まさかの結婚反対
俺は、ヘルミーナさんのまさかの結婚反対宣言に驚きを隠せない。がたっと椅子から立ち上がり、テーブルに手を付き身を乗り出す。テーブルの上のティーカップが、ガチャリと音を立てた。
「ど、どうしてですか!?今まではアンナを止めもしなかったし、それにさっき嬉しいって…」
ヘルミーナさんが、驚き目を丸くした後、寂しそうな表情を浮かべる。
「今のご様子を見ても、イズミ様が、お嬢様の事を真剣に想っておられる事は理解できます。だからこそ、わたくしは、お二人の結婚に反対なのです。」
反対された悔しさに唇を噛みしめる。
ヘルミーナさんが、話の間を取るためにティーカップを手に取りお茶を飲む。それを見て自分も落ち着かなければと思い、椅子に座り直してお茶を一口飲む。
俺が席座り直したのを見て、ヘルミーナさんが口を開いた。
「本来、従者であるわたくしが、お嬢様のご希望に異を唱えるべきでは無いと存じます。」
「だったらっ!」
「だからこそなのですよ。」
俺が反論するのを遮るようにヘルミーナさんが、言葉を作った。
「先ほどのケトルの事もそうですが、こちらの世界に来てから、あまりにも違う生活や文化に、驚きを通り越して危機感を抱いております。お嬢様が、こちらの世界で暮らしていけるのかと…。」
「それは、おいおい慣れて行けばいいじゃないですか。」
「もちろん、こちらの世界に来た当初は、わたくしもそう考えておりました。不慣れなことがあっても、マティルデと二人でお嬢様を支えて行こうと…。ですがそれは、わたくしたちの甘い考えでした。」
「そんなの当たり前じゃないですか!俺も、色んな事の違いに驚かされましたよ。でも、それはきっと仕方のないことで、皆さんが慣れるまで俺が頑張ればいいことです!」
ヘルミーナさんは、眉を寄せながらニコリと微笑む。
「イズミ様は、きっとそうおっしゃられると思いました。お嬢様を大切にしてくださる優しい方ですから。だから、だからこそなのですよ。こちらの世界でお嬢様と暮らしていくには、イズミ様に多大な負担を掛けてしまいます。」
「そ、それは…。」
俺は、咄嗟に否定できなかった。まずはお金の問題だ。今まで祖父と二人でつつましく暮らす分には特に問題なかった。だが、箱入りお嬢様のアンナに加え二人の従者を養っていくには、俺一人の工場仕事だけでは不安がある。そして、三人をこの家に押し込めておくわけには行かなくなるだろう。きっと何かある度に、俺は思い悩み奔走することになるだろう。
「でも、それでも、俺が頑張れば…。」
「イズミ様。イズミ様が、負担を背負い一人頑張るお姿を見て一番心を痛めるのは、お嬢様なのですよ。」
その通りだと思って、俺は息を飲む。キッチンを壊した夜の事やアンナが秘密の部屋に籠った時の事を思い出す。今後も何かあった時、一番傷つくのは、アンナなのだ。俺が一番大事にしたい、守ってやりたいと思っているアンナなのだ。
俺は、テーブルに置いていた手をぎゅっと握りしめる。
二人とも押し黙ったまま、チリチリとした時間が流れるのに耐えられず、俺は目を閉じ俯く。何か、何か言わなければと思い目を開けると、視界に腰にぶら下げている鍵束が目に入った。俺は、鍵束をジャラリと触った後、強く握りしめ顔を上げる。
「俺が、アンナ達の世界に行きます。」
「やはりそうおっしゃられますか…」
意を決して放った言葉だったが、ヘルミーナさんは想定済みだったようで、はぁーと溜め息をついて困った笑顔を浮かべる。
「向こうの世界行ってもきっと俺が大変なのは変わらないでしょう。今度は逆に俺が不慣れな環境に立たされるでしょうから。…それに、アンナが俺の姿を見て、傷ついたり負い目を感じる事があると思います。」
「わたくしもそう思います。」
「だけど、少なくとも向こうの世界であれば、アンナが辛いとき、俺以外にアンナを支えてくれる家族が居るはずです。それにヘルミーナさん達だって助けてくれるでしょ?」
「もちろん、そうなった場合の助力は惜しみません。勝手知ったるビルゲンシュタットですから。それに、お嬢様も不慣れなこちらの生活より安らぐでしょうし…ただ、イズミ様は本当に大変だと思いますよ。」
俺は、膝の上に置いた手をぎゅっと握り、奥歯を噛みしめ、ヘルミーナさんの目を力強く見据える。
「もう、覚悟は出来ました!」
「そうですか…。」
ヘルミーナさんが、俺の覚悟を決めた言葉に小さく返事をした後、口の端をくいっと上げ我が意を得たりといった笑顔を浮かべる。その表情を見て、これはもしかして俺は誘導されていたのでは?と、思ったがもう遅い。
ティーカップを持ち上げ、お茶をコクリと飲んだヘルミーナさんが口を開く。
「イズミ様のご覚悟は分かりました。」
ティーカップをソーサーに戻したヘルミーナさんが、ふーと息を吐きながら頬に手を添え苦笑する。
「ただ、あまり詳しくは申し上げられませんが、ビルゲンシュタットでのお嬢様は、少々難しい立場にいらっしゃいます。」
「難しい…立場ですか?」
「はい。お嬢様が、碌な準備をなさらず、こちらの世界に来られた理由でもあるのですが、先程申し上げたように今は詳しくお伝え出来ません。ただ、ビルゲンシュタットに行けば、イズミ様も難しい立場に置かれるとお考え下さい。」
「む、難しい立場ですか…なんだか怖いですね。」
「あら、やはり行くのをお止めになりますか?」
口角を上げてほくそ笑むヘルミーナさんに、俺は一瞬たじろいだが、ぎゅっと膝の上の拳を再び握る。
「いえ!俺はアンナと一緒にいる為に絶対行きます!」
「さすがイズミ様です。わかりました、ではこれからの事についてお話ししましょう。おそらくお嬢様は、向こうの世界に帰ることを反対されますから。」
どうやらまずは、アンナを説得する必要があるらしい。やはり、俺は向こうの世界に行くようにヘルミーナさんに上手く誘導されたようだ。
はぁーっと溜め息をつくと、ヘルミーナさんが、俺の様子を見てお茶のお代わりを勧めてくれた。少し喋り疲れていたので、遠慮なく頂くことにした。
手際よく淹れてくれた二杯目のハーブティーを飲みながら、アンナを説得する方法や、向こうの世界に向かうための準備や段取りについて話し合った。
自室に戻った時には、深夜2時を回っていた。
ヘルミーナさんが結婚に反対するお話でした。
伊澄くんは、ヘルミーナさんの思惑に乗せられています。
魔導具に関してもちょっと触れてみました。