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7 本部訪問

 素敵なワンピースの私と、猫さんを抱いたシルーが対峙する、雲が流れる青空の下。緊張感に満ちた空気の中、私は車を指差して、シルーにお姉ちゃんらしくたしなめました。


「シルー、早く乗りましょうね」

「どうして? わたくし、お姉様が使ってって言いましたわ」

「いえ、猫さんを連れて行くシルーが車に乗るほうがいいと思いますよ」

「わたくしは歩いて行ける距離ですもの。抱っこして行きますわ」

「抱っこだなんて、腕が疲れるでしょう。ぜひ、車を使って」

「お姉様こそ、お荷物があるのでしょ?」


 これは、車の譲り合い、ひいては運転手兼従者の押し付け合いなのです。


 従者がついてくるとなると、私がルドルフさんと話すときに近くに人がいることになりますので、それはちょっと、いや、そこそこ恥ずかしいことです。私は一人で行きたいのです。

 けれど、シルーが過去の私のことを持ち出し、車で行けと言い出したので事態は急変しました。

 そうして、今に至るのでした。


「私は、シルーを一人で行かせるだなんて、とても心配です。シルーはとってもお可愛いからさらわれてしまう可能性があります。どうか、私が不安になる前に乗ってくださいな」

「安心して、わたくしは近くの動物病院に行くだけですもの。それより、お姉様が歩いて行けば、また倒れてしまうかもしれませんわ。さあ、お乗りになって!」

「きゃあっ」


 背中を押され、座席に押しくるめられてしまいました。シルーは時々強引なときがあります。使用人もこれ幸いと荷物を載せています。使用人も時々非情なことがあります。

 従者もあっと驚く早業で乗り込んだかと思いきや、なめらかな動きで車を出発させました。ああ、私は一人で行くつもりでしたのに!


「お姉様、ばっちりお綺麗にして差し上げたのだから、文通のお相手としっかり仲直りしてきてくださいね〜!」


 後ろからはシルーの上機嫌な声が聞こえてきました。絶対に得意気に笑っている声でした。もう、シルーったら。



 太陽が頭上に位置するお昼すぎ。本日のお天気は常に風が吹いている涼しい晴れ模様で、クリームのようなふわふわ雲がところどころに浮かんでいます。

 線路に近付いてきたら、子どものはしゃぐ声や若い女性たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきて、そろそろ町に入るなぁ、と思いました。


 気になることは、俯いても視界が明るいこと。シルーたちに『癖を活かして』とか『ゆる巻きで動きを』とか言われて、ハーフアップなる髪型にされたから、横の髪が落ちてこないのです。

 まつ毛は少し重たくて、触れる肌は不自然なほどさらさらで、呼吸する度に甘い香りがします。お出掛け用のお洋服のレースはちょっぴり派手で、髪飾りのリボンも大きく可愛すぎるもの。

 緊張で鏡は一目も見られませんでした。けれど、シルーを信じることにしましょう。頑張るのです、私!




 車は進み、時間も進む。あれよあれよと、まるで石の芸術彫刻のような海軍本部に到着しました。港町のメインストリートの一角にどどんと構えるご立派な建物です。

 中に入って正面にある受付で対面の手続きをしますと、名乗った際に周囲がざわつきました。ううん、お父様が有名だからでしょうか。


 チラチラと刺さる視線が痛かったので、私は外のお庭の隅っこにある木陰のベンチで待つことにしました。

 書いてきたお手紙の上で指をぐるぐるしながら、ルドルフさんに対する謝罪文を考えます。この度は私の身勝手な行動で多大なるご迷惑をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げま、


「どうも。こんにちは、フルーさん」

「わっ」


 え。

 現れていました。顔を上げると、すでにルドルフさんが現れていたのでした。この方はいつも不意に現れて、私は驚かされるばかり。

 私は反射的に立ち上がりました。


「こっ、こんにちは」


 不意に現れるから、感情が追い付かなくて、びっくりでしどろもどろな対応になってしまいます。今だって、そう。

 ああ、焦っていないで用件を言わねばなりません。呼び出したのは私なのですから、黙っていたらルドルフさんを困らせてしまいますから。


 慌てて前を向くと、ルドルフさんと目が合ってしまいました、初めて。

 あっ、いけない。考えてたこと、全部飛んでいってしまいました。


「わ、私は、あなたに、会いに来たのです」

「えっ」


 ルドルフさんはピタッと石化した、と思えば、夜空を閉じ込めた目をまんまるに見開いたのち、斜め下を向いてふわっと細めました。口元を両手で覆って、顔を半分隠してしまいましたけれど、


「…………やば、嬉しい」

 

 呟いた言葉の一音一音にさえ、喜の感情が溢れ出ていました。

 あぁ、この方は、間違いなく正真正銘、お手紙のルドルフさんです。不思議とそう思えました。




 さああ、と風が頬を撫でて、時間が動き出した気がしました。そうです、今日の目的を果たさねば。

 私が目で合図を送ると、従者の一人がルドルフさんに包装された小さな箱と大きな箱を手渡しました。


「えっと、こちら、お借りしていたハンカチと、これまでのお詫びの品です」

「詫び?」


 やや不思議そうな声が返ってきました。そうですよね、内容がわからないと受け取りづらいですよね。私の不注意でした。

 私は手を添えて紹介しました。


「はい、お詫びです。こちら、中身はお肉です」

「いや、俺が聞きたいのはそうじゃ、えっ、肉? マジですか」

「なんと、まじなのです。生ではなく燻製肉ですけれど」

「燻製好きです。ありがとうございます。やった」


 ルドルフさんが、ふふっと笑ってくれました。感情を全身で表現しているわけではないのですが、じんわりと嬉しさが伝わってくる声色と笑みでした。満足してもらえたみたいでよかったです。

 さあて、次が今日の本命。私は体の後ろで隠し持っていたお手紙をきゅっと握りました。


「あの、ですね、色々とルドルフさんを振り回して、本当にごめんなさい。会えないと言いましたのは、こちらに時間的余裕がなかったためでした。ですから、ええと」


 お手紙を差し出して頭を下げました。

 私はあなたに直接渡したくてやってきたのです。文字だけよりも、言葉のほうが伝わる気がして。


「ど、どうか、私と文通続けてください……!」


 目をぎゅっと瞑って、ルドルフさんの反応を待ちます。息を呑んでいると、布の擦れる音がしました。ルドルフさん、無言なれど動いているのでしょうか。

 しばらくして、指で挟んでいるお手紙がかさりと動いて抜き取られました。おずおずと目を開くと、なぜかルドルフさんがしゃがんでいます。

 私を見上げて上目遣いになった瞳に夏の木漏れ日が差してきらめいていました。まるで夜空を映した瞳に星々がまたたいているように。


 そして、ほんのり赤くなったほっぺたで俯いて静止した直後、いきなりすくっと立って凄まじい速度で頭を下げました。


「もちろん喜んで、お願いします」


 こうして誤解を解き、私たちは無事に文通を続けられることになったのでした。




 ハンカチとお詫びの品、そしてお手紙を渡せました。謝罪も済ませました。用事はこれで以上ですので、本部からは速やかに撤退することにします。お仕事をしていたみなさん、部外者がお邪魔しました。

 ルドルフさんが見送ってくれると言ったので、一緒に本部の前に置いておいた車の元へ向かいました。


 ルドルフさんは車を前にして、おお、と感嘆をこぼしました。興味深いといった様子で、車の周りを一回り。


「これ、車ですよね。ちょっと触ってもいいですか?」

「どうぞ。ルドルフさんは車、初めてですか?」

「はい。輸入されてるときに、遠目から何度か見たことはあるんですけどね」


 素朴ながら率直に「輝きがすごい」、「汚れてないのすごい」とルドルフさんが褒めると、従者が嬉しそうな表情になりました。ほのぼのした空気に私までつられて笑ってしまいそうです。


「では、ルドルフさん、さようなら」

「来てくれてありがとうございました。フルーさん、お気を付けて」


 別れ際はさらりと短く。ルドルフさんはクールがお似合いな方なのだと思います。

 車が進み始め、ふと何ともなく振り向いてみますと、どこか肩を落とした様子のルドルフさんが視線に気付き、慌てて小さく手を振ってくれました。しかも両手で。


 ルドルフさん、ルドルフさん。本日、初めて目が合ったルドルフさん。クールに見せかけて、実はお可愛らしい方なのかもしれません。

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