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オレの嫁は、異世界育ち。  作者: 十草木 田
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祖父との別れ

 俺は、見覚えのある部屋の中にいた。ぬいぐるみや絵本がたくさんある部屋だ。なんだか懐かしい感じがする。自分の体に目を落とすと、黒い学生服を着ている。今年で24歳になった成人男性のオレの感覚に対して、この体は小さくて手足も短く、違和感を感じる。


 人の気配を感じて目線をあげると、目の前に小さな女の子が立っていた。5、6歳ぐらいだろうか?まだ小学生にはなっていない年頃に見える、幼い女の子だ。

 座っている俺と同じぐらいの身長、その腰まである金髪を揺らし、色白で幼いながら整った顔、その中でも特に目を引く、潤んだ赤い瞳が俺を見つめて、必死に何かを訴えている。

 小さく短い腕を振り回して、体全体で感情を表現する姿が、とても可愛らしい。


 女の子が後ろを向いて誰かに話しかける。そこには、女の子を微笑ましく見守る数人の人影があり、俺の両親の姿があった。その姿を見て俺は気付く。


 ああ、これは夢なんだと―。


 俺の両親はもう居ない。10年前に事故で死んでいる。両親の姿に懐かしさと寂しさが込みあがるのと同時に、これが夢だということを実感する。両親が死んだ時、俺はまだ中学生だった。違和感を感じた自分の姿に納得する。


 必死に何かを訴えていた小さな女の子が、ぎゅっと俺に抱き着いて、俺は少し戸惑った。

 「お兄ちゃん!ぜったいに、ぜったいだよ!やくそくはやぶっちゃダメ、だからね!」


 お兄ちゃんと呼ばれたが、俺に妹はいない。「誰だっけこの子?」と、考えているうちに、スーっとあたりが白くぼやけていき、俺は夢から覚醒する。


「誰だっけ?…あの女の子…」


 無意識に呟いていた。

 俺はぼんやりとする頭を振って覚醒を促し、自分の体を確認する。

 手足の長さに違和感は無い。服装もいつも着ている濃い灰色のツナギの作業着だ。腰のベルト通しに引っ掛けた鍵束にジャラリと触れ、夢から覚めたことを確認する。

 腰の鍵束に触れるのは、気持ちを落ち着かせたい時にする、俺の癖だ。

 懐かしい両親が夢に出てきたせいか、俺は少し動揺しているらしい。


 あらためてまわりを確認する。どうやら自宅のキッチンで、テーブルに突っ伏して寝てしまっていたようだ。最近、あまり眠れてないからだろう。


 眠れていないのには理由がある。この家に住んでいるのは、両親の死んだ俺と、そんな俺を引き取って育ててくれた祖父の二人だけだ。今年で82歳になった祖父は、この数か月で体調を崩しがちになり、数日前に風邪をこじらせてから、寝込んでしまっている。起き上がることも儘ならない状態が続いている。

 唯一の家族である祖父が、居なくなってしまうのではないか?そう思うと、不安で眠れず、夜中に何度も祖父の様子を確認してしまうのだ。

 

 キッチンの窓から外を見るともう夕暮れで、山の向こうに日が落ちようとしていた。時計は午後5時を回っている。10月も半ばを過ぎ、日が落ちるのも随分早くなったと感じた。


「…じいちゃんの飯作らなきゃ」


 しっかりしなくてはと思い、頬を両手でパンパンと叩いて立ち上がる。

 小さな鍋にお湯を沸かし、昼食で残ったご飯と刻んだ野菜を加え煮込む、市販の出し汁と醤油で薄く味付けをしてパパっと雑炊を作り上げる。

 両親が亡くなってからの祖父との二人暮らしで、家事も慣れたものだ。


 出来上がった雑炊をお膳に乗せて、庭に面した薄暗い廊下を祖父の部屋へと進む。

 一階の廊下の一番奥、日当たりが良い部屋が祖父の部屋だ。

 祖父の部屋の前まで行くと俺は、不安な気持ちと共に息を吐き、できる限りの笑顔を作って襖を開ける。


「じいちゃん、雑炊作ったけど食べれそうか?」

「ああ、すまんなー」


 部屋に入ると、祖父が布団の中からこちらを見上げた。体を起こそうとしているので、お膳を置いて背中を支えてあげると、祖父はまた小さく「すまんなー」と呟いた。

 祖父はゆっくりとした動作で、雑炊の入った器を手に取った。小刻みに震える手で、匙を持ち雑炊を口へと運ぶ。弱々しい祖父の姿を見ていると胸がぎゅーっと苦しくなる。

 時間を掛けゆっくりと、少しずつ雑炊を食べていた祖父の手が、しばらくすると止まる。


「はー、美味しかった。もうお腹いっぱいだ」


 祖父は満足そうな皺くちゃな笑顔を、俺に向ける。

 祖父から器と匙を受け取る。器の中身は半分も減っていない。日に日に食べる量が少なくなっている。本当は食欲もないのだろう。俺を安心させようと食べてくれているに違いない。祖父はそういう人だ。

 俺は器と匙をお盆に戻し、水の入ったコップと病院で処方してもらった薬を祖父に渡す。祖父は薬を口に入れ、コクリと水を飲む。


「なーやっぱり、入院した方がいいんじゃないか?」

「心配せんでもそのうち元気になるよ。…病院は好かん…」


 体調を崩してから何度も入院を進めているのだが、俺を一人にはできないと言って、祖父は頑なに入院を拒否し続けている。


「ごほっ…ごほっ」

「じいちゃん、大丈夫か?」


 水を飲んだせいか、祖父が咳込む。

 咳込む祖父の背中をさする。肉が落ち骨ばった背中の感触に切なくなる。

 しんどく無いように体を支えながら、ゆっくり布団に寝かせてやると、少し落ち着いたのか祖父は、ふーっと息を吐いた。


「そういえば、工場の方は、どうなっとる?…いくつか仕事が入っとったろ?」

「斎藤さんとこのトラクターの修理は終わったし、山田さんに頼まれていた精米機用の部品加工は、もうちょっとかな…あとは」


 指折り数えながら、依頼されている仕事とその状況を祖父に報告する。祖父がうんうんと頷く。


 俺の家は、小さな田舎町のはずれにある町工場だ。祖父と二人で暮らすには広すぎる庭付きの古い一軒家には、それなりの大きさの工場が併設されており、機械修理や金属加工などができる設備が一通り揃っていて、小さな町の機械修理屋のような事を生業にしている。

 

 俺は高校を卒業した後、進学せずに祖父が長年営んできた、この町工場の手伝いを始めた。祖父の工場を受け継ぎたいと思ったのと、年老いた祖父をいつも見守れると思ったからだ。何より、祖父が俺と一緒に働く事を喜んでくれたのが嬉しかった。


「はは、わしの孫は頼りになるのー」


 祖父が倒れる前に請け負っていた仕事が、概ね片付いている事を聞き終えると、満足そうな笑顔を浮かべ、布団から手を上げ伸ばし、震える手で俺の頭を優しくなでる。両親が死んでから、俺が何か頑張ったり、落ち込んで苦しい時、いつもしてくれたように…。俺は苦笑いを浮かべる。


「いつまでも子供じゃないんだから、今までじいちゃんが守ってくれた分、これからは俺がじいちゃんを守ってやるんだから」


 祖父は、少し驚いたように目を開けた後、顔のしわを深めてくしゃりと笑う。


「ああ、そうだな、これからはお前に守ってもらうか…」


 疲れたから眠るという祖父は、しばらくすると眠りについた。

 襖を開けて廊下に出ながら、腰の鍵束をジャラリと触る。


 祖父はその後目を覚ますことは無かった。

 あの優しい手で、俺の頭をなでてくれる事は、もう永遠にない。

 俺は…八重川伊澄は、最後の家族を失ったのだ。


はじめての小説です。

楽しんでもらえたら嬉しいです。

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