散歩
昼食会が終わり客間に戻ってしばらくすると部屋の扉を叩く音がした。ランベルトが扉を開けて外にいる人と何か話している。話し終えると、ランベルトは「散歩に行きましょう。」と言った。
俺が居る客間は王城の東側に位置している来客棟と呼ばれる建物の三階にある。ランベルト、イルメラと一緒に階段を一階まで降りる。階段を降りた場所は広間になっていて、西側は王城の本館に繋がっている。俺たちは、一階広間の東側にある来客口から外に出て、来客者用の庭園にでる。
「少しは体を動かさないと、健康にも悪いですからね。それに、ここの庭園はなかなか見応えがありますよ。」
ランベルトに続いて歩くと、俺の少し後ろを付いてくるイルメラが庭園について説明してくれる。綺麗に刈り込まれた植木、女神の像のある噴水、色とりどりの花が咲く花壇、それぞれ植物や彫像について細かに教えてくれる。少しでも俺が気分転換できるように色々と話をしてくれているようだ。
「あちらのドーム状の東屋は、庭園を眺めながらお茶ができるようになっているんですよ。あら、どなたか先客がいらっしゃるようですね。確か、イズミ様以外のお客様はいらっしゃらないはずですが…。」
イルメラが首を傾げるが、ランベルトは気にした様子もなく東屋へ向かっていく。
「おやおや、誰かと思えばヘルミーナ様ではないですか。こんなところでお会いできるとは。」
「ふふふ、そうですわね。ランベルト様。」
東屋の椅子に座っていたのはヘルミーナだった。ランベルトが東屋の中に入り、ヘルミーナに手を差し出しエスコートする。ランベルトは、いつものようにニコニコと笑い、口角を少し上げる。
「イズミ様。私の婚約者を紹介させてください。」
ヘルミーナが軽くお辞儀をして東屋の中に俺を招き入れる。東屋には人数分のお茶が既に用意されており、ランベルトは偶然を装っていたが、明らかに事前に申し合わせていたようだ。おそらく、アンナの様子などを俺が聞けるようにランベルトが手配してくれたのだろう。
「イズミ様、まずは謝罪をさせてください。色々とお話できておらず申し訳ありません。その、御気分を害されていることは存じております。ただ、姫様と共にこの世界アインファングに来て頂くには、致し方なかったのですよ。」
「あの夜、ヘルミーナが言っていた、難しい立場というのは、今日会ったあの婚約者候補の事だったんですね。」
「はい、おっしゃる通りでございます。まず申し上げておきたいのは、わたくしは姫様とイズミ様のご結婚を本当に望んでおります。理由はただ一つ、姫様には望みを叶え絶対に幸せになって頂きたいのです。」
「ヘルミーナの思いは、私が保証しますよ。」
ランベルトに言われずともヘルミーナの真剣な眼差しをみれば、言葉に偽りは無いと思った。付き合いはまだ短いが、アンナを大事に思ってくれているのはわかっている。
ヘルミーナと話したあの夜の時点で、婚約者の話を聞いていれば、こちらの世界にアンナと来ていなかっただろう。だが、ヘルミーナは俺とアンナの事を応援しながら、俺に情報を隠しアインファングに来るように誘導した。何故だ。
確かに俺の負担は大きかったが日本で生活が出来ないわけではなかった。ヘルミーナが、クソガキの婚約者候補とアンナの結婚を望んでいないのは言葉通りだろう。ヘルミーナとマティルデがアインファングに戻りたいだけだったのなら、二人だけで戻ることもできたはずだ。俺に婚約者候補の存在を隠してアインファングに戻った理由がわからない。
「イズミ様もご存知かと思いますが、一見わがままに見えて姫様は責任感が強く、優しさに溢れた方です。イズミ様と会うためにあちらの世界に行った時も、わたくしやマティルデの事を案じ、王位継承者であるご自身が居なくなれば争いが起き、多くの人の命が失われることを理解し心を痛めておられました。特にイズミ様とお話したあの夜は、自分だけ幸せになれないと嘆いて、お慰めするのが大変だったのですよ。」
ヘルミーナが目に涙を溜めてニコリと微笑む。
アンナがそんなに苦しんでいたとは思わなかった。ヘルミーナと話したあの夜に、そんな思いつめていたとは…。プロポーズの言葉が見つからないと嘆いていた自分が情けなくなる。
「このままでは姫様がお心を壊されてしまうと悩んだ末に、わたしくは、イズミ様とこちらの世界に来て頂く事を選びました。簡単ではありませんが、お二人が幸せを掴むチャンスはまだあると思っております。いえ、イズミ様がリョウゼン様のお孫様と聞いて今は確信を持っております。」
「俺にまだ、アンナと結婚するチャンスがあるんですか?」
「ありますわ。ですが、イズミ様には過酷な道になると思います。それでも、…アンナ様を信じて頂けますか?…まだ、愛して…結婚したいと思って頂けますか?」
ヘルミーナさんは、いつの間にか泣いていた。アンナの事を思って泣いてくれている。アンナと俺の幸せを願ってくれている人が目の前にいる。それだけで俺は困難に立ち向かう勇気が貰えた気がした。
「チャンスがあるなら、どんな事があっても諦めませんよ。幸せにするってアンナと約束したのは、俺ですからね。」
ぼろぼろと涙を流すヘルミーナさんの肩にランベルトさんが手を置き「後はまかせろ」と言う。俺の横にいるイルメラさんも、ヘルミーナさんにつられたのか両手で顔をかくして泣いている。
「イズミ様。あなたには、今宵、私と共に城から抜け出し、ある方にお会いして頂きます。今後の計画についてはその方とお話して頂きます。」
「わかりました。というか、ランベルトさんは、なんでそんなに俺に協力してくれるのですか?」
「それは勿論、敬愛する姫様に、私と同じく忠誠を誓う婚約者の頼みだからですよ。それに私自身も姫様には幸せになって欲しいのですよ。いくらヘルミーナの弟とはいえ、あんなクソガキの婚約者候補は願い下げです。姫様に相応しくない。」
「えぇっ!あのクソガキ…じゃなくて。ルドルフって子は、ヘルミーナの弟だったんですか?」
「はい、恥ずかしながら…。」
あのルドルフという生意気な婚約者候補は、なんとヘルミーナの腹違いの弟だった。
ヘルミーナは、上級貴族の家に生まれ、幼い頃は両親に可愛がられていたが、母親を早くに亡くしてから状況が変わる。後妻に入った継母とはそりが合わず、弟のルドルフが生まれてからは、継母との関係が悪化し虐待され、父親からも軽んじられるようになったらしい。
さらに、10年前の政変でアンナの父親が王位に就くための後ろ盾となったことで、地位と権力を得た。ヘルミーナの父親は、さらに王の信頼を得るために、アンナの側仕えとしてヘルミーナを家から追い出す形で送り込んだそうだ。
小さかったアンナは、俺と別れた寂しさを埋めるようにヘルミーナを姉のように慕い、ヘルミーナもアンナの優しさに触れ、家族との関係で傷付いた心を癒されたようだ。だが結果としてヘルミーナの父親は、思惑通り王の信頼を得て、アンナと息子のルドルフの婚約にこぎつけた。それは、ヘルミーナが一番望まぬ結果だった。
「大変恐れ多いですが、家族からないがしろにされていたわたしくに、十年の間家族のように接してくれた姫様は、主であると同時に妹のような存在なのです。」
「アンナは、ヘルミーナにとって本当に大事な人なんですね。」
「ふふっ。イズミ様のおっしゃる通りです。」
ヘルミーナが、手紙を取り出し俺に差し出す。
「わたくしの主…いえ、可愛い妹から手紙を預かっております。」
俺は、ヘルミーナから手紙を受け取ると、封を開けて中身を確認する。そこには、俺に対する謝罪の言葉が並んでいた。
突然押しかけてしまったこと。じいちゃんが死んだことを知らなかったこと。キッチンを壊してしまったこと。泣いて喚いて困らせてしまったこと。婚約者候補がいるのを黙っていたこと。結婚の約束を守れないこと。
そして最後に「お兄様は、お兄様の道を頑張って進んでください。」と書いてあった。
俺が辛いときは、頑張ってと言ってほしいとアンナに言った事を思い出す。最後の一文にアンナの本当の気持ちが含まれている気がした。
「ヘルミーナ、手紙ありがとうございます。確かに受け取りました。アンナの事をよろしくお願いします。」
「姫様の事はお任せください。何があろうとわたくしが責任をもって支えさせて頂きます。」
その夜、俺はランベルトとイルメラと共に、人知れず王城を抜け出した。
ヘルミーナの人間関係や過去がわかるお話でした。




