夕食と報告会
ハイデマリーと共に食堂に入ると、サナエ様とグレゴール、そして王城に戻っていたはずのランベルトがテーブルを囲んでいた。夕食はハイデマリーも一緒に食べるので、グレゴールの隣に座る。貴族教育の進捗報告をするためだ。なので、夕食の給仕はイルメラが俺を担当する。
俺は、ランベルトの隣に座る。
「ランベルト。戻っていたのですね。王城の、アンナマリア様の様子はどうでしたか?」
はやる気持ちを抑えきれず、ランベルトにアンナの様子を聞く。
「イズミ様。気持ちは分かりますが、まずは食事を楽しみましょう。貴族は優雅さが大切ですよ。」
「そ、そうですね。失礼しました。」
食事を進めながら、まず報告されるのは俺の教育や訓練の内容についてだ。
「イズミ様は、少しマナーについては苦手意識があるようですが、呑み込みが早くこの一週間で多くの貴族知識を覚えて頂きましたわ。後一週間もあれば、王城でも問題なくご対応できるようになると思いますわ。」
「ふふふっ、さすがハイデマリーですね。」
「いえサナエ様。イズミ様が優秀なのですよ。」
「そんなことないですよ。ハイデマリーの教え方はとても分かりやすいですから。」
ハイデマリーの報告をサナエ様が嬉しそうに聞いてくれるので、俺は何とも言えないこそばゆさを感じる。親の前で先生が褒めてくれる時の感覚だ。
「訓練の方も順調ですね。体力面は時間がかかるので引き続きギリギリまで頑張って頂きますが、魔力面については、目を見張るものがありますね。特に魔力量については既に私を超えておられます。」
「まあ、それほどに!椋善の血ですかね、それともアンジェラかしら?あの二人の魔力量は並外れていましたからね。」
「明日からは、より実践的な訓練に入る予定です。」
「伊澄、明日からも励むのですよ。」
「はい。サナエ様。」
実践的な訓練ってなんだろう、また明日からグレゴールの訓練が厳しくなりそうだ。
食事が終わり、お茶が出されたところで、サナエ様が人払いをさせる。最低限の護衛と側仕え以外は部屋の外へとだされる。扉が閉まったのを確認してサナエ様が口を開く。
「ランベルト。王城の方はいかがでしたか?」
「報告は幾つかありますが、思ったほどの混乱はありません。」
「イズミ様が居なくなった事については、厄介者が消えて、むしろ好都合と思われているようですね。一応行方を探しているようですが、形だけのようですね。」
「こちらに居ることはまだ知られていないと思って大丈夫ですか?」
「それについては、問題ないかと、本日こちらに来る際も追跡はありませんでした。」
「ひとまずは大丈夫そうですね。」
ランベルトの説明を聞いて、俺が王様や王城の人達にとって、かなり邪魔な存在だったと思い知らされる。
サナエ様がふーっと息を吐く。
「それから、大きな問題になるとは思いませんが、イズミ様が異世界から来たことについては、ほとんどの者が気付いていますね。リョウゼン様の孫とは気付いてないようですが。」
「まあ、それはどうしてでしょうか?」
ランベルトが鼻息を吐いて、わざとらしく両手を広げて見せる。
「国王陛下の命令で、魔導工房のにある転移門の部屋が厳重に閉ざされ、警備が強化されました。あれでは転移門から来たと言っているようなものですよ。」
「…まったく。我が孫ながらなんと迂闊なのでしょう。…それとも何か裏があるのでしょうか?」
「いえ、特にはないと思われます。強いてあげれば、姫様が逃げないようにされているだけかと。」
王様と最初に会った時、確かに転移門を閉ざすって言っていたな。それにアンナなら逃げ出しそうなので分からなくもない。
「後は…。」
ランベルトがサナエ様に向けていた視線を俺に向けた。なんだろう?
「姫様についてですが、かなり荒れていらっしゃいますね。ヘルミーナ様がお慰めするのが大変だと申しておりました。」
「すいません。私が居なくなったせいでヘルミーナに大変な思いをさせてしまって…。」
「いえいえ、イズミ様のせいではないですよ。姫様が荒れているのは、イズミ様がイルメラを気に入って二人で駈け落ちしたと、私が報告したのが原因ですから。」
「はぁ?」
俺は思わず間抜けな声を出して、後ろに控えるイルメラを見る。イルメラが目を丸くした後、頬を染め顔をそむける。いやいやいやっ、誤解っていうかランベルト何してくれてんだよ。
「ラ、ララ、ランベルト。それだと俺が、アンナを捨ててイルメラと一緒にいる事になってませんか!?」
「そうですね。イズミ様がイルメラに懸想しておられるとお考えのようですね。イズミ様とイルメラに対して、かなりお怒りのご様子でした。」
イルメラの顔が、赤から青に変わっていく。
「な、なっ!何てことしてくれてるんですか!ただでさえアンナは不安になってるのに、そんな事言ったらどんなことになるか!」
俺は居ても立っても居られなくなり、席を立ち上がり扉に向かって歩き出すが、ランベルトに腕を掴まれる。
「どこに行かれるのですか?」
「アンナの誤解を解くために王城へ行くんですよ!」
「どうやって?」
「そ、それは…。」
ランベルトに指摘され、自分に王城までの移動手段が無いことを思い出し言葉に詰まる。
一瞬の静寂が訪れ、呆気にとられていたサナエ様が、コホンと一つ咳をする。
「伊澄。落ち着きなさい。そのように感情を露にして振る舞うのは恥ずべき行為ですよ。」
「で、ですが…。」
「ランベルトも、伊澄を試すような真似はお止めなさい。考えあっての事でしょうが、度が過ぎます。」
「申し訳ありません。やりすぎました。…イズミ様もお許しください。」
サナエ様に窘められたランベルトが、握っていた俺の手を離し、立ち上がって俺に頭を下げる。イルメラが席に着くように椅子を引いたので、俺はふーっと息を吐いて仕方なく席に着く。ランベルトを許すつもりはない。
「ランベルト。なぜイズミを怒らせるような事をしたのか、理由を話してください。」
ランベルトが、いつものニコニコ顔で俺の方を向くので俺は怒りを込めて睨みつける。はぁーと溜め息をついてランベルトが、ニコニコ顔をめずらしく崩して困った表情を浮かべる。
「理由は二つあります。姫様には本当の事は話せません。すぐ顔にでますからね。それに姫様がイズミ様に怒りを向けて頂く事で、王とオーベルト家の目を欺きやすくなります。」
「確かにアンナマリアの性格を考えると有効な手段ですね。わたくしやランベルトへの疑惑の目も減らせるでしょうから。」
サナエ様は納得したようですけど、俺は納得できないし許さないですよ。
「それでもう一つの理由は?」
ランベルトを睨みつけていた俺を、真顔になったランベルトがギロリと睨み返す。殺気の籠ったような眼差しに背筋がゾクリとする。
「イズミ様に死んでほしくないからです。イズミ様の姫様に対する一途な気持ちは美徳です。…ですが、先程のように心を乱しては大きな弱点となります。時間は限られているのです。私の両親もそうですが、サナエ様もイズミ様に甘すぎです。」
「ランベルト。口が過ぎるぞ。」
グレゴールがサナエ様への無礼な物言いに口を挟む。
俺はランベルトに図星を突かれた。確かにアンナの事になると、俺は周りが見えなくなる時がある。俺は油断ならない状況に居ることを、自覚してなかったかもしれない。
「申し訳ございません。…ですが、姫様が最後に泣くことにならぬ様に、お考え頂きたいのです。」
ランベルトの言った言葉が、俺の胸に深く刺さった。
ランベルトのやり方に納得したわけではないが、アンナを騙し不興をかってでも、アンナの為に最善を考えるランベルトの忠誠心を認めて、俺も少し譲歩する。
「ランベルト。あなたの忠告に感謝します。でも、あなたがアンナマリア様にした事は許しません。」
「それで構いません。イズミ様。」
ランベルトがいつものニコニコ顔に戻ったので、俺も口角を上げてふんっと笑う。
「ランベルトのいう通りかもしれませんね。わたくしも覚悟が足りていなかったかもしれません。」
サナエ様は、目を伏せふーっと息を吐いた後、俺に鋭い眼差しを向ける。
「伊澄、わたくしの部屋に付いてきなさい。」
ランベルトによる王城の様子の報告でした。
伊澄くんはランベルトに怒っていますが、信頼もしています。