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4 招待状

 今年も雨季が忘れ物をしました。その名も嵐といいます。


「今日も荒れていますわね。全くもう。景色が良いところが、この町の唯一の美点でしたのに」


 激しい雨風で、港町と海の境目すらわかりません。窓ガラスにぶつかる雨粒は絶えず、夏なのに寒いくらいの気候でした。

 そのようなお天気がよろしくない日はシルーの機嫌もよろしくない、というわけでもなく。シルーは窓の外を睨みつけ、やれやれといった風に手を振りました。


「仕方ないですわね。ピアノでも弾くしかないですわね」


 シルー、切り替え上手です。良い子。そうして、まっすぐピアノの置いてある部屋に向かって行きました。

 リビングに残されたのは私は、使用人にそっと声をかけました。


「あの、配達の方は来ましたか?」

「いいえ、ここ数日見かけておりません。外は酷い雨風ですから」

「そう、そうですよね」


 天候のせいか、はたまた本当に配達するものがないのか、もう十日ほども配達少年くんが来ていないのです。ルドルフさんからのお手紙も、時たまの両親からの書簡も。

 たくさん来るとお返事を書くのが大変ですが、一つも来ないとなると物寂しい気持ちになります。


 お断りのお手紙はすでに出してしまいました。失礼のないように書いたつもりでも、ルドルフさんの気を悪くさせたでしょうか。天候関係なく、二度とルドルフさんからのお便りは来ないかもしれません。

 後悔してももう遅い。あとの祭りなのです。


 雨音に紛れて聴こえてくるのは、いつまで経ってもシルーが奏でるピアノの音だけでした。




 久方ぶりの青空が見えた日。ぎっくり腰おはばが復活して、二人でお洗濯物を干していたときのこと。

 キキッと空気をつんざくブレーキ音がして、私は手を止めました。間もなくして「ごめんくださーい」といつもの声。いけない、おばばが受け取ってしまうかも!

 私はシーツとタオルの波を急ぎ泳いで、配達少年くんのもとに走って行きました。


「あ、どうもー。お届けものでーす」

「ええ、ありがとうございます」


 ふう、よかった、間に合いました。安堵しながらサインを記し、受け取った封筒は三通でした。どれも異なる封筒です。


「今日は多いのですね」

「嵐で来れなかったんで、まとめて届けに来ました」

「まあ、そうなのですね。いつもありがとうございます」

「いや、ここ、降りるときは楽しいんで、別に」


 無愛想だけど、照れくさそうに笑う姿は年相応でお可愛いらしいです。少年くん、今後ともどうぞご贔屓に。



 少年くんをお見送りしたのち、私はお洗濯物干しを済ませて、お手紙の確認をすることにしました。

 リビングのソファーに腰掛け、封筒を見比べます。一通は両親から。一通はルドルフさんから。そして残り一通は見知らぬもの。さあて、どれから開きましょう。

 お手紙たちとにらめっこをしていた、そのとき。


「おやつ、おやつ。おやつの時間」


 上機嫌そうなシルーの歌声がして、私は反射的にルドルフさんからのお手紙をスカートの下に隠しました。

 リビングに入ってくるシルーに、にこやかに笑いかけて。


「そうですね。おやつの時間ですね」

「そうですわ。おやつのじか、あら? それはお父様とお母様からのお手紙のように見えますわ」

「ご明察の通りです」

「嬉しい! 早く開けましょ」


 シルーがとたとた早足で隣にぽすっと座りました。おやつより両親のほうが好きなご様子です。


 今日のおやつは、小さなクッキーとフルーツのスムージー。

 ソファーで二人横に並んで、ローテーブルに置かれたクッキーに手を伸ばしつつ、目線は両親からの書簡へ。


「ねえ見てお姉様、お休みのご予定を取ってくださったと。楽しみ! お父様方がいらっしゃったら、お部屋を自慢するつもりですのよ、わたくし」

「そうですね……」


 なんと、両親の長期休暇の連絡でした。私は思わずソファーにもたれかかりました。重たく苦々しいため息が出てきてしまいます。


「どうかしましたの、お姉様?」

「お部屋のお片付けをしなければなりませんから。どうしましょう」

「あぁ、お姉様はお部屋に本が散乱しているときがありますものね」

「素敵な言葉を調べるために掘り起こしてしまって……」

「えっ、本棚に収まりきらないから、ではなかったのですか? それなら自業自得ですわ」

「シルー、突然ひどいです」


 お姉ちゃん、悲しみます。しくしく。泣いたふりをしたら、くすくす笑う声が返ってきたのでした。



 シルーはテーブルに残る未開封の封筒を見つめていました。両親からでも、ルドルフさんからでもない、真っ白の厚手の紙を金で縁取り装飾した上品なお手紙を。


「お姉様、これはなあに」

「何でしょうか。今度はシルーが開けてみてください」

「この紙、手触りが良いですわ。王都でいただいた王宮舞踏会の案内状みた……」


 便箋を開いた直後、シルーの声が途切れました。シルーは素早く目を左右に動かし、こくりと息を呑みます。そして、バッと顔を上げました。


「お姉様、パーティーへの招待状ですわ!」


 ほらほら、と私にも見せてきます。確かに、パーティーを開催する旨と『ぜひご参加を』と書いてありました。


「海軍の、ええと、海将の方から、と」

「どうしてそのようなお方から。お父様のお知り合い?」

「わたくしも存じていませんわ」


 招待状の右下に描かれた模様は海軍のシンボルマーク。どうやら私たちは、港町の海軍基地を治める方が主催するパーティーにお呼ばれしたようです。


 そのとき、私の脳裏をよぎったのはただ一つ。引っ越して以来、自分のドレスを見た記憶がないような。そして、ドレスをお届けしていただくように頼んだ記憶もないような。

 嵐で届くのが遅れたために、新しく仕立てる暇はありません。私とシルーは身長差もありますから、シルーのものを借りることもできません。

 恥ずかしい格好で出席するくらいなら、欠席したほうがいいでしょう。


「私は遠慮しておきます。シルーはどうしますか」

「んー、わたくしは行きたいですわね。海軍に会ってみたい人がいますの」

「以前言っていたエリートの方ですか?」

「ええ。わたくしのお友だちの間で話題になっている方ですのよ」


 そうですか。私は行きませんけれど、シルーが行きたいのなら行けばいいと思います。自分でやりたがっていることを止めたくないですから。

 その場合、私は私ができることをするのみ。私はシルーに人差し指を立てました。


「いいですか、シルー。行くならばきちんときちんと周囲に気を付けてくださいね。これはティーパーティーのような外が明るいときに行われるものではないでしょうし、きっと招待客も大勢いるでしょう。母数が大きいと、その分危険人物も多いと思うのです。怪しい方を見かけたら静かに距離を取って安全地帯に逃げること。いいですね? 嫌なことは嫌だと言ってもいい」

「もう、長いですわ! 簡潔に言ってちょうだい」

 

 一喝されました。簡単に短く言い換えることにします。

 私はシルーの少し小さな手を両手で包んで、ぎゅっと握りました。


「パーティー、楽しんできてくださいね」


 私はおうちから見守ることしかできないですけれど。




 皆が寝静まった夜。

 私はソファーに三角座りして、月に照らされるテーブルを見つめました。そこにあるのは、ルドルフさんから届いたお手紙でした。

 どのようなお返事なのでしょうか。気になるけれど、見たくないと思っているのです。久々のお手紙で嬉しくて、なのに、怖い気持ちも。


 あぁ! 自分から会うのをやめようと言い出したくせに、ウジウジするのはよくありません。

 私は深呼吸して覚悟を決めました。 



『こんにちは、フルーさん。ちょっと言いたいことがあって、返事を待てずにこれ書いちゃってます。

 今度上司が開くダンスパーティーがあるんですけど、丘の上の豪邸の美人姉妹にも招待状が出されたらしいって、まことしやかな噂が流れています。これ、フルーさんたちのことですよね? 丘の上って、家一軒しかないですもんね。

 パーティー、好きですか? 俺も一応出席するんですけど、夜通しどんちゃん騒ぎってヤバくないですか? 体力無限かよって感じです。俺途中で寝そうだなって今から焦ってます。

 フルーさん、パーティーに来るなら俺と踊ってくれませんか。ルドルフ』


 書面の左上に書かれた日付は、ちょうど嵐が来た日の前後でした。きっとまだ、これを書いているルドルフさんには、対面お断りのお手紙は届いていなくて。

 肩透かしを食らったような、でもほっとしてしまった自分もいます。ただ結果発表が先に伸びただけですのに。


 私は最後の一行を指でなぞりました。海賊なのに海軍のパーティーに参加するのでしょうか。変装して侵入するのかもしれません。

 真相はどうであれ、ルドルフさんのお願いはまた叶えられそうにありません。


「……パーティー、楽しんできてくださいね」

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