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 文通のお手紙とは別で、ルドルフさんにお暇な時間を尋ねるお手紙を出し、何度かやり取りした末、両親とルドルフさんを合わせる日程を決めました。

 天候は秋風混じる涼やかな快晴。夏の面影を感じる日光が差し込み、秋の訪れを示すひつじ雲が浮かんでいる日でした。




 私はルドルフさんを玄関先で迎えるときから、すでにゆっくり息をする余裕さえないほど緊張していました。朝から心臓がせわしないくらい。


「フルーさん、緊張しすぎじゃないですか?」

「お母様が大変反対なさっていますから」

「今日天気いいんで、多分大丈夫ですよ」


 謎理論で言いくるめられてしまいました。

 ルドルフさんはどうしてこうも堂々とできるのでしょうか。精神があまりにも強靭です。けれど私、ルドルフさんの楽観的なところに助けられてきましたから、こういうところも含めて好きなのです。


 両親が待つ応接間へ行き、はじめましてのご挨拶。ルドルフさんは、セミフォーマルの落ち着いたジャケットを着こなし、それはそれは爽やかな笑顔を浮かべていました。

 大丈夫でしょうか。私は不安を拭えないまま、両親にルドルフさんを紹介しました。 


「ええと、お父様、お母様。こちらがルドルフさんです」

「はじめまして。こんにちは、フルーさんのお父さん、お母さん。ぼくはルドルフと言います。本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」


 さらりとよどみない挨拶に、角度も完璧なお辞儀。まるで練習してきたかのようです。


 そういえば、ルドルフさんは歌劇のときも、同僚の方に助言をもらって、私をスマートにエスコートしてくれようとしました。

 ルドルフさんの自信満々さは、実は影で努力した証なのかもしれません。表には見せない頑張り屋さん、格好良いです。



 両親と向き合う形でソファーに腰掛け、お茶を用意してもらって、軽い雑談をして。

 ついにお母様がしびれを切らして、ルドルフさんに質問なさってしまいました。


「ルドルフさんのジャケット、素敵なお召し物ね。職業は何をなさっているの?」

「海軍に所属しております」

「そうですのね。そこでどのようなお仕事を?」

「お母様」


 そういうお話はしないという取り決めをしましたのに。私がむっと唇を歪めると、お母様がしらーっと目をお逸らしになりました。もうっ、もうっ。

 これでルドルフさんが悪く言われてしまったらどうしましょう。町守っている勇者様ですのに。ルドルフさんはにっこり笑って返しました。


「普段はこの地域の治安維持に務めています」

「そうですのね。具体的には何をなさっていますの? 危険な任務などはございます?」

「お母様」

「これは自己紹介の範囲でしょう」


 もうっ、もうっ。ああ言えばこうおっしゃるのですから。

 ルドルフさんは言うのを迷ているのか、うーんと唸っていましたが、やがて意を決したように口を開きました。


「あの、特殊部隊ってご存知ですか?」

「えっ、元帥直属の……?」

「そうですそうです。他のとこがやらない仕事を色々やってる雑用部隊なので、下っ端の下っ端なんですけど、ぼくは一応、そこに所属してます」

「まあ……」


 すると、お母様が口元を手で覆った状態で固まってしまわれました。ルドルフさんも「変なこと言っちゃった」という風に焦っています。

 特殊部隊。初めて聞きました。元帥というのは、海軍の最上位の方だと記憶しています。私は海軍に明るくないのですが、何か問題でもあったのでしょうか。


「…………」

「…………」


 お母様もルドルフさんもちっとも喋らなくなってしまいました。お父様も声をお掛けになる素振りはございません。もうっ、もうっ!

 いくら私たちの仲に反対だとはいえ、空気を悪くするばかりか、ルドルフさんを侮辱するような行為はいけません。お母様、今回ばかりはフルーも怒りましたよ。

 私は拳を握って立ち上がりました。


「お母様! 地位や身分で判断なさらないでください。ルドルフさんは、ルドルフさんは、良い方ですから!」


 例えば、お手紙をこまめに返してくれたり、贈り物をしてくれたり、さり気なく気遣ってくれたり。そういう風な、些細なれど人間的に良い部分がたくさんあります。

 ルドルフさんは遠くから私のことを見ていたらしいですけれど、私だってお手紙を通してルドルフさんのことを見てきたつもりです。私のこの気持ちは一朝一夕でできたわけではないのですよ。


「ルドルフさんは、とっても、良い方で、とっても、とっても……!」


 と、とても良い方すぎて、言い表す言葉が出てきません!

 格好良くて優しくて素敵で、けど笑うとちょっぴり幼くなって、危機を前にしても余裕綽々で、とんでもないこと言い出して私を笑わせてくれる。これを一言で表すなんて……!

 私が口をぱくぱくさせていますと、固まっていらっしゃったお母様がふふっと吹き出しなさってしまいました。


「わかったわ。フルーは本当に本当にルドルフさんがいいのね?」

「そうです、そうですよ」


 どのような大富豪でも、どのようなエリートでも、どのような軍人の方でもなくて、私はあの夏の昼下がりに出会った文通相手が、


「私はルドルフさんと生きていきたいのです!」


 私は両親を交互に見つめて、そう力強く宣言しました。

 これでもダメなら家を出ましょうか。私はお洗濯物を干したりお掃除をしたり料理のお手伝いができますから、探せば仕事もあるはずです。

 家族と絶縁するのは悲しいですが、ルドルフさん以外の人と生きていくのはもっと悲しい気がするのです。


 お母様はしばらく黙っていましたが、やがてお紅茶を一口飲んだあと、微笑みなさいました。


「そう。あなたの覚悟は伝わったわ。お好きになさい。わたくしからはもうこれ以上申しませんわ」

「ありがとうございます、お母様!」


 これには自分で自分にぱちぱち拍手です。拍手喝采なのです。

 私がニコニコでソファーに座ってルドルフさんを見ると、ルドルんは両手でお顔を覆っていました。感動の涙でしょうか。やりましたよ、ルドルフさん。


「うまくいきましたね、ルドルフさん!」

 

 元気よく話しかけると、「フルーさん、マジやばいです……」と力のない声が返ってきました。手でお顔は見えませんが、耳は真っ赤なのが見えています。

 ああ、忘れていました。ルドルフさんは格好良いだけではなくて、お可愛らしい方なのでした。ルドルフさんこそ、まじやばいなのです。





 さてさて、一件落着、かと思いきや。

 お父様が重たい腰を上げてお座り直しになりました。


「ルドルフくん」

「はい」


 ルドルフさんの背筋がピンと伸びて、場が張り詰めた空気になりました。お父様の低く温かな声色は、ときに不思議と威圧感を放つのです。


「君たちは十代後半。恋が一番楽しい時期だね。けれど、その気持ちがいつか落ち着くときもくるだろう。自分でできることが増え、やりたいことが見つかり、日々仕事にも追われる。そういうときが、きっとあると思うんだ。そのとき、フルーに飽きてしまわないかな?」

「ないです、絶対」


 即答でした。ルドルフさん、即答でした。場違いですが、嬉しくなってしまいます。

 お父様も少々驚いたようで、こほんと咳払いなさいました。


「熱意は結構、だがそれだけでは信用に値しない。そもそも君たちは出会ってから、たかが一夏しか経っていないだろう」

「短すぎますか?」

「僕はそう思うよ。人生を左右する決断を、今しても後悔はない?」

「ぼくはないですね」

「そうか。君は若いね。僕は君たちに、自分たちについて考える時間があってもいいと思う」


 お父様は私たちのことを、反対でも賛成でもない見方をしていらっしゃるようです。


「君たち自身、互いのことを知らないことばかりだろうし、僕たちもルドルフくんを知らない。現状、手放しで娘を任せようとは思えない。結婚するには早すぎる」


 お父様の意見は一理あります。どうしましょう、これはダメな流れです。私の視線は自ずと下に向いてしまいました。

 けれど、ルドルフさんもお父様もお互いに目を逸らす気配は一切なく。


 痛いほどの沈黙ののち、にこりとお父様が柔和な笑みをなさいました。


「が、交際相手としては認めよう。よろしく、ルドルフくん。末永くね」




 お父様とルドルフさんの握手を最後に、両親とのご対面は無事に終わりました。

 両親が先にご退室なさって、私たちは応接間に残って、並んだソファーに腰掛けたままお互いの顔を見ました。私たちはしばらく見つめ合って、先に笑い始めてしまったのはどちらでしょうか。

 緊張がほどけたからか、安堵からか、ようやくふっと気が緩められました。


「俺、娘はやらんとか言われるかと覚悟してましたよ」

「私もお母様が激怒なさるかと」

「でも良かったですね。俺、ご両親の公認もらっちゃいましたよ!」

「えぇ、良かったです、本当に」


 ふと窓のほうに目をやると、太陽が傾きかかっているところでした。夕方が近付くと、風はいっそう冷えて町は橙に色付き、徐々に秋めいていくのです。

 夏は終わるけれど、私たちの関係は始まったばかり。


「ルドルフさん、お庭をお散歩しませんか。今日は良いお天気ですから」


 きっと夜も晴れていることでしょう。

 私たちのこれからも、ずっと晴れていますように。



 夏は過ぎ、秋となり、冬を迎え、そして、私とシルーは王都に帰ることになりました。ルドルフさんと文通に関するいくつかのお約束をして、遠く離れた王都へ。



 その、さらに数年後の夏。

 カラッと晴れた昼下がりに、私が王都のおうちで猫さんと並んで本を読んでいますと使用人がやってきました。こういうときは決まって郵便なのです。わくわく、ドキドキ。


「お手紙が届きましたか?」

「いえ。フルーお嬢様にご来客でございます」


 あら、誰かがいらっしゃる予定なんてあったでしょうか。

 それより、ルドルフさんからのお手紙ではありませんでしたか。残念です。ルドルフさんからの数日置きに届くお手紙は、私の楽しみの一つですのに。

 肩を落として応接間に向かい、扉を開けてもらいます。


 私が「プロポーズしに来ました!」と笑ってひまわりの花束を差し出すルドルフさんを見るまで、あと――。

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