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15 番外編 とある噂

 うちの食堂は、スープや野菜、飲み物は各自で取るけど、メインディッシュは注文制。メニューから選んでコックさんに伝えると、その料理が出てくるスタイルだ。

 なので、俺とシアンは、誰がどのメインを注文するかゲームをよくやる。

 

「今並んだ三人にしよ」

「わかった」

「俺は、でかいのが鶏ムネ、イケメンは厚切りステーキ、最後の細いのが魚のフライだと思う」

「でかいのとイケメンは同じ。細いのはフライじゃなくて煮付けと予想」


 コソコソと言い合い、三人の行く末を見守る。けど多分、ひょろっこいのはフライを頼むと思うから俺の勝ち。


 だって、でかい人は、一目見て筋肉質だとわかる体型だった。到底短期間では出来上がらないもので、日々気を使っているのだと思った。それで、メインメニューの中で一番筋肉増強に効果的なのが鶏ムネだから。

 イケメンは、食堂に入ってすぐに『分厚い肉が食いたい』と答えを言ってくれたから。

 ひょろい人は、すでにテーブルで食べ始めている人たちの様子を眺めていたとき、魚のフライを見たときにだけまぶたがぴくりと上がったのだ。その直後、コックさんのほうを向いたときの目が、魚のフライにすると物語っていたから。


 案の定、でかい人とイケメンは予想通りの注文をした。さてさて、お待ちかねのひょろは?

 ひょろがコックさんに伝えるときの唇を読む。


 あの、さかなの、ふら、


「魚の煮付けうっま! 味付け最高!」

「え、何。もしや、お前」

「本当に美味しい! コックさん、今日も美味しいです! ありがとうございまっ、むぐ」

「黙れ、今すぐ黙れ」


 真横でシアンが叫びだしたので、パンを突っ込んで口を塞いでやった。こいつ、ひょろに煮付けを選ばせようとしてやがる。

 ひょろ、お前はフライが食べたいんだろ、そうだろ? 俺はハラハラとした気持ちで、再度ひょろの注文を確認した。


 あ、やっぱり、さかなの、につけ、ください。


 ……嘘だろ、ひょろ。あーあ、せっかくフライだったのに、シアンのせいで注文を変えられた。

 ぎろりとシアンを睨むと、シアンは口笛をヒュウ〜。くそ、負けた。ずる賢いとこは、シアンの長所で短所すぎると思う。




 気を取り直して食事を再開させる。ちなみに、今日の俺の晩飯はチキンの香草焼き。もちろん美味い。

 ナイフで肉を切っていると、こちらに近付く気配がした。しなやかな体重移動に迷いのない歩み。日常生活の中で意図せず足音を立てないように歩く人は、軍内でも少ない。

 声をかけられる前に、俺からかけちゃお。


「こんばんは、先輩たち」

「わ。なんで気付いたんだよ。足音させなかったのに」

「まあ、なんとなく。先輩たちも一緒に食べましょ」


 やっぱり先輩たちだった。みんなで夕食タイム。

 雑談をしていたら、一人の先輩が俺の顔を見て「あ」と声を上げた。


「そういや、今朝の新聞で見たぞ、お前のお父さん」

「え。うちの魚屋で何かありました?」

「そっちじゃなくて、大臣のほう」

「あー、未来のお義父さんのほうですか。なんかあったんですか?」


 一瞬、うちの実家の魚屋で変な事件でも起きたのかと思った。よく猫に魚食われる事件は起きてるけど。

 先輩はニタァと人相の悪い笑顔で、俺に笑いかけてきた。うわ、ちょっと離れてください。そんな先輩が俺に言ったことは。


「冬の舞踏会で、大臣の娘さんが過去一モテてたんだってよ」


 えっ。俺の手からフォークが落ちた。

 いや、いやいやいやいや、いやさ〜。フルーさんはそりゃモテると思うけどさ〜。大人可愛いところがあるし、ふわふわした髪は触り心地いいし、ゆっくりな喋り方もふんわりした笑顔もたまらないけどさ〜。ご両親公認の交際相手がいるんだよね〜。

 俺はナイフでチキンを切り刻んだ。


「……俺、舞踏会に殴り込みに行くしかないですかね」

「やめなさい。とりあえずその目はやめなさい」

「物騒なこと言うなよ、飯がまずくなる」

「俺、さすがに後輩を捕まえるのは嫌だぞ」


 一斉に止められた。あはは、冗談ですって、多分。


「落ち着けよ、ルドルフ。俺もそれ読みましたけど、モテてたのはご令妹のシルー様ですよね、先輩」

「そうそう、妹さんのほう」

「うわ、みんなで俺のことからかったんですか? ひど」


 俺が先輩たちにドン引きしたら、なぜかめちゃくちゃ爆笑された。先輩たち、マジで性格悪い。人をおもちゃにするの、よくない。

 もう俺は不貞腐れました。今日はお喋りしてあげません。反省してくださーい。



 先輩たちを無視してチキンを食べていたら、話題はフルーさんの妹さんに。


「シルー様って、前にこっちいたときヤバかったよな。シルー様と同じ髪型にする女の子急増してたもんな」

「シルー様、本当にお綺麗ですからね。服装もシンプルだったから、よく真似されていましたね」

「一時期なんか言葉流行らなかった?」

「お可愛らしいってやつな」

「そうそれ!」


 シルーさん、一回しか喋ったことないけど、流行を生み出せる力を持っているらしい。なにそれすごくね。フルーさんの妹さんだし、俺も仲良くなってみたい。

 話を聞きながらチキンもサラダも食べ終えて、飲み物も飲んで。


「そういや流行りで思い出したけど、なんか王都では恋愛結婚が流行ってるんだって。しかも軍人相手だと幸運が舞い込むとかいうやつ」

「ごほっ、こほ」


 むせた。な、なんか既視感ある話ですねー、それ。


「俺も聞いたことある。てか、王都の陸軍行った同期がブームに乗って良いとこのお嬢さんと結婚するって聞いたわ」

「あっ、去年の王都の陸軍志望者が爆増してたのってそれのせい?」

「ずるくね。こっちでも流行んないかな、その噂」

「まぁ、ここにも一人そういうやつがいますけど」


 えー、誰のことなんでしょうねー、あはは。俺は、独り身の可哀想な同僚や先輩たちからの冷たい目線も全部スルーして、食堂をあとにした。

 ごちそうさまでした。あー、美味かった!




 寮に帰り、今日届いたフルーさんのお手紙を開く。今回はお花の絵柄が描かれている可愛い可愛い封筒だった。


『親愛なるルドルフさんへ。

 きっとこのお手紙が届く頃には、春光天地に満ちる春陽の季節となっていることでしょう。お花の馥郁ふくいくたる香りが漂う春暖の候、ルドルフさんにおかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。』


 フルーさんは、毎度こういう季節の挨拶を書く。俺の知らない単語を出してくるので、俺は本部の図書館でせっせと勉強することになる。

 けど、フルーさんも素敵な言葉を知るために、せっせと本を読んでいると聞いた。二人でせっせとお勉強。


『先日、家族で冬の王宮舞踏会に参列いたしましたが、何と言いますか、とても大変でした。

 王都に帰ってきて以来、シルーがそれとなく私とルドルフさんのことを英雄譚のように広めてしまっていますから……。軍人との恋に関する例の噂を耳にする度に、無性にドキドキしてしまうのです。』


 え、あの噂の出処ってシルーさんってことですか? シルーさん、流行作るレベルっていっても、影響力ありすぎじゃないですか?


『あと、朗報もあるのです。久しぶりにお会いしたお友だちが、この夏にご結婚するとこっそり教えてくれました。聞いてください、彼女はですね、なんと、幼馴染みの方との恋愛結婚のようです!

 ここ近年で急激にそういうことが許されている風潮、ありませんか? 噂が広まって、そのあと恋愛婚が流行り始めましたから、恋を自由にできる時代というものが訪れているのかもしれません。

 私たちがあれほど悩んでいたのが嘘のようですよね。なにはともあれ、おめでたいことです。』


 つまり、恋愛婚が流行したのはあの噂が原因で、あの噂の原因はシルーさんで。ということは、大本は俺たちの……。

 いやいや、まさかね。


『では、今回はこのくらいにしておきます。ルドルフさん、お身体にお気を付けて。フルー』


 はあ、もう終わりか、と思ったら。



『追伸。お友だちのことを書いていたら羨ましくなって、ルドルフさんに会いたくなってきてしまいました。近々、そちらに会いに行きますね。

 追追伸。両親にお伝えしましたら、お父様がルドルフさんにいつ向かうのか連絡しておきなさいとおっしゃいましたので、以下に記しておきます。』


「…………えっ」


 思わず、声が出た。何度読み返しても、フルーさんが訪れるという日が、今日だったから。

 待て待て待て。王都発でこの港町着の列車に、予定通りにフルーさんが昼すぎに乗ったとすると。

 記憶の中の時刻表をチクタク計算した結果は。


「ええっ、やばい!」


 あと一時間もしないうちに、フルーさんがやってくる!


 えっ、えっ、どうしよ。髪型整えないと。カッコいい服、洒落た組み合わせは、えーと……。靴、最後に磨いたのいつだっけ。フルーさん、晩ご飯食べたかな、今夜泊まるとこあるかな。あ、丘の上の家があるか。

 っていうか、やば、緊張してきた!


 フルーさんと会うのは何回やっても慣れない。いつもめいいっぱいオシャレして来てくれてるフルーさんが可愛すぎるから。

 もうすぐ会えるとか、嘘だと言って。俺、心の準備全然まだですよ!




 誰が何を注文するかみたいな、大抵のことはなんとなくわかるけど、フルーさんだけはマジでわからない。


 ある日忽然と丘の上にやってきて以来、今どき馬に乗ってる人がいると思ったら落馬しかけてたり、本部に突撃訪問してきたり、見かけによらずパーティーを抜け出してきたり、俺はびっくりさせられてばっかりだ。

 ご両親の前で告白されたときは不意打ちすぎてめちゃくちゃ惚れ直しちゃったし、今回会いに来てくれるのも予想してなかった。

 俺、フルーさんのそういうとこ好き。一緒にいて飽きなさすぎる。


 たまには俺もフルーさんをびっくりさせたいな。

 どうやって驚かせよう。笑ってほしいから良いサプライズにしたい。ご両親にも良い知らせだと思ってもらいたい。みんなが喜んでくれる出来事で、俺にもできることは……。

 

 よし、決めた。俺が幹部まで昇級したら、フルーさんにプロポーズしよう。

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