望まれぬ結婚
「あの、俺からも一ついいでしょうか?」
「なんだ、申してみよ。」
「あらあら、何かしら。」
アンナを一度見る。アンナは、少し不安そうな表情を浮かべたがコクリと頷く。俺は目の前にいる、おじさんとおばさんを交互に見ながら意を決して口を開く。
「俺、ここに来たのは理由があって、ちゃんとおじさんとおばさんに話さなきゃいけないと思ったからなんです。俺とアンナを結婚させてください!アンナと一緒にいさせてください。お願いします!」
俺は、テーブルにぶつける勢いで頭をさげる。
沈黙が部屋の中を支配する。緊張で背中にじわりと汗がにじむ。
しばらくすると、おじさんの長い溜め息が聞こえた。
「すまないイズミくん。それはできん。」
おじさんの言葉に顔をあげると、眉間に皺を寄せ顔をしかめるおじさんと、頬に手を当て苦笑するおばさんがいた。
簡単に納得してもらえるとは思っていなかったが、あまりにも簡単に結婚を否定され、俺はガタッ音をたてて立ち上がり、テーブルに手をついておじさんに詰め寄る。
「どうしてですか!おじさんとおばさんも知ってるでしょう?俺とアンナが結婚の約束をしてたのを!」
「10年以上も前の子供の約束だ。それはイズミくんもわかっておるであろう。」
そうかもしれない、確かに俺も忘れてしまっていた約束だ。それでも、アンナは10年もその約束を忘れずに、俺を想ってくれていた。会いに来てくれたんだ。理由も言わずに、子供の約束と言って切り捨てないで欲しい。
俺はアンナに目を向ける。
アンナは、悔しそうな諦めたような表情を浮かべ俯き、膝の上に置いた手でドレスのスカートを握りしめていた。
ここで俺が諦めたらアンナの10年間の想いがすべて無駄になる、俺はそう思いギュッと拳を握る。
「わかりません、わかりませんよ!10年間アンナは約束を忘れずに、一途に俺を想ってくれていたんですよ。あの時は、おじさんとおばさんも喜んでくれたじゃないですか。」
おじさんが顔を横に振り、おばさんは目を伏せて悲しい顔をする。
「無理なんだよ。イズミくん。」
「なんでなんですか?ちゃんと説明してくれないとわかりませんよ。」
俺がおじさんの顔を睨みつけると、はぁーっとおじさんが溜め息をつく。
「正直にはなそう。10年前の状況が続いていれば、イズミくんとアンナの結婚を今でも喜んでいたよ。イズミくんがどこまで知っているかは知らないが、政変が起こり状況は変わってしまった。我らは日本を去り、わたしは王としてビルゲンシュタットを治める立場になった。それに伴ってアンナも王女に…王位継承者になったのだ。わたしにも、そしてアンナにも王族としてこの国の行く末を守る義務がある。おいそれと勝手に次代の女王の結婚相手はきめられぬ。」
おじさんが、アンナに視線を送る。
「よいな…アンナ。」
アンナは何も答えない。おじさんがそれを無言の肯定と受け取り、口をひらく。
「政変後の王家は、まだ立場がゆらいでいる。有力な貴族派閥の後ろ盾が必要だ。アンナには、有力派閥の貴族の中から選んだ婚約者候補と結婚してもらう。これは、決定事項だ。この国を争いで乱さぬ為に必要な王族としての義務だ。」
「そんなの、そんなのおかしいですよ!だって、アンナは…」
俺は、アンナに袖を引かれ、言葉をとめる。振り返ると、アンナは俯いたまま小刻みに震えていた。
「お兄様。…もう、大丈夫です。…おやめください。」
「とめるのかよ!アンナは、納得できるのかよ!」
「よいのです!お兄様!…わたくしは…わたくしは、この国を守る義務から逃げることはできません。」
アンナが、俺の袖を離してすっと立ち上がり、涙のにじむ目でニコリと無理やり笑顔を作る。なんだよその顔は、なんでアンナが諦めてしまうんだよ。
「申し訳ありません。…気分がすぐれないので先に失礼させて頂きます。」
小さくお辞儀をして、足早に部屋の入口へと向かっていく。「姫様!」と声を上げ慌ててヘルミーナさんとマティルデさんが、アンナに付いて部屋を出ていく。
俺は、体から力が抜け椅子にすとんと座り、呆然とする。
「すまんな、イズミくん。アンナと君とでは、今はもう住んでいる世界が違うのだよ。」
俺はこみ上げる悔しさにコートの上から、腰の鍵束を触りギュッと握りしめる。
国の事を考えれば、政略結婚は必要なことなのだろう。それは、日本でもあることだから分からなくはない。だが、アンナの気持ちを考えると到底納得できるものではない。アンナだってそのはずだ。
アンナ達が退出し、部屋の扉が開いたので、王の側近たちがぞろぞろと部屋に入ってくる。
「王よ、何があったのですが、王女殿下が慌てて部屋を出て行かれましたが?」
「あれは、気にせずとも良い。」
おじさんは眉間を指でつまんで顔をしかめながら、側近達に手を振る。おばさんは心配そうな顔でアンナが出ていった扉を見つめている。
「イズミ殿も今日は疲れたであろう。客間を用意させるのでゆっくりと休まれよ。イルメラ、イズミ殿の世話を頼む。ランベルト、貴様は護衛だ。くれぐれも失礼の無いように国賓として扱うように。」
俺は、イルメラと呼ばれた黒と白のメイド服を着た茶髪の女性と、ランベルトと呼ばれた濃い緑の軍服を着た長身の騎士に連れられ、王の執務室を出て客間へと案内された。
アンナちゃんがちょっと可哀そうな回でした。




