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10 パーティー

 お手紙が出せないままに時間が過ぎていきます。日中は両親と過ごしているので落ち込む暇もないのですが、夜になってふとお手紙を見るとどうしてもやるせない気持ちになるのです。

 すでに書いたお手紙は内容が古いですから、毎夜毎夜書き直しています。おかげで、没にしたお手紙が増えていくばかり。


 秘密にしているからこうなるのです。両親にも打ち明ければいい話なのです。

 けれど、ルドルフさんとのことを否定されたらと思うと怖くて。




 悶々と悩むある日。突然ですが、パーティーに行くことになりました。

 というのも、両親が港町に着いたときに駅で町長や海軍の方にお出迎えされたそうで、そのときは挨拶のみでしたが、改めて歓迎パーティーが開かされる運びとなったようです。


 何度も欠席することはよくありませんから、今回はきちんとドレスを用意して行くことにします。

 決して、ルドルフさんがいるかも、と思ってノコノコと準備したわけではないのですよ。決して決して、ルドルフさんに会いに行くために出席するわけではないのですよ。



 あれれ、ルドルフさん、いないではないですか!


「あれ、あれあれ」


 私はパーティー会場をきょろきょろしながらあたふたさせられました。ルドルフさんは海軍の方でしょうに、どうしていないのですか。それは聞いていませんよ!

 おろおろしていると、シルーがきょとんと小首をかしげました。


「どうしましたの、お姉様」

「ほ、本日は、海軍の方がいらっしゃるのでは……」

「そうですわ。シアン様のようなエリートの方々がいらっしゃっていますのよ」


 なんと、青天の霹靂! 意図せず衝撃の雷に打たれてしまいました。エリートの方々しかお呼ばれされていないなんて、予想だにしていない出来事です。

 これは困りました。とってもとっても困りましたよ。


 肩を落とす私に、シルーが腕を絡めました。くいっと引っ張り、どこかに案内してくれるようです。


「お姉様、シアン様がいらっしゃいましたわ。ご紹介いたしますわね」

「シアン様ですか」

「士官学校を主席で卒業なさった素敵な方ですの」


 シルーに連れられて、シアン様とこんばんは。シアン様はこんがり焼かれたステーキ肉のような濃い茶色の髪を持っていて、才知溢れる雰囲気のある方でした。

 はじめまして、と挨拶もそこそこに、シルーとシアン様の楽しそうな会話ににこやかに相づちを打つ役をします。二人は親しい兄妹のように話すので、なんだか複雑な気持ちです。シルー、ここに本物のお姉ちゃんがいますよー。


「あらあら。では、シアン様の同室の方は本日いらっしゃっているかもしれないのですか」

「ええ。面白い人間でしょう」

「ふふっ、そうですね。ねえ、お姉様もそう思いませんか」


 お話を振られました、が、聞いていませんでした。


「すみません、何のお話でしょうか」

「あのね、シアン様の同室の方ね、前回のパーティーでは途中でいなくなっていて、今回のパーティーに忍び込もうかなとおっしゃっていたのですって。自由奔放で面白い方ですわよね」

「まあ、そうなのですね」


 私は前回のパーティーに来ていないのでよくわかりませんが、シアン様の同室者は不審者らしいです。しかも、その不審者がパーティーに紛れ込んでいる可能性があるようです。

 シルーや両親に危害が及んではいけないので、私はシルーとシアン様とお別れして、適当に会場内を巡回することにしました。不審者を見つけ次第、通報しましょう。




 今回のパーティーの会場は、海軍の海将の私邸だそうです。

 ラウンジではお父様や町長、ゲストの方々が集い、談笑なさっています。少人数用の個室ではお母様たちがプチサロンをお開きになっています。

 ギャラリー室では絵画や美術品を楽しむおじ様やおば様が鑑賞しており、ホールには演奏隊がいてゲストの方々が踊ったり歌っていたりしています。


 さて、室内で不審者は見かけませんでした。ということは、外でしょうか。お庭に出ると、かすかに波音が聴こえました。ここは海が近いようです。

 月明かりを頼りに歩いていますと、生け垣からガサッと音がしました。不審者、発見です!

 勢いよく振り返ると、


「にゃあ」

「あら、こんばんは」


 猫さんがいました。私はかがんでよく観察しました。

 この猫さんはおうちにいる黒猫さんとは違って灰色で、お腹のあたりが白色の子でした。そして、まるまるとふくよか。


「私、あなたを見たことがありますよ。二度目ましてでしょうか」

「にゃ」


 返事をするように一鳴きし、猫さんがトコトコと歩いていきます。


「ちょっと、どこに行くのですか」


 声をかけると、猫さんは足を止め、ちらりとこちらを向きました。その後、再度歩き、また止まっては、ちらり。ついてきて、と言っているように思えました。


「あっ、待ってください」


 私が走り出すと、しなやかに動く小さな陰も走り出します。猫さんを追って、どこまでも。

 まるで夢を見ているようです。いつの間にか、私は何かのおとぎ話の世界に入り込んでしまったのでしょうか。



 気付けば、お庭から裏口、そして邸宅の外へ。

 お屋敷を出ると、いきなり眼前に大海原が現れました。そこにあったのは、遥か遠く広がる水平線に、天まで届く満月への階段。

 このような絶景が見られるなんて。


「マグロ、餌だぞー。お、サバも来たか。いいぞ、食え食え」

「うみゃみゃ」

「美味いかー。そうかそうか。ん、他にも……え、フルーさん?」


 そこでは、魚の干物を持ったルドルフさんが猫さんたちに囲まれていました。

 冗談でしょう、会いたいと思っていた方までいるなんて。


「これは夢ですね」

「や、現実ですよ」


 ルドルフさんが寄ってきて、「ほら」と私の手を取りました。じんわり温かさが伝わってきます。はにかんで笑って、両手でぎゅっと握ってくれました。

 

「こんばんは、フルーさん」


 まさか。これが現実だなんて、夢のようです。




 どちらとも特に言わず、何となく二人並んで歩き始めました。

 軍港とも商港とも少し離れているこの海沿いは、商業にぴったりな位置なのでしょうか。カフェや海上レストランなど、オシャレな商業施設がいくつか散見されます。

 たまに、ごろんとくつろいでいる猫さんたちも。


「あ。あの猫さんも見たことがありますね」

「あれはサケですね。周りのちびっ子がイクラ一号、二号、三号」

「川魚でもいいのですか」

「ここらでは捕れませんけど、輸入されてくるんで、ありですね」


 わんさかいる猫さんたち。どこで見たのかと思い出を探れば、歌劇のあとに海辺で猫さんたちと戯れた記憶にたどり着きました。

 あれから、幾日経ったでしょうか。会うことはもちろん、文通もなくて。


「ルドルフさんは最近何をしていましたか」

「ちょっと疲れ気味ですねー。仕事が多くて」


 ルドルフさんは『軍の中でも色んなことをする部隊』に属しているらしく『他の部隊がしない雑用ばっか』なお仕事をしているそうです。

 守秘義務なんで、とぼかしながらもお仕事のお話をしてくれるルドルフさんは、私の知らない海軍のルドルフさんを垣間見ているようでドキドキします。


「まぁ、変なやつがいたら、俺らが取り締まるって感じですかねー」

「まるで皆を守っているヒーローのようですね。この港町のこと、お好きなのですか」

「好きっていうか……なんだろ。ここは俺の生まれ育った土地なんで、縄張り、的な」


 ルドルフさんは歩みを止めずにぐるりと回って、海から町のほうまで眺めました。前面に正義感を出している方ではありませんが、芯では強くこの町を想っている方なのだと思います。

 影のヒーローの視線は、最後に私に着地しました。


「フルーさんは何してました?」

「私はパーティーのためにドレスを仕立てていただいたり、それに合わせるアクセサリーを選んだりしましたよ」

「いいですね、パーティー。フルーさんのドレス姿、お姫様みたいで綺麗です」

「でしたら、ルドルフさんは皆を守る勇者様ですね」


 そう笑いかけ、私はハッと自分の手で口を覆いました。

 そうです、私はパーティーに来ていたのです。来た道を見れば、海将の邸宅はもう見えなくなっていました。こ、これはいけません。


「フルーさん、どうしました?」

「あ、あの、私、お父様たちに離席を伝えていなくて……」


 お父様もお母様もシルーも、今頃大騒ぎしているかもしれません。きっと私は、本来ならば帰らなければならないはずです。

 私は胸元で両手を合わせ、ルドルフさんを見上げました。


「ど、どうしましょう」

「急いで戻りましょうか」

「いえ、いえ、そうではなくて」

「え、戻んないんですか? けど、もう暗いんで、俺的には明るいとこ戻るのオススメしときますよ」


 どうしてルドルフさんは良い方なのでしょう! あぁ、ルドルフさんの人の良さが、もどかしくなる日が来るなんて!

 お手紙も出せず届かず、せっかく会えてもすぐにお別れしなければならない。私だって、抗いたいときがあるのです。わかっていても、正しくない選択をしたいときがあるのですよ。


 ルドルフさんに一歩近付いて、夜空色の瞳を見つめます。どうか、お願い。


「わ、私は、あなたと、もっとお話したいです」


 夏の夜。空気はひんやりと冷たく、波音は非難の声に聴こえました。どこかの猫さんたちの鳴き声ですら、私を責めているようです。やはりダメなのでしょうか。

 下に落としかけた手が、不意に暖かくて柔らかい手に包まれました。そのまま私の手を駆け出し、邸宅とは真逆の方向へ。


「ちゃんとパーティーが終わるまでには帰しますね」


 私とルドルフさんの、ちょっぴりワルなデートの始まりです。

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