国王様と王妃様
俺の少し前を側近に囲まれたアンナの両親が歩いている。
王様であるアンナの父親は、明るい茶髪をビシッと後ろに流して固め、黒地に金の刺繡が要所に施された上下を着て、その上に金の刺繍が入った白いマントを羽織っている。王妃様であるアンナの母親は、アンナに似た長い金髪を編み込んでまとめ上げキラキラと輝く金の髪飾りを挿し、胸元から腰辺りまで金の花柄の刺繍が施された黒いドレスに身を包んでいる。
豪華な衣装に身を包む二人の少し後ろを、俺はこれからどんな事になるのかと内心びくびくしながら、王様の執務室に向かって歩いている。
ヘルミーナさんの魔導工房では、落ち着いて話ができないと言われたのだ。
俺の隣には、目を潤ませ青い顔をしたアンナが肩を落として歩いていた。アンナも引き続き怒られるのではないかと考えているのだろう。
無言のまま、階段を上り王城の大広間に出る。俺は思わず息をのんだ。白い壁と柱には幾何学模様の金細工が要所に施され、床には大理石と思われる正方形の石が歪みなく敷き詰められており、艶々と輝いていた。
そして、ひときわ目を奪われたのは、天井画である。剣や杖、弓を持った4人の男女が、群衆の先頭に立ち戦っている姿が描かれている。はぁーっと、感嘆して天井を見上げていると、後ろから付いてきていたヘルミーナさんが教えてくれる。
「この天井画は、かつて隣国との戦争で活躍した英雄たちの姿なんですよ。武王アーデバルト様、剣姫サナエ様、聖女アンジェラ様、賢人リョウゼン様ですわ。」
ヘルミーナさんが、天井を指差しながら教えてくれる。リョウゼンってじいちゃんの名前だ。弓を構える賢人リョウゼンの絵姿は、写真で見た若いころのじいちゃんに似ている。
「サナエ様とリョウゼン様は、イズミ様と同じ世界から来られた方なのですよ。」
ああ、やっぱりじいちゃんだった。でも、サナエって人は誰だろう。聞いたことがある名前な気がしたが思い出せない。
「おい、何をしておる!早く来ぬか!」
立ち止まっていた、俺とヘルミーナさんに気付いた王様が、声を荒げる。
「は、はい!すいません。」
俺は咄嗟に謝り、慌てて王様達を追いかけた。
王様の執務室に着くと、十人以上が余裕で座れる大きなテーブルの上座に王様と王妃様が着席し、その後ろに側近たちが並ぶ。続いて下座にアンナ、俺、ヘルミーナさんとマティルデさんが着席する。
俺たちが席に着いたのを見て、王様がふんっと鼻息を立てる。
「で、愚かな娘よ。一週間もどこに隠れておった?その男は何者だ?自分の立場がわかっておるのか?」
俺の方に泣きそうな顔を向けながらアンナが答える。
「その…おにい…伊澄様のところに…。」
俺の顔を見ていた、王妃様が両手を合わせて目を丸くする。
「あらあら。どこかでお会いした方と思いましたが、まあまあ、確かにイズミ様ですわ。」
「ど、どうもお久しぶりです。」
にこやかに微笑みを俺に向けた王妃様の横で、俺の顔を見ていた王様の顔が青くなっていく。
「み、みな席を外せ!」
「王よ、それはなりません!」
王様が、側近たちを下がらせようとするが反論の声があがる。見ず知らずの俺なんかが王様と一緒に居たら、側を離れられないよね、
「構わん!いいから、全員部屋の外に出ろ。話は我と王妃のみで聞く。」
「せめて、護衛を残してください。」
「護衛はマティルデが居れば良い!ああ、ヘルミーナも残れ、後は全員下がれ。」
側近たちは、渋々といった感じで部屋の外に出ていく。何人かが俺をものすごく睨んでいた。全員が外に出たのを確認した王様が、はぁーっと溜め息をついて、眉間を指でつまむ。
「…まったく、とんでもないことをしてくれたな、このバカ娘が。」
「だって、お兄様に会えると思ったら、いてもたってもいられなくて…。」
「姫様を思い止まらせる事ができず、申し訳ありません。」
ヘルミーナさんとマティルデさんが、王様と王妃様に頭を下げる。
「ヘルミーナ達には、止められないでしょうね。アンナマリアはイズミ様が大好きでしたもの。」
王妃様が、眉間に少し皺を寄せながら笑い、頬に手を添える横で、王様が腕組みをしながら、アンナを睨む。
「だがそれは、転移門を使って日本へ行ったという事だぞ。リョウゼン殿が封印したはずであろう、なぜ今になって…。」
「それは、…十日ほど前でしょうか、夢の中に出てきたお兄様のおじい様が、転移門を赤く光る鍵で開けるのを見たのです。それで私の持っている鍵が転移門の鍵ではないかと思ったのです。」
アンナが、気まずい顔で、金のチェーンを引いて、胸元から鍵を取り出す。今は赤く光っていない、普通の鍵だ。
「それで、試してみたというのか?…バカなことを。」
「だって、お兄様に会えるかもしれないと思ったのですよ!試さずには、いられませんでした。」
「まったく我が娘ながらなんと考え無しな…。転移門が使えると分かったのになぜ報告しなかった?」
「だって、言ったらお父様は、お兄様のところに行かせてくれなかったでしょう。」
「…んむぅ。それはそうだが、当然であろう。この十年間、転移門の使用も研究も禁じてきたのだ。使えぬ物と思って放置しておったが、今後は魔導工房の転移門も厳重に管理せねばならんな。アンナマリア、そのカギをこちらに渡すのだ。」
王様が手を差し出すのを見て、アンナは鍵を載せていた手を引っ込め、胸元で握りしめそっぽを向く。
「ぜーーーーったいに嫌です!これは、お兄様との思い出の詰まった、私の部屋の鍵でもあるのですよ。お父様には、渡しません!無理にでもとおっしゃるなら、お父様の事、嫌いになりますからね。」
「まあまあ、アンナマリアったら。」
「ぐっ…まー良い。しかし、転移門は絶対に使わさんからな。」
アンナは、「ふんっ」といって、鍵を胸元にしまう。
「ところで、イズミ様…それとも、イズミくんと呼んだ方がいいかしらね。」
「そ、そうですね。様付けで呼ばれるとなんだか変な感じがしますね。その、お二人を、なんと呼べばいいですか?」
「わたくし達のことも、昔のようにおじさんとおばさんでいいですよ。」
「おい!さすがにそれは砕けすぎではないか?ヘルミーナとマティルデもおるのだぞ。」
「まーまー、良いではないですか。今だけですよ、今だけ。わたくし、昔を思い出した気がして嬉しいのですよ。」
「まあ、お母様ったら。」
王様もとい、おじさんが苦笑いを浮かべると、おばさんとアンナが顔を見合わせて笑う。ヘルミーナさんも苦笑いを浮かべていたが、マティルデさんは相変わらずの無表情だ。
「えーっと、それで、おばさん。俺に何か?」
「そうでしたわ。イズミくん、リョウゼン様、おじい様はご壮健ですか?こちらの世界にイズミくんが来たのはご存知なのですか?」
「あの、お母様…。」
俺にとっては、デリケートな質問だと思ったのだろう、アンナが焦った顔で止めに入ろうとする。俺は、上着の上から、腰にある鍵束に触れる。
「大丈夫だよアンナ。…じいちゃんは、先日亡くなりました。なので俺が、この世界に来たことを知りません。」
「なんと…リョウゼン殿が。」
「ごめんなさい。イズミくん…。」
おじさんは、目を丸くしたあと、目を閉じ口をへの字に曲げる。おばさんは、口元を抑え申し訳なさそうな顔をした。
「気にしないでください。父さんと母さんの時と違って、ちゃんと看取れましたから。それに、なんとなくですけど、アンナに会わせてくれたのは、じいちゃんなんじゃないかと思うんですよ。」
「…うむぅ。」
「そうかも…しれませんね。」
俺が笑顔を作って向けると、おじさんとおばさんは寂しそうな苦笑いを浮かべた。しばらく沈黙が続いたが、ヘルミーナさんがおずおずと手を上げる。
「あの…申し訳ありません。気になったのでお伺いしたいのですが…。」
「なんだ、ヘルミーナ申してみよ。」
「先程、イズミ様のおじい様をリョウゼン様と呼ばれていた気がするのですが…。」
「何だお主ら、気付いておらんかったのか?」
おじさんはしまったといった顔をし、おばさんは、手を頬に当てて「あらあら」と笑った。
俺の横に座っていた、ヘルミーナさんが、両手を胸の前で握りしめ、目を潤ませ頬を赤らめながら俺を見上げてくる。
「い、言ってしまったものは仕方あるまい。イズミくんは、英雄リョウゼンの孫だ。」
「まさか、イズミ様が魔導研究者の憧れ、賢人リョウゼン様のお孫様だったなんて。」
「ちょ、ヘルミーナ!お兄様は、わたくしのお兄様なんですから、そんな目で見ないで下さいませ。」
はっと我に返るヘルミーナさん。その様子をマティルダさんが冷たい目で見ている。
「し、失礼いたしました。」
はぁーっと溜め息をついたおじさんが言う。
「ヘルミーナ。マティルデ。今聞いたことは、国家機密だ口外を禁ずる。よいな。」
「「承知いたしました。」」
ヘルミーナさんとマティルデさんが、真面目な顔で返事を返した。
アンナちゃん一家とのお話回でした。
話し合いはもう少し続きます。




