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オレの嫁は、異世界育ち。  作者: 十草木 田
23/55

元王妃

 暗い闇の中、俺は必死にランベルトの背中にしがみ付いていた。風が頬を切るように流れていき、体温を奪っていく。恐る恐る視線を下に向けると、眼下に、月明かりに照らされた森がものすごいスピードで通り過ぎていく。俺はランベルトが駆る天馬の背に乗り、空を飛んでいた。少し離れたところをメイド服から乗馬服に着替えたイルメラが、天馬に跨って飛んでいる。


「あ、あの、もう少しゆっくり飛べませんか?振り落とされそうで怖いんですけど…。」


 ランベルトが後ろを振り返る。いつものニコニコ笑みを浮かべた横顔が、口の端を上げる。


「申し訳ありませんが、急いでおりますので無理です。しっかり掴まっていてください。」


 俺の希望は無視され、天馬は勢いを増して空を駆けていく。王城を出て一時間ほど飛んだところで、ランベルトは湖畔に立つお城へと天馬を着地させる。

 「着きましたよ。」と言うランベルトに支えられながら、俺は震える足で地面に立ち、はぁーっと息をついた。生きた心地のしない空の旅だった。


「大丈夫ですか?イズミ様。」

「だ、大丈夫です。」


 少し遅れてイルメラが天馬を着地させ、天馬の背から降りて駆け寄って来る。俺は軽く手をあげ、苦笑いを浮かべる。

 二匹の天馬を城の番兵に預けると、ランベルトは俺とイルメラを連れて城の中へと入っていく。


 城に入ると頬に傷のある筋骨隆々の壮年男性と、柔らかい笑顔を浮かべたメイド服の壮年女性が出迎えてくれた。

 二人はこの城の主に仕える護衛騎士と側仕えで、ランベルトの両親だと言い、グレゴールとハイデマリーだと紹介してくれた。ランベルトは、どちらかと言えば母親似のようだ。髪の色が同じブルーグレーで笑った顔がよく似ている。

 似ているなーと、ハイデマリーの顔を見ていて、他にも誰か似ているなと思っていると、グレゴールから答えが出てきた。


「イズミ様には、うちのマティルデがお世話になったようで、お礼申し上げます。」

「とんでもないです。お世話になってるのは俺の方というか、アンナというか…。マティルデのご両親だったんですね。…んっ?ということは、ランベルトとマティルデは兄妹なんですか!?」

「くくくっ。イズミ様は気付いていなかったのですか?」


 ランベルトがいつものニコニコ笑顔から、スッと無表情な顔に変える。その顔は、マティルデによく似ていた。表情だけでこんなに変わって見えるのかと感心する。


「イズミ様は、まだまだ注意力がたりませんね。」


 そう言って表情をニコニコ顔に戻したランベルトが「さて、参りましょうか。」と言って歩き出したので、俺はそれに続いた。

 ヘルミーナとランベルトが婚約しているのにも驚いたが、まさかマティルデとランベルトが兄妹だったとは、思いもよらなかった。




 階段を上り長い廊下を歩いた先、ひと際大きな扉の前で止まる。

 ランベルトが扉を叩くと、扉が少し開き入室の許可が出る。部屋の中はランプに照らされているが薄暗い。暗くて奥の方まで見えないが、俺がいた客間より随分広い部屋だった。

 ランプの光が集まって少し明るくなっている場所にテーブルがあり、一人用のソファが六つ周りを囲むように置かれていた。その中の一つに、和装のようにも見える濃い紫の袷タイプのドレスを来た老婆が、優雅に座っていた。


「どうぞ。こちらへいらっしゃいませ。」


 ランベルトやその両親が軽くお辞儀をして近づいていくので、俺もお辞儀をしてソファに向かって歩いてくと、グレゴールが老婆の後ろに立ち紹介してくれた。


「前王妃のサナエ様です。」

「えーっと、あの、俺は…。」

「伊澄くん、大きくなったわね。最後に会ったのは、あなたが中学生の時だったかしら?」


 答える前に名前を呼ばれ、俺は驚く。このサナエと言う老婆に会った記憶は無い。だが何故だか懐かしい感じがした。

 そして、サナエと言う名前で、王城の天井画を思い出す。確か日本からじいちゃんと一緒にアインファングに来た人が、サナエと言う名前だったはずだ。目の前の老婆は確かに日本人らしい顔をしており、懐かしく感じたのはそのせいかと思いつつ、素直に疑問をぶつけてみる。


「あの、なんで俺の名前を?」

「ふふっ。それは、わたくしがアンナの曾おばあちゃんで、あなたのおじい様の従妹だからですよ。何度かアンナの様子を見に行った時に、あなたにも会っているのよ。」


 そう言って、前王妃のサナエ様がいたずらっぽく笑う。俺はサナエ様から聞かされた言葉に困惑する。本当に俺にはサナエ様に会った記憶がないのだ。


「で、でも、俺にはあなたと会った記憶はありませんよ。」

「ええ。そうでしょうね。記憶が無くて当然でしょう。」


 俺の言葉に、サナエ様が眉間に皺を寄せ寂しそうな表情を浮かべる。


「あの、記憶がなくて当然というのは、どういう意味ですか?」

「少し長い話になりますから、まずはお掛けになって。ハイデマリーお茶を淹れてもらえますか。」


 サナエ様に勧められて、俺は向かいのソファに腰を降ろすと、ハイデマリーが予め準備していたお茶を淹れテーブルに並べていく。優雅な手つきでサナエ様がお茶を飲む、それを見て俺もティーカップを手に取りお茶をコクリと飲む。


「何から話せばいいかしらね。…伊澄くんは、おじい様からこちらの世界、アインファングについて何か聞いていますか?」

「いえ、何も……何も聞けていません。じいちゃんは亡くなりましたから。」


 サナエ様が一度目を見開いた後、静かに目を閉じ寂しそうな表情を浮かべる。


「そうですか…椋善が…。わたくしが、最後の一人になってしまったのですね。」

「…リョウゼン様が…悔やまれますな。」


 サナエ様の後ろに立つ、グレゴールとハイデマリーも寂しそうな表情を浮かべ肩を落とす。その姿を見て、じいちゃんの死を悲しんでくれる人が、ここにも居るのだと思い、少し目頭が熱くなった。


「涼善…あなたのおじい様とわたくしが、はじめてこの世界を訪ねたのは七十年近く前の事です。その頃、ビルゲンシュタットは他国に攻められ、存亡の危機を迎えていました。わたくし達は聖女と呼ばれていたアンジェラに召喚され、王子アーデバルトと共に戦いビルゲンシュタットを救いました。」


「王城にある天井画で見ました。戦争で活躍した英雄なんですよね。」

「英雄…そう呼ばれた時期もありましたね。」


 サナエ様が懐かしむように遠い目をする。


「戦争が終わった後、わたくしはビルゲンシュタットの王となったアーデバルトと結婚してこの地で暮らしました。涼善とアンジェラも結婚しビルゲンシュタットと日本を行き来して暮らしていましたが、アンジェラが亡くなった後、涼善は日本で余生をおくる事を選びました。ちょうど伊澄くんが生まれた頃でしたね。」


 俺のじいちゃん、聖女様と結婚してるってことは、俺のばあちゃん聖女様だ。王城の天井画にあった聖女様が、まさか俺のばあちゃんだったとは…。

 じいちゃんは結構長いこと、異世界と日本を行き来していたみたいだが、父さんと母さんは知っていたのだろうか。今となっては分からない事だが…。


「戦争が終わった後は、涼善とアンジェラが色々と便利な魔導具を作ってくれた事もあって、ビルゲンシュタットは平和で豊かな国になりました。本当にあの頃は良い時代でした。」


 魔道具を作って国を豊かにしたとは、じいちゃんらしいと思った。さすが俺が尊敬する職人だ。


「ですが、わたくしの夫、前国王アーデバルトが亡くなって国が乱れました。第一王子と第二王子、私の息子たちが王位をめぐって争いを始めてしまったのです。国を乱してしまったのは、息子たちを止められなかった私の責任です。」


 肩を落とすサナエ様にグレゴールが「サナエ様の責任ではありませんよ。」と言うが、サナエ様は首を横に振る。


「私はせめて生まれたばかりの曾孫、アンナに害が及ばぬようにと、涼善に頼み込みアンナとその両親を日本に送り出しました。争いに巻き込まれるよりは、平和な日本で暮らす方が幸せだろうと…。ですが、10年前、国が乱れる中で一部の貴族達が蜂起し、王位継承権を持つ王族は全員殺されてしまいました。」


 サナエ様は、一度目を閉じ、ふーっと息を吐いて言葉を続ける。


「王となれる者が居なくなり、さらに国は乱れました。私は事態を収拾する為、王家の血を引くアンナの両親を呼び戻し、王位に就けることを決断しました。しかし、アンナの両親を連れ戻す為に開いた転移門を、反抗勢力に悪用されアンナが狙われてしまい、結果としてあなたの両親が犠牲となってしまいました。…伊澄くん。あなたの両親は、私が殺したようなものです。…本当にごめんなさい。謝って住む問題ではありませんが…。」


 悲しいような申し訳ないような顔をしたサナエ様が、深々と俺に頭を下げる。


「ちょ、ちょっと待ってください。俺の両親は事故で死んだはずです!」


 また、サナエ様が首を横に振る。


「それは、あなたのことを慮って涼善がついた嘘です。あなたの記憶を消したのは涼善、あなたのおじい様なのですから。」

「で、でも、俺の記憶では…」

「伊澄くん。…ご両親が亡くなった日の事を覚えていますか?お父様とお母様の亡くなった姿を覚えていますか?」


 サナエ様に指摘され、両親が死んだ日の事を思い出そうとするが、体がそれを拒絶する。不安が込み上げて胸が苦しくなり吐きそうになる。全身から冷や汗が出て、体が震える。

 じいちゃんが、俺の記憶を消したって本当なのか、何で消したんだと頭が混乱していく。


「…覚えていない。…いや、思い出せない。」


 思い出そうとすると吐き気と頭痛が襲ってきて、俺は口と頭をおさえる。


「ごめんなさい。無理に思い出そうとしない方がいいですよ。あなたの体に障ります。」

「で…でも。」


 サナエ様が首を振って立ち上がると、俺が座っているソファのところまで歩いてきた。膝立ちになって、優しく俺の頭を撫でてくれた。


「無理をしないで伊澄くん。あなたにとっては、それだけ辛い記憶なのですよ。それでもアンナの為に、アンナの事は思い出したのでしょう?必要な時が来れば、自ずと思い出すことになります。それまでは焦らないで。」


 俺が落ち着くまでサナエ様は、優しく俺の頭を撫でてくれた。まるで、じいちゃんに撫でられているような気分になり、気持ちが安らいだ。

 俺が、ふーっと息を吐き「もう、大丈夫です」と、サナエ様に伝えると、頭を撫でていた手を止め、俺の手を取り両手で握りしめた。


「伊澄くん。あなたのおじい様は、あなたの記憶を消し、アンファングとの関係を絶ちましたが、一つだけお願いをわたくしに残していました。伊澄くんが、もし私のところに来たときは助けてあげてほしいと。」

「じいちゃんがですか?」

「そうです。だから、わたくしはあなたが望むことを叶えるために全力で協力します。あなたの望みは何ですか?」


 サナエ様に問われ、俺は胸ポケットに入れてある名前の消えた婚姻届を、服の上から握りしめる。


「俺はアンナとの約束を果たしたい。あんな男にアンナは渡せない!アンナを嫁にするのは俺です!」

「伊澄くんは昔と変わらず。アンナを大事に思ってくれているんですね。」

「もちろんですよ。アンナに負けないぐらい、俺もアンナが大好きですから。」

「そうですね。」


 サナエ様は、ふふふっと笑って立ち上がり向かいのソファに戻ると、腰を降ろしながら真剣な表情を作る。俺もそれに答えるように表情を引き締める。


「では、伊澄くん。あなたの願い、そしてアンナの願いを叶えるために、これからの話をします。皆もしっかり聞くように。」


 ランベルト、ランベルトの両親、イルメラをサナエ様が順に眺めると、それぞれコクリと頷く。俺もサナエ様と目を合わせ、コクリと頷く。


「伊澄くん。あなたはアンナと共に生きる資格と立場を既に持っています。お膳立ても私が整えます。しかし、あなたにはまだ足りないものがあります。それはこの国で戦う力です。力を手に入れるには生半可な覚悟と努力では到底なしえません。どんなことにも耐える覚悟はありますか?」


 俺は膝に置いた手を強く握りしめ「あります!」と答える。


「わかりました。猶予はアンナの婚約式が行われる残り二十日間です。それまでに伊澄くんには、ルドルフと戦って勝てるだけの力を身に着けて頂きます。」

「が、頑張ります。」

「グレゴールは、伊澄くんが魔法戦闘を行えるように訓練をお願いします。」

「承知いたしました。」

「ハイデマリーは、並行して貴族に必要な礼儀作法の指導をお願いします。」

「お任せください。」

「ランベルト、あなたは王城に戻って伊澄くんが居なくなった帳尻あわせと、王城での情報収集をお願いします。」

「仰せのとおりに。」

「それでは皆さん、明日からよろしくお願いしますね。」


 皆の返事に満足そうな顔をサナエ様が浮かべると、おずおずとイルメラが手を上げる。


「あ、あの…サナエ様。わたくしはどうすれば良いでしょうか?」


 サナエ様が目を丸くした後、頬に手を当てて目を泳がせる。イルメラについては考えていなかったようだ。可哀そうに…。

 何か閃いたのか、サナエ様がポンと手を叩く。


「ハイデマリーは伊澄くんの指導で忙しいでしょうから、代わりにわたくしの側仕えを願いします。」


 サナエ様の提案にイルメラが嬉しそうな顔を作って「はいっ!」と答えた。

元王妃サナエおばあちゃんの登場でした。

次回は、伊澄くんの成長についてのお話です。

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