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オレの嫁は、異世界育ち。  作者: 十草木 田
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準備と収納魔法

 自分の格好に不安を覚えた俺は、ヘルミーナさんに相談する事にした。祖父の葬儀の時ですら礼服をレンタルしていた俺は、ビジネススーツすら持っていない。向こうの世界でビジネススーツが通用するのか分からないが、ツナギの作業着よりはましだと思う。


 自室を出て、ヘルミーナさんの部屋に向かおうとしたが、向かいのアンナの部屋から話し声と、ガサゴソと物を動かす音が聞こえてきた。皆でアンナの部屋を片付けているのだろうと思い、扉を叩く。

 ガチャリと扉が開いて、ヘルミーナさんが顔を出す。


「イズミ様。何か御用でしょうか?」

「あー、ちょっと相談がありまして…。」

「少しお待ちくださいね。」


 ヘルミーナさんが、一度扉を閉めた。数秒後、再び扉が開き中に招き入れられた。どうやら部屋の中に入れて良いか、アンナに確認してくれていたようだ。

 部屋の中を見回すと、綺麗に設置されていた家具が部屋の奥の方にまとめられている。最後に残っていた椅子をマティルデさんが、部屋の奥へと移動させる。


「お嬢様。これで大丈夫でしょうか?」

「ありがとう。マティルデ。お兄様、少しお待ちくださいね。」


 部屋の中央に陣取るアンナが、マティルデさんに返事を返した後、こちらを向いて声をかけた。マティルデさんが、部屋の奥から入口まで歩いてきて、俺とヘルミーナさんの隣に並ぶ。


「では、始めますね。…クフェイン」


 部屋の奥にある積み上げられた家具の塊を見ながらアンナがそう言うと、どこからともなく図鑑のような大きな本を取り出す。よく見ると本は空中に浮かんでおり、ほのかに光を放っている。魔法という言葉が頭に浮かび、俺は何が始まるのかと固唾をのんで見守る。

 アンナは、慣れた手つきで本を開きページをめくる。しばらくすると目的のページが見つかったのか手を止めた。

 

「オーヴァー、ローギック、インスタラシオン、アンラオフ」


 呪文のような物を唱えると、アンナの目の前、膝上ぐらいの高さに、直径1メートル程の光る魔法陣が出現する。おおっと驚いていると、アンナはさらに呪文を続ける。


「クーヴィッシュ」


 アンナの言葉に反応するように、部屋の奥にあった荷物が、淡く光るガラス箱のような物に囲まれる。


「ラグホウ」


 アンナが言葉を放った瞬間、光るガラス箱のようなものが、中にある家具ごとグニャリと形を捻じ曲げながら、アンナの目の前に浮かぶ、魔法陣に吸い込まれていく。

 家具が吸い込まれたのを確認したアンナが、宙に浮かぶ本を閉じると同時に魔法陣が消える。俺は、目の前で起きた出来事に、唖然とする。


「これで、この部屋の片付けは終わりですね。」

「ありがとうございます。お嬢様。」


 俺が、さっきまで家具の有った部屋の奥と、アンナを交互に見ていると、それに気付いたアンナが俺の方に振り返る。


「お兄様。どうかされましたか?」

「お嬢様。イズミ様は、初めて魔法をご覧になって驚いていらっしゃるのですよ。」

「まぁ、なるほど。確かにお兄様の前で魔法を詠唱するのは初めてでしたね。すごいでしょ!お兄様。」

「…ああ、すげー。」

「お嬢様が使われた収納の空間魔法は、非常に高度な知識と技術が必要な魔法で、使える者は極少数なのですよ。」


 イルミーナさんの説明にへーっと頷く。前に少し説明されていたが、改めてなんて便利な魔法だろう、引っ越しがとても楽そうだ、などと考える。


「じゃー、アンナはその極少数のすごい魔法使いの一人なんだな。」

「そうです。わたくしは、すごい魔法使いなのですよ。」


 腰に両手を当て、胸を反らすアンナが、得意げに笑う。もっと褒めて欲しいといった感じだ。俺は仕方ないなと肩をすくめた後、アンナに近づき頭を撫でながら「すごい、すごい」と褒めてやる。アンナは嬉しそうに、にへらと笑う。

 その様子を見ていたヘルミーナさんが、首を傾げながら声をかけてきた。


「あの、イズミ様。何かご相談があったのでは?」


 俺は、はっとして本来の目的を思い出す。


「そうでした!…あー、えっと、俺こんな恰好ですけど、このままあちらの世界に行って大丈夫ですか?」


 ツナギの作業着のお腹辺りを両手で横に広げて見せる俺を、三人が目を丸くし、頭のてっぺんから爪先まで舐めるように視線を這わせる。


「確かに…」

「お兄様の服装は…」

「ビルゲンシュタットでは、…少々珍妙に見られるかもしれませんね。」


 やっぱりかと俺は、肩を落とす。それを見たアンナが、慌てた様子で俺を励ます。


「でもでも大丈夫ですよ!確かに珍妙に見られるかもしれませんが、わたくしはお兄様がカッコいいとちゃんと思ってますから!」

 うん。ありがとうアンナ。嬉しいよ。でもやっぱり、向こうでは珍妙に見られるんだね。

 はぁーと俺が溜め息をつくと、アンナが困った顔を浮かべて、あたふたする。

 見兼ねたヘルミーナさんがアンナを窘める。


「落ち着いてください。お嬢様。」

「でもでも、このままではお兄様が恥ずかしい思いを…。」


 あー、やっぱりこのままだと恥ずかしいんだね。


「こちらに無いものは仕方がありません。あちらに帰ってから衣装をご用意することに致しましょう。」

「はっ!そうですね!そうしましょう、お兄様。これでもう大丈夫ですわね。」


 アンナが、胸の前で手を合わせ、これで解決といった風な笑顔を浮かべる。


「イズミ様。他に何かご質問などはありますか?」

「いえ、特にはないです。」

「では、わたくしたちは残りの部屋の片付けを続けますね。お嬢様、次はマティルデのお部屋をお願い致します。」

「わかりました。それではお兄様、また後ほど。」


 アンナ達が、マティルデさんの部屋に向かうのを見送り、服装の問題が解決したので特に準備することはもう無いなと思いながら自室に戻る。部屋を見回すと、大事なものを忘れていたことに気付いた。俺は作業机の上に置いたままにしていた婚姻届けを手に取ると丁寧に折り畳み作業着の胸ポケットにしまった。用意したリュックを持ちながら、ああそうだと思い、部屋を出て一階へと階段を降りる。

 一階へと降りた俺は、居間へと向かう。しばらく帰って来れないのだから、ちゃんとじいちゃんに挨拶して行こう。そう思い、仏壇の前へと座り、ロウソクを灯し、線香を供える。

 目を閉じ、腰の鍵束をジャラリと触った後、両手を合わせて祈る。


 じいちゃん。しばらくこの家を留守にします。アンナと一緒に昔じいちゃんが活躍したって世界に行ってくるよ。なんか、色々と大変なことがありそうだけど、アンナの事を守って幸せにできるように俺も頑張ってみようと思うんだ。次に帰って来た時に俺の嫁さんだって胸張って報告できるようにさ。だから、じいちゃんも俺とアンナの事、応援してくれよな。


『おう、頑張ってこい。伊澄。』


 優しい手が俺の頭に触れ、じいちゃんの声が聞こえた気がした。

アンナちゃんの収納魔法と

伊澄くんの服装問題のお話でした。

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