2 贈り物
私は、ルドルフさんなる人物から届いた謎のお手紙を読み返しました。
やはりおかしいのです。私は引っ越して以来、あの港町に行っていませんから、私を見かけたというのはやはりおかしいのです。
これは、港町が新参者に課す試練でしょうか。もしかして暗号文だったり、解読してわかる別の文章があったりするのかもしれません。
お手紙のターゲットは私。きっと不審者ルドルフさんと連絡を取り合えるのも私でしょう。お手紙を通して相手の内情を探り、この方の考えを解明できるのも私ということです。
不審者について、シルーや使用人に報告してもいいですけれど、
「皆に伝えて不安にさせてしまっても、問題が解決するわけではないでしょうし……」
私はルドルフさんがいかなる人物か明らかになるまで、みんなには黙っておくことにしました。
こうして、へんてこお手紙のルドルフさんと私の、内緒の文通が始まったのです。
お返事を書き上げれば、買い出しを名乗りでて丘の麓に降り、一番近くの郵便屋さんに出しに行きます。差出人の住所とルドルフさんを宛先にして手続きします。すると、五日も経たずにそのお返しがやってくるのです。
配達人の少年くんは決まってお洗濯物干しの時間にやって来ますので、私が受け取ることは容易いことでした。
縦読みか、斜め読みか、回文か、変な文字はないか。暗号の有無をチェックするため何度も何度も読み返しますので、内容はどれも自然と覚えてしまいました。
『こんにちは、フルーさん。返事、ありがとうございます!
すげえ嬉しくて、もう夜遅いんですけどこれを書いてます。フルーさん、字が綺麗ですね。なんか紙とか封筒もオシャレすぎてビビりました。感動ってやつです。
俺、文通するの初めてなんですけど、何書けばいいんですかね。とりあえず、好きなものでも書いときますね。俺は肉が好きです。あと運動も好きです。銃の腕前もよく褒められます。
フルーさんは何が好きですか? ルドルフ』
お肉や運動が好きで、発砲が得意。ルドルフさんはなかなかに危険な方のようです。
少し怪しい方ですね、ルドルフさん。
『こんにちは、フルーさん。お花が好きなんですね。
ちょうど近くにあった花屋でひまわり買ってきたので贈ります。普通のよりちょっと小さいものらしいです。可愛いなって思ってこれにしました。フルーさんはひまわり好きですか?
海を見るのも好きってことは、家から船とかも見えてます? 俺、けっこう船の近くうろうろしてるので、見えちゃってるかもですね。恥ず。
実は、俺はフルーさん見えてますよ。ルドルフ』
ルドルフさんから、ひまわりをもらいました。お花に罪はないですが、危ないかどうか検査のために花びらを押し潰したり乾燥させたりしました。ただの安全なお花でした。
たた、海辺から私が見えるというのはあり得ません。こちらからは灯台や船ですらちょこんと小さくしか見えませんから。
むむ。ルドルフさん、怪しいです。
『こんにちは、フルーさん。昨日の雨ヤバくなかったですか?
こっちは海が大荒れでヤバかったです。雨季ってやつ、毎年だるいですよね。濡れて風邪とか引いてないですか。フルーさんが元気だといいんですけど。
てか、フルーさんは俺見えてないってマジですか? もしかして俺は望遠鏡で見てるせいかもです。灯台で暇潰し中にフルーさん見つけたんですよね。あ、見えてるって言っても、庭にいる人影がぼんやり見えるくらいなので気にしないでください。
ちなみに、俺はストーカーではないです。ルドルフ』
ストーカーではない人は、自分はストーカーではないとわざわざ言い出しません。
ルドルフさんは、結構怪しい方だと思います。
『こんにちは、フルーさん。上司が桃くれて、食べきれないのでもらってくれませんか? うまいですよ。みなさんでどうぞ。
桃、すげえ甘い夏って感じの味で、俺は好きです。他にもスイカとかメロンっていう果物もあるんですけど、フルーさんは食べたことあります? これもうまいですよ。
ここの港町って商港でもあるので、色んな地方のものがあるんです。いつか遊びにきてみてください。
俺、案内します。ルドルフ』
巧妙な誘い文句です。きっと美味しい桃で私を信用させ、釣ろうとしているに違いないのです。そんなことでは釣られませーん。
ルドルフさん、とっても怪しいです。
『こんにちは、フルーさん。雨季明けの太陽が殺意マシマシでヤバいですけど、お元気ですか。
毎日、夏来たなって感じの天気ですよね。夜寝れてますか? こっちはわりと遠慮がちにいって寝苦しいです。同僚と相部屋なんですけど、その同僚が寝言うるさくて。あ、これ夏関係なかったですね。
砂浜で綺麗な貝殻を見つけたので、封筒に入れときます。見てると涼しくなると思います。気に入ってもらえると嬉しいです。
ちゃんと洗ったんでピカピカですよ! ルドルフ』
今回は貝殻を贈ってくれました。きらりと虹色の光沢がある白い貝殻。私は何一つお返しをできてないのに、また贈り物をくれるだなんて。
ルドルフさんは完璧に怪しい方なのです。
季節は、文通を始めた初夏をとっくに過ぎ、短い雨季を超え、太陽がさんさんと照りつける仲夏を迎えました。
いつの間にやら、読書タイムはひまわりの押し花の栞とともに、お庭のテラスで。午後のおやつに食べるのは桃のスイーツ。テーブルには綺麗な貝殻を閉じ込めたシーボトルが飾られています。
ルドルフさんがお手紙をくれる度に、私のお部屋にルドルフさんを思い出させるものが増えていくのでした。
海と空の真っ青キャンバスに雄大に描かれている入道雲。吹き抜ける風が気持ちいいテラス。ふんわり香るお紅茶。本日のお菓子は私がデコレーションした桃のタルト。
シルーがお洗濯物干しを手伝ってくれたので、久々に優雅なアフタヌーンティーを楽しむ時間が生まれました。カップを口につけると、シルーが私を見てにっこり。
「お姉様、最近楽しそうですわ」
「え。本当ですか?」
「本当ですのよ」
そうでしょうか。自分のほっぺたを押さえて確認しますが、よくわかりませんでした。
シルーは、桃タルトをフォークで切り分け、美味しそうに一口ぱくり。
「ねえ、お姉様。何か良いことがありましたの?」
「シルーが可愛いです。今日は良い日です」
「わたくしはいつも可愛いでしょう?」
「そうでした。毎日良い日です」
しかも桃タルトも美味しいですから、とてつもなく良い日です。口に広がる幸せの甘々糖度で、ほっぺたが落ちそうです。
けれど、シルーは不満げにグサグサとタルトを突き崩していました。
「良い日ではないでしょう。今日のおやつだってまた桃。さすがに飽きましたわ」
「私は飽きてないですよ。桃、美味しいですから」
「町で流行っているというわけでもないでしょうに、どうして桃なのかしら」
「……さ、さあ」
すーっと視線を逸らします。
これは眉唾情報ですけど、シルーの外出中に、どこかの文通相手が箱いっぱいの桃を送ってくれたらしいですよ。
「わたくしはマンゴーのほうが好みですわ」
「あら、そうですか」
「そうですわ、この前ね、サーカスを観覧したときに素敵なカフェを見つけましたの。今、色々なマンゴーのスイーツを提供していらっしゃるようだから、お姉様一緒に行きましょ?」
シルーがぱちんと手を合わせて、きらきら目を輝かせます。マンゴーのスイーツ、響きが美味しそうです。
さらにシルーのオススメは続きました。
「素敵な砂浜沿いのお店ですの。海軍の方々も召し上がりにいらっしゃったりしていると聞きましたわ」
「海軍の方々、ですか?」
「そこそこな頻度で出没なさるとお噂ですわ。身長の高い美男で、軍の中でもエリートだとか」
「そうですか」
そういえば、ルドルフさんはどのような方なのでしょう。船の周りを徘徊していたり、銃が上手だったり、灯台で暇潰ししたり。ううん、完全に不審者です。
悩み、考え、推論し、出した答えは、海賊でした。どう考えても、ルドルフさんは怪しい方なのです。
「あ、お姉様また楽しそうですわ。何を考えていますの?」
「ふふっ、秘密です」
「ひどーい。教えてちょうだい」
「いつか、そのうちお話しますよ」
シルーにウインクを飛ばすと、ふっと呆れ笑った表情が返ってきました。
「まぁ、お姉様が楽しそうで何よりですわよ」
私の妹がとびきりお可愛らしいものですから、私もニコニコしてしまいます。
私は最後の一口のタルトを飲み込んで、シルーに笑いかけました。
「シルー、先程のお話ですけれど、誘ってくれてありがとうございますね。私もマンゴーのスイーツ食べに行きたいです」
港町はあの海賊ルドルフさんが過ごしている地ですから、シルーの成長によろしくない危険な場所があるかもしれません。調査しに行かねば。