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5 お迎え

「地上に舞い降りた天使ですっ!」


 私はパーティーのためにおめかしするシルーに拍手しました。

 シルーは普段は快活なお嬢さんという雰囲気ですけれど、髪を結い上げてドレスを身にまとった姿は完璧なご令嬢様になるのです。裾がふわりと広がるシルエットはガーリーで、シルーによく似合っています。

 私はきゅっと唇を噛み締めました。


「ああ、写真機を持っていれば。いえ、私が画家だったらよかったのでしょうか。今からでも練習しましょうか……」

「やあね、お姉様。大げさですわ」


 やんわり肩を押されたけれど、シルーもまんざらではなさそうなお顔です。

 頬はふんわり桃色で、唇は甘酸っぱい苺色。にやけを抑えようともにょもにょ動いています。何もかもが愛くるしいのです!



 ぱちぱち手を叩いて、シルーの前や後ろをぐるぐると回っていたら、むにっと顔を両手で捕まえられてしまいました。


「そうですわね、お姉様もお化粧したら絵画の住人になると思いますわよ」

「まさか。そんなことありませんよ」

「そんなことありますわ。わたくしのお姉様でしょ」


 確かに私たちは姉妹ですが、容姿だけならば、私はおしとやかなお母様似で、シルーは美丈夫なお父様似です。

 すなわち、シルーは華があるけれど、私は別にそういうわけでもないのです。そもそも、私はパーティーに行きませんから。


「私はいいですよ、お化粧は」

「いいえ、よくないです。今決めました、きっと大変身させてみせますわ。さあ、やっておしまい」

「かしこまりました。ささ、フルーお嬢様、こちらに」

「待っ、あなた、ちょっ……」


 新米使用人のくせして、私を椅子に座らせ、顔をペタペタ拭き始めた不届き者がおりました。

「安心してください。あたしお姫様にメイクしたことあるんです!」ではないのです。あなたがもう潰れた劇団の裏方だったのは知っているけれど、全くそういう話ではないのです。


 シルーはシルーで「こちらのネックレスもよさそうですわね」などとアクセサリースタンドの前で呟いています。

 お化粧はまだしも、アクセサリーだなんて。あれよあれよという間にパーティーに連れて行かれる気がしました。


「シルー、私はパーティーへ行きませんよ」

「ちゃーんと知っております。これはパーティー気分のおすそ分けですわ。ほら、お姉様にはこのネックレスがお似合いだと思いますのよ!」


 楽しそうに笑いながらネックレスを手に戻ってきます。シルーが喜んでるならば、それでいいですけれど。

 大変に愛らしい妹に懐かれて、お姉ちゃんもまんざらではないのです。




 そうして私はシルーのお人形になっていました。

 シルーがパーティーへ出発したのを見送ったあと、私は玄関にある鏡越しの自分と目が合いました。すっかりメイクされ、ヘアセットもされ、首元にさネックレスが輝き、なれど少しよれたワンピースを着ています。おかしくて、少し笑ってしまいました。

 たまにはこういうことも悪くないものです。


 その後、私は新しく募っていた庭師見習いの面接をし、少し早めの夕食をとり、日没してもなお明るい空の下で軽くお散歩をしました。一冊の説話集を読み終わり、本日の出費の計算などもしました。

 さらに、ベランダにて、涼やかな夜風とともにジュースを嗜みました。平面になっている手すりに空になったグラスを置いて、空を見上げます。


 夜は更けました、が、シルーがまだ帰宅していないのです。


「遅いと思います」


 私は、シルーとともに私で遊んだ新米使用人のほうを向きました。あなたはどう思いますか?


「あまりにも遅いと思いませんか」

「夜会ですから」

「それにしても遅いです。シルーは一人で行っていますのに」

「シルーお嬢様には従者を付けていますので」

「それでも心配です。どうしましょう」

「フルーお嬢様はお先にお休みなさってくださいませ。ささ、お化粧落としを」

「いえ」


 王都と違って、この港町の夜は暗いのです。大通り以外は明かりが点々とするだけで、丘の上から見たら真っ暗同然なのです。

 それに王都のパーティーの相手は、見知った上流階級の方々でした。今回は面識のない海軍の方々なのです。

 場所も人も、王都とは全くの別物。甘い考えで放任した結果、シルーにもしものことがあれば?


 問題が起きてからでは遅い、遅すぎます。 

 私はグラスを彼女に手渡して、ベランダを出ました。


「フルーお嬢様?」


 このおうちの主は私。みんなを守る責任があるのも私。両親から妹のことを任されているのも私。

 そういう建前は色々ありますが、何よりも、


「私、シルーを迎えに行きます」


 大切な人がいなくなるのは、怖いのです。




 車はシルーが乗っていきました。どうやって会場まで行きましょうか。ところで、私は自転車には乗れませんが、馬には乗ることができます。私は一人で馬を走らせました。

 パーティー会場は、おうちのお庭からでも見えるほど大きい円状の庭園がある建物です。シルーがそう教えてくれました。土地勘はないですが、地図は読み込んだので気合で乗り切ろうと思います。


 空には星が輝いている頃合いなのに、身に当たる海風が生ぬるい。丘の上と全然違う空気です。

 家族団らんの笑い声がする住宅街を通り抜け、馬の駆ける音で屋根の上で鳴いていた鳥が飛び立っていきました。


 あの角を曲がれば、メインストリート。そのすぐそばが会場のはずです。

 手綱を握り直して角を曲がった瞬間、


「わっ」

「ん?」


 目の前に人影が現れたのです。嘘っ、誰かがいらっしゃる!? 

 私は避けるために手綱を引っ張りました。賢い馬は急停止してくれましたが、私の体は賢くありませんでした。曲がった勢いで、体のバランスが崩れてしまって。

 いけない、落馬する――……!


 全てがゆっくりと動く感覚がしました。体の落下も、ぐらつく景色も。

 シルーの顔が思い浮かんで、次に両親、さらに使用人たちの様子がちらつき、最後には文通相手の『ルドルフ』の文字。

 嫌、まだ終わりたくない、のに。




「あの、大丈夫ですか」

 

 気付けば、私は横たわっていました。死んでいません、私。


「痛いとこあります?」


 声をかけられて見上げると、まんまるの大きな瞳が私を覗いていました。ど、どなたでしょうか。びっくりしました。

 その男性は私の横におり、小さく三角座りしていてもわかる体格の良さでした。


「えっと、助けてくださった方ですか? ありがとうございます」

「いえ。生き返ってよかったです」


 起き上がると、頭にぐわんと鈍い痛みがしました。貧血のときのような。


「え、もう起き上がって大丈夫です?」

「はい。シル……妹を迎えに行かないといけませんから」

「なんだ、踊りに来たんじゃないんですか」

「踊り、ですか?」


 踊りなんて、私……いえ、まさか。私は助けてくれた方をまじまじと見ました。

 髪と瞳は葡萄色。それはまるで日没後の真っ暗一歩手前の夜空を閉じ込めているみたいです。装いは、すっきりと上品なタキシードで、パーティーにでも訪れたかのよう。

 そして、私よりもどこか幼げな笑顔で。


「改めまして、はじめまして。こんばんは、フルーさん。俺、ルドルフって言います」




 海賊の方が、海軍のパーティーに来ています。どうして捕まらないのですか?

 私はぱちぱち瞬きして、つい心の内の疑問を口にしてしまいました。


「あ、あなたは、何者なのですか」

「何者だと思います?」

「…………」

「悩まないでくださいよ。今夜のパーティーに来てるんですから、俺は本物の海軍の人間ですよ、下っ端ですけどね」


 おかしそうに笑って、ジャケットのうちポケットから海軍のバッジをちゃらりと見せてくれました。

 脳内にあった、船乗りで賞金首の犯罪者を捕まえて荒稼ぎする、少々ワルな海賊ルドルフさんのイメージが音を立てて崩れていきます。ごめんなさい、海賊だと思っていた時期もありました。


「海軍の方だったなんて、私、知らなくて」

「あえて黙ってたんです、初手軍人カミングアウトはビビられるかなって思って」


 むしろ最初からそうと言ってくれれば、海賊だなんてひどい妄想しませんでしたのに。

 ともかく、どんな人であっても、彼は私の命の恩人です。私は深く頭を下げました。


「私はフルーと申します」

「はい。どうも、フルーさん」


 にこっと微笑まれました。ルドルフさん、お手紙上では明るくふわふわしている方だと思っていましたが、実際はクールな方なのでしょうか。意外にも言葉数が控えめなように思われます。

 本当に、彼は私と文通しているルドルフさんなのでしょうか。


「ルドルフ! こんなとこにいたのか! ボスが呼んでるぞ!」


 突然、会話に別の声が混じって、二人揃って目を丸くさせられました。即座にルドルフさんかもしれないお方が勢いよく立ち上がります。


「わ、バレた。ええと、妹さん、さっき見たとき眠たそうにしてたんで呼んできますね。では、フルーさんお大事に」


 短い言葉を残して、走り去って行きました。さようなら、ルドルフさんかもしれないお方。

 ぽつんと座ったままの私は、息とともにふらふらと視線を落としました。すると視界に入る、白いハンカチ。私が横になっていたとき、頭だっただろう位置に敷かれていました。

 これは間違いなく、ルドルフさんかもしれない方のお忘れ物です。



 そのとき、どこからか潮の香りを乗せた風がうなじをかすめていきました。

 そのささやかな風音は、まるでいたずらな神様が笑っているような。

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