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14 番外編 休日

 雨の匂いがするから傘を持って出掛けたら、案の定降った。

 曲がり角の向こうから馬車が猛スピードで走ってくる音がしたので距離を取って、泥水を被るのをまぬがれた。

 ウェイトレスの皿を持つ指がぴくぴくして不安定だったのを見ていたので、ウェイトレスが転んでも体を受け止めてあげられた。


 俺は、感覚が人よりちょっと鋭いらしい。聴覚とか嗅覚とか、第六感的なやつが。




 というわけで、今日は休みの日なのに、しかも雨模様なのに、せっかく馬車を避けたのに、カフェでコーヒーをぶっかけられてしまってボロボロなのに、変なやつを見つけてしまった。


「あのー、変なの手に入れちゃいましたー」


 びしょびしょの可哀想な姿で本部に向かったら、わらわらと人が集まってきた。


「ルドルフよ、変なものはすぐに交番に届けなさい」

「ったく、お前何かあったらすーぐ本部来るの、入隊前と変わんないな」

「てか着替えろよ。なにこれ、泥?」


 本部の中にある鍛錬所前の休憩スポットは、若い隊員の格好のたまり場。いやいや、先輩、俺はコーヒーのシミに注目されたいんじゃなくてですね。

 困っていたら、同僚がたまたま通りがかった。助け舟、求む。


「シアン、お前も興味あるだろ、これ」

「え? ルドルフ、どうした、今日休みだろ?」

「そうなんだけどさ、これ見て」


 信頼できる同僚を捕まえ、これまた信頼できる先輩たちに見せびらかすのは、小さな紙に包まれた、白い粉。


「じゃーん。この前海外から持ち込まれたかもって話題になってた違法薬物。買ってきちゃいました」

「「「はぁ!?」」」


 速攻で通報された。わーっ、待って待って、みんなひどい!




 この国で軍といえば、数百年前までは戦争をするための組織だったが、平和すぎる今となっては国防を中心に活動している。

 例えば、海域を侵略してくるヤバいやつをぶっ倒すとか、ヤバい兵器やヤバい薬物の密輸を防ぐとか、ヤバい諜報員を摘発するとか。

 ヤバいやつらをこらめしてる、っていう感じ。


 国内でも有数の貿易港であるこの町は、頻繁にヤバいものが持ち込まれる。そういうのを監視するためにも軍基地が併設され、警察と軍が協調体制で港や町を守っている。

 警察だと手に負えないレベルの事件を、軍が解決する。ときには武力も使って。


 その軍の中でも、俺の属するチームはなかなかに変わってて。


「だーかーらー、ウニ横丁の広場で売人がいたから売ってもらっただけですって。合言葉もたまたまわかっちゃっただけで」

「ルドルフさん、どうして売人だとわかったんですか? 怪しいですねぇ、あなたも仲間なんじゃないですか?」

「いや、だから」


 俺は誰かさんの通報のせいで麻薬取締部に取り調べをされることになっていた。証拠取るためにわざわざ自腹で買ったのに、なんでこんなことに。

 押し問答も面倒なので、俺は渋々答えた。


「結構前なんですけど、この部の資料が風に飛ばされたじゃないですか。あの資料の中で見かけた顔だったんで」

「風? いつの話ですか?」

「確か冬。資料は過去十年間の薬物事犯検挙者リストでしたね」

「今は初秋ですけど、まさか去年の話ですか? それに過去十年って、膨大な量ですよ? それをたまたま見たなんて」

「俺、動体視力良いんですよね」

「いやいや、意味わかんないですから」


 麻薬取締部の人が信じてくれない。あー、早く帰りたいのに。コーヒーのシミが確実シャツに住み着いちゃう。

 俺が絶望して机にぺたりと倒れんだ、そのとき。


「ルドルフ!」


 取調室に乱入してきたのは、俺の知り合いっていうか、


「か、海将!? なぜここに」

「悪い。こいつ、特殊部隊の人間なんだ」


 俺の上司だった。どうも、こんにちは、ボス。ここから出してもらえませんか。


 

 まだガキだった頃、俺が縄張りにしてた空き倉庫に変なやつがやってきた。そいつは女の子を何人か置いて帰った。児童虐待するクズだったのだ。尾行してボコし、そいつを本部に連れて行ったら、誘拐犯だった。

 そういう感じのことが何回かあった末、入隊できる年齢になったと同時に、今は元帥って地位まで上り詰めてる人から『入隊してみないか』と誘われて今に至る。


 その中でも俺は、シアンみたいにとびきり賢いやつや、めっぽう強い先輩たちがいる部隊に入れられた。変なやつらが集まる特殊部隊ってやつ。

 いつも一番手がかかるだるい仕事を回される部隊だから、おそらく雑用処理的な感じなんだと思う。よく知らないけど。



 

 上司のおかげで取調室から出られた。海将の威光はでかい。

 けどこの人、ちょっと俺の扱い雑なんだよな。雨の中の捜査に駆り出されて、そう思う。俺、なんで仕事してるんだろ、休日なのに。あとで給料請求しよう。


「ルドルフ。売人はいるか?」

「や、ちょっと前に帰ったっぽい。コーヒーのにおいが残ってる」

「コーヒーって、お前がぶっかけられたやつ?」

「そう。俺がぶっかけられたやつ」


 シアンと何人かの麻薬取締部を連れて、ウニ横丁広場で鼻をすんすん。売人に移っちゃってたコーヒーのにおいを辿る。

 神経を研ぎ澄まさせて周囲を見渡す。売人は四十代前半、猫背で小柄の男、へたれたブーツを履いていた。石畳なので足跡は残っていないが……前に重心をかけた歩き方で、底がすり減って重たそうな足音がするはず。

 雨音の隙間をかいくぐり、俺の耳が駆け足気味の足音を拾った。同じ方向に、においも残ってる。


「こっち」

「わかった、行こう」

「あのさ、自分で言っててアレだけど、そんなすんなり信じて大丈夫?」

「ああ。お前の五感、外したことがないからな」


 シアンが謎のドヤ顔になった。なんかムカつく顔だな。

 本当はシアンは、現場を駆け回るよりも、数多の情報から推測して結論を導き出すのが得意な安楽椅子探偵タイプなんだけど、俺がバカだから逆に賢いシアンと組まされてる。凸凹コンビ的な。


「ルドルフ、分かれ道だぞ。ほら嗅げ」

「んー、こっちかな」

「俺、お前は警察犬になるほうが向いてるんじゃないかと思うときがある」

「わんわん、お前一回黙れわん」


 次俺のこと犬呼ばわりしたら、しばき倒すわん。

 てか、せめてもっとカッコいいやつにしろよ。狼とか。いや、狼はカッコよすぎるか。


 そうして俺たちは商店街を超え、裏道を抜け、住宅街を通り、一軒の三階建てマンションに到達した。住人の名前は偽装されていたが、においでバレバレ。すぐに部屋を特定できた。

 中からかすかに聴こえる息遣いは三、いや四人。緊張からか少々乱れている。あちらもこちらの気配に気付いていそうだった。これならタイミングを読んで攻撃を避けるのも簡単そうだ。


 俺は銃を構えて、麻薬取締部の捜査員と目で合図を送り合った。じゃあ、入りまーす。


「こんにちはー、お兄さん。また買いに来ちゃいました。友だちもいっぱい連れてきたんでよろしく!」




 難なく捕獲した売人たちは麻薬取締部に任せ、シアンは報告書を提出するため本部に戻った。そして俺は本来の休日に。


 今回は、バックには大物がついてるんだろうけど、売人たち自体は小物すぎてあっさり終わったな。コーヒーのシミ、今からでも取れるかな。雨でびしょ濡れ、早く風呂入りたい。

 なんて考えながら寮に戻ったら、管理人さんから何やら荷物を渡された。


「ルドルフさん、王都からお届け物ですよ」

「やった! ありがとうございまーす」


 荷物は鍵のかかった頑丈な木箱。その中には木箱、さらにその中にも。ちなみにこれ、フルーさんからの手紙だったりする。

『列車の貨物室で、どのような扱いをされてしまうのかわかりませんから、念には念を』とガチガチに武装梱包して送ってきてくれるのだ。

 こういう用心深くて心配性なとこ、相変わらずフルーさんらしい。


 フルーさんとの文通の約束は、いたってシンプルな二つ。相手からの返事が来なくても一ヶ月に一度は手紙を送ること。三ヶ月途絶えたら、交際は自然消滅ということに。以上だ。

 俺は三日に一回は日記代わりに書いてるし、フルーさんからも一週間置きに手紙が届く。内容は、肉食べたとか、よく寝たとか、散歩したとか、そういうの。

 他人だとどうでもいい内容でも、フルーさんが書くと可愛くて癒やされるからほんとに不思議。好きパワー、恐るべし。


 今回はなんて書いてあるかな。楽しみ楽しみ。

 フルーさんの手紙が届いたから、雨やコーヒーやその他諸々の憂鬱が晴れて、今日は最高にハッピー気分な日になった。封筒を見るだけで思わずにやけまくってしまう。フルーさんパワー、恐るべし。



 俺は、感覚が人よりちょっと鋭いらしい。日常でも任務でもそれを実感させられることが多々あるくらいに。

 フルーさんを好きになったのも、きっとこのおかげ。遠目なのに喋ったこともないのに、俺の直感がフルーさんに恋しちゃったんだから。

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