僕はアンナに手を引かれながらリビングにある「アンナの部屋」のプレートが掛かった扉を開ける。
「あっ!そうだ母さん、じいちゃんはいつ来るの?」
「さっき家を出るって電話があったから、一時間後ぐらいじゃないかしら?どうしたの?」
「えっ、いや、また魔法教えてもらおうと思って…。」
これは、ウチとアンナの家だけの秘密だが、じいちゃんと母さん、それにアンナのパパとママはなんと魔法が使える。特にじいちゃんはすごい魔法使いだったみたいで僕の憧れなのだ。父さんと母さんには反対されているが、何時かじいちゃんみたいなすごい魔法使いになりたいと思っている。
「もう、伊澄はー。少しぐらいはいいけど、危ないことしちゃだめだからね。」
「そうだぞ。お義父さんに憧れるのわかるが、魔法は危険なものだから十分気を付けるんだぞ。」
「はーい。わかってまーす。」
(俺はまだ魔法の恐ろしさを全然分かっていなかった。)
「お兄ちゃん。はーやくー。あそぼーよー。」
「あーごめんごめん。わかったわかった。」
アンナが口を尖らせながら僕のズボンを引っ張る。アンナの部屋に入って扉を閉める。アンナの部屋はぬいぐるみと絵本で一杯だ。
「お兄ちゃん。これよんで。」
「はいはい。じゃーここに座って。」
アンナはお気に入りの絵本を持ってきて僕に渡すと、淡いピンクのラグの上にちょこんと座って、水色のクマのぬいぐるみを抱きしめる。このぬいぐるみは、6歳の誕生日に僕がプレゼントしたものですごく気に入ってくれている。
僕はアンナの隣に腰を降ろしてアンナが見え易いように絵本を開いて読み始める。シンデレラの絵本だ。アンナはお姫様の出てくる絵本が好きで、シンデレラの次はしらゆき姫、そして人魚ひめを読んでる途中で、寝てしまった。
クマのぬいぐるみを抱きしめてラグの上でスースーと寝息を立てている。
部屋の時計を見ると一時間ほど経っていた。
「じいちゃん、そろそろ来るかな。」
そう僕が呟いたとき、リビングの方で轟音とともに母さんの悲鳴が聞こえた。何が起こったのかわからず、不安だけが大きくなっていく。
「んんぅー。お兄ちゃん…なーに?」
「アンナはここで寝てていいよ。ちょっと待ってて。」
僕は目を覚ましたアンナを見て、守らなきゃと強く思った。
すっと立ち上がって、震える手で扉をゆっくりと開ける。
(だめだ。開けないでくれ俺は見たくない。)
開いた扉から見えた光景に血の気が引いていく。リビングには見知らぬ灰色のフードマントを来た男が三人立っていた。そして、母さんが床にうつ伏せに倒れた父さんを守るように、魔法の盾を張っていた。
「ねぇ、あなた、返事をして…ねぇ!」
母さんの呼びかけに父さんは反応しない。父さんの体の周りに血が広がっていく。僕は気持ち悪くなって吐きそうになった。
「おにーちゃん。ねぇ、どーしたの?」
部屋の中から、アンナの不安そうな声が聞こえ、僕は咄嗟に部屋の外に出て扉を閉める。アンナには絶対見せちゃダメだ。
扉を閉めた音で母さんとフードマントの男たちが僕に気付いた。
「娘はあそこか…。」
男の一人が、冷たい声でそういうと、僕に向かって魔力弾を放つ。思わず目を瞑るが何も起こらなかった。目を開けると母さんが魔法の盾で防いでくれていた。
「伊澄とアンナは母さんが守るから大丈夫よ。」
母さんが優しい笑顔を俺に向けるが、全然大丈夫だと思えない。フードマントの男たちが、次々と魔力弾を放つ。母さんが呻いて苦しそうな表情を浮かべる。魔法の盾が徐々にひび割れていく。
(ああ、母さんが母さんが死んでしまう。)
「伊澄…。ごめんね。」
そしてついに母さんが作っていた魔法の盾が砕け散る。次の瞬間、男の一人が母さんに向かって跳躍し、持っていた剣で母さんの胸を貫いた。母さんの口から赤いものが溢れた。男が母さんの胸に刺していた剣を引き抜くと、母さんが僕と目を合わせ何かつぶやいた後、父さんに折り重なるように倒れ込む。
「か、母さん…父さん…。」
足が震えだし僕はアンナの部屋の前にへたりこむ。
母さんが、母さんが…怖い、気持ち悪い、逃げ出したい。
扉がドンドンと叩かれた。僕は咄嗟に扉を開けられないようにドアノブを強く握りしめる。中からアンナが扉を開けようとするが開けさせない。絶対開けちゃダメだ。
「お兄ちゃん。あかないよ!…いじわるしないでよ!」
(そうだ、アンナだけは絶対に守らないと…。)
アンナがドンドンと扉を叩くが、ドアノブは離さない。僕はフードマントの男に魔力弾を放つ。だが、男に届く前に剣で打ち落とされる。二度三度と、魔力弾を打ち続けるが簡単に剣で打ち落とされる。何で当たらないんだよ!
怒りと悔しさが込み上げていつの間にか僕は泣いていた。それでも魔力弾を打ち続ける。
「お兄ちゃん…ぐずっ…いじ…わる…ひっく…うわあああん。」
扉の向こうでアンナが大声で泣き出したが、構わず僕は魔力弾を打ち続ける。フードマントの男たちに効果は無い。くそっ、なんでだよ!
「いいかげん。鬱陶しいな…。」
男が僕に向かって剣を構えたので、思わず目を瞑った。しかし僕の身には何も起こらない。
ドサッドサッと音がして僕はゆっくりと目を開ける。三人の男たちは床に倒れ、じいちゃんが、母さんの所に座って首に手を当てている。
アンナの部屋の中からは、鳴き声が聞こえているがなんだかよくわからない。僕は怒っているのか、泣いているのかわからない。
僕はスッと立ち上がって、寝ている父さんと母さんを起こしに行く。こんなところで寝てたら風邪をひいてしまうよ。
(父さんと母さんは死んだ。いや、殺されたんだ。)
父さんと母さんの体を揺するが、二人とも起きてくれない。早く起きてほしいのに二人ともいくら揺すっても起きてくれない。ピチャッと音がして、赤い水で父さんと母さんが濡れている。僕はこれ以上濡れないように赤い水をかき集めるが、僕の顔からも水がどんどん落ちて余計に二人が濡れてしまう。
じいちゃんが何故か僕を抱きしめた。僕は寒くないよ。風邪をひきそうなのは、こんなところで寝ている父さんと母さんだよ。じいちゃんにそう訴えたけど、じいちゃんは僕に「すまない」と謝るんだ。なんでだろう。
アンナはずっと泣いてるし、じいちゃんは変だし、父さんと母さんも起きないし、僕はなんだか疲れたよ。
そうだ、僕も父さんと母さんと一緒に寝てしまおう。中学生にもなって、一緒に寝るなんておかしいかな。僕は寒く無いように父さんと母さんに、くっ付いて寝転がる。
伊澄くんの消されていた記憶のお話でした。




