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9 両親

 両親が襲来なさいました。

 敬った言い方をすればどう言ってもよいとは思いませんが、ともかく、これは襲来なのです。予告してくださればいいのに、前触れもなくいらっしゃるだなんて。

 お部屋のお片付けをしていませんのに!


 ですが、嵐がやってきて以来、私が両親へ書簡を送り返していなかったことも、また事実なのです。

 これは忘れていたわけではなく、パーティーやお友だちにまつわる事件が発生しまして、それはお返事をする以上に大変なことでして、つまり……そう、忘れていたのです。ごめんなさい。


 リビングのソファーにて両親と向かい合い、私はそう伝えました。


「そうか。まぁ、フルーは真面目な子だから今回は大目に見て、いたっ、ちょっと君、僕の頭から降りてくれないか」

「まあ、あなた。猫ちゃんがお可愛いらしいポーズをとっているわ。ご覧になって」

「いや、僕は見えないよ、あたた」


 猫さんの前では、深刻な家族会議もやむを得ず中止するほかないのです。お父様の頭と肩の上で優雅にくつろぐ猫さんに敵う相手は、今ここにいませんから。

 結局、シルーが猫さんを抱え上げることで事なきを得ました。


「黒猫を飼い始めたんだね。お名前は?」

「猫ちゃんは猫ちゃんでございますわ」

「あぁ、そうなんだね。なかなかにいたずら好きの猫ちゃんだね」

「ええ。ですから、お部屋が少々整っていませんことも、仕方のないことですよね、お父様」

「まぁ、そうだね。猫ちゃんはわざとものを落とすと聞くからね」


 ついでに、お部屋のお片付け忘れも猫さんの仕業にしておきました。猫さん、万々歳なのです。




 両親がいらっしゃったということは、私たちの日々も変わるということ。

 私は、その変化と、翌朝に遭遇してしまいました。


 それは、夜にせっせと書き記したルドルフさん宛てのお手紙をお買い物カゴに隠し入れ、丘の麓まで買い出しに行くふりをして出掛けようとしているときでした。


「フルー、どこに行くんだ?」


 お父様に見つかってしまいました、が、私は理由も用意しているので問題ありません。

 私はカゴを軽く持ち上げました。


「今から買い出しに行くのです」

「フルーが? 全く、使用人は何をしているんだ」

「いえ、運動がてら、私が行きたいと申し出ましたから」

「そうか。しかし、一人で行くつもりか?」


 心配そうにお父様が腕を組みなさったあと、ふむふむと考え、丸めた拳で手のひらをぽんっとお叩きになりました。


「わかった、お父さんも一緒に行こう」


 まあ、なんと。素敵な笑顔で、素敵でない提案をなさいました。


「僕も君たちの生活圏の様子を見たかったから、ちょうどいい。ついでに何人か付き人を連れて行けば安全な上に、フルーは重たい荷物も持たなくて済むね。では、お父さんは帽子を取ってくるよ」


 お荷物を持たなくて済むのは、確かに、良いことかもしれまん。丘の上まで帰るとき、ごろごろとしたお野菜たちを徒歩で運ぶのは非常に重労働なのです。


 私はお父様が帽子を取りに戻っている隙に、カゴに忍ばせていたルドルフさんへのお手紙を、玄関にある大きな花瓶の裏に隠しておきました。

 せっかくお父様とお買い物に行ける珍しい機会ですから、不安の種は置いておいて楽しみましょう。




 お買い物の帰宅後に昼食を食べると、おばばがお洗濯物を洗い終わる頃合いにぴったりなのです。

 食後に、私は慣れた手付きでタオルを物干しロープに干していると、「まあ!」とお母様の驚く声がしました。何かあったのでしょうか。


「お母様?」

「フルーったら、そのようなことをして」


 なんと、タオルの向こう側でお母様が卒倒なさりかけているところでした。おばばが背を支えてくれて間一髪です。

 私はお母様のそばに駆け寄りました。


「お母様、どうなさったのですか」

「フルー、手が荒れてしまうわ。お洗濯物干しなど、おやめなさい」

「いえ。おばばがまたぎっくり腰になっては一大事ですから、私もできる限りお手伝いしたいのです」


 というのは前々から考えていた建前で、本音は配達少年くんが来たときに素早く受け取りに行きたいから、ですけれど。こういうときは純真さが肝要なのです。

 うるうるとした眼差しでお母様を見つめていたら、お母様が折れてくださいました。


「そう、フルーがそうしたいのならいいけれど……。では、せめて手を覆って、そうね、グローブでもしてちょうだい。いいわね?」

「わかりました。明日からそうします」

「いいえ、今からよ」

「それはちょっと……」


 グローブは二階の自分のお部屋にありますが、そこまで取りに行くのが手間だと思うのです。砕けて言いますと、面倒くさい。

 私がのらりくらりと言い訳しつつ干していたら、お母様に手をそっと降ろさせられました。


「では本日はもうやめましょうね、フルー。他の者に任せましょう」


 お母様がお怒りになると悪魔も逃げ帰るほど恐ろしいので、おとなしく従うことにします。何もそこまで怒らなくてもいいと思うのですが。




 その夜のこと。夕食後に両親から呼び出され、昨夜と同じくリビングで顔を向かい合わせることになりました。昨夜と違う点は、シルーと猫さんは別のお部屋で遊んでいることでした。

 私とお父様とお母様の三人のみでの家族会議です。お父様がにっこりと切り出しなさいました。


「さて、フルー。君にお知らせがあります」

「お知らせ、ですか? それは良いことでしょうか、悪いことでしょうか」

「うーん。どちらとも言えないな」


 私、知っています。こういうときは大抵悪いお知らせなのです。家族旅行を中止する報告のときも、このように怪しいほど明るい空気でしたから。

 お父様もお母様も不自然なほどニコニコです。


「シルーは少し早いかもしれないけど、いや、フルーもまだ早いよ。やっぱりやめよう」

「もうあなたはいつまで経ってもそう言いそうだわ。気にしないでね、フルー。あなたはそろそろ頃合いだと思うのよ」

「……それは、もしかして」

「じゃーん。お見合い相手の資料でーす」


 お母様が隠し持っていた紙の束をばーんとお見せになりました。わあ、分厚い。


「フルーと同じ年齢層の方々を一通り集めてみましたー」

「でもまぁ、見なくていいよ。燃やして捨てよう」

「あなたは黙っていて」

「……はい」


 ずっしりとした紙束を渡されました。ぺらりとめくると、目に入るのは、ずらりと並んだ似顔絵とそれぞれの来歴。名家の息子、大企業の跡取り、元王族の富豪などなど。私には荷が重いお相手ばかりでくらくらします。


「……そ、壮観ですね」


 私はばさっとテーブルに紙束を置きました。お手上げなのです。

 反対に、両親は「どうどう?」と見せてくださいます。


「ほら、フルー、こちらの方を覚えている? わたくしのお友だちの息子さんなのだけれど、おうちにお邪魔させていただいたときにお会いしたことがあるでしょう」

「その人はやめよう。本家の跡継ぎだから、顔はいいけど環境が厳しいかもしれないよ。僕は嫌だな、あの空気に巻き込まれたくない」

「あなたの好みはいいのよ。フルーはどのようなお方が気に入った?」


 両親に見つめられて、少々たじろいでしまいました。唐突にそのようなことを言われましても。私、そもそも家族以外のお知り合いがいませんのに。

 気に入っている方、気に入っている方。


「私は、そうですね……」


 真っ先に思い付いたのは、照れているルドルフさんのお顔でした。


「そばにいて、ふと笑えるような方がいいな、と思います」


 そうです。そういう方と一緒にいたいです。特別な人間でなくて構わないので、毎日私に些細な幸せをもたらしてくれる方がいいなと思うのです。

 あら。私はなんて顔をしていたのでしょうか。両親が驚きを含んだ表情で私を見ていました。もしかして、みっともない顔になっていたでしょうか。


「えっと、ごめんなさい。私、変でしたか?」

「いいえ! あなたはとってもとってもお可愛いわたくしの娘よ」


 お母様が大きく頷いていらっしゃるので一安心です。少し照れますけれど。

 一方、お父様は探るような目で、じっと私を見据えなさっておりました。


「フルー。君は、心に決めている相手がいるのか?」

「さあ。お相手については、のちほどよく考えてみますね」


 にっこり笑って、私は席を立ちました。

 いくら家族であっても、本音を伝えるのをためらってしまうこともあるのです。



 そういえば、ルドルフさんは私のことをどう思っているのでしょうか。どのくらいの好意を持ってくれているのでしょうか。ルドルフさんに直接聞いてみてもいいのですが、次に会えるときの検討もついていません。


 私は玄関付近に誰もいないことを確認してから、そっと花瓶の後ろに隠していたお手紙を回収しました。そもそも、このお手紙を出しに行けるのは、一体いつになるのでしょうか。

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