第一話 必要なのは常識
まず知らない場所で最も大切な物。それは『情報』だ。言葉が通じるのかは勿論、自分の場所、近くに街はあるか、金銭の価値。様々な情報が必要だ。情報自体は概念でしかないが、それは最大の攻撃また防御となり得る。
しかし、この時十六年の人生の中で一番浮かれていた業光太(十六歳高校入学して早々不登校気味)。優越感を感じていたのだ。己惚れていたのだ。
見知らぬ世界に、魔法という概念があるかもしれないこの世界に、そしてチート能力でウハウハハーレムを築くことができる(かもしれない)自分自身に!
しかし、現実は残酷だ。なぜだろう。なぜ―――――。
「出発地点がトイレなんだ」
そんな不潔な場所から、コウタの初めての異世界生活は始まりを迎えた。
時は遡り数十分前―――――。
業光太は死んだ?否、死んではいない。しかし死んだ。そんな曖昧な表現が一番しっくりくるような、そんな空間だった。
そこは白い部屋。ぽつんとそこには椅子が二つ。そして女性が一人その椅子の片方に腰を下ろしている。コウタは空いていたもう一つの椅子に勝手に座る。
靄がかかったかのように思考回路が回らない。そんな状況下で彼女は問いかけてきた。
「あなたには、この部屋は何色に見えますか」
質問の意図が読めなかった。これは誰が見ても、誰が何と言おうとも白以外ありえなかった。それ以外になんと表現すると良いのか、ホワイトか、純白か。シンプルに白と答えた。
「穢れなき人間。純粋な人間。其方の記憶を私に下さいな」
「は?」
要求が意味不明。別に思考回路がどうとかではなかった。ただ何の意味があってコウタの記憶を奪おうとしているのかが分からない。
相手はおそらく神なのだろうと直感した。死んだものを導くようなそんな感じの。ならば尚更だった。神なら今までのコウタの人生を知っているだろう。詰まらない人生。誰も得しない人生。それを欲しがる神が存在するか。いやするはずがない。
「其方の心中は綺麗だ。故に空白。故に何者にでもなれる、染まれる。その記憶を私に下さいな。承諾するのであれば其方の人生を一から与えよう。しかしこれからの人生死ぬたびに其方は選ぶ。生き返る時間軸。失う記憶。さぁ、どうしますか」
人生を一から。それは、元の世界への転生を意味するか。もしくは異世界への転生を意味するのか。疑問は残った。しかし、ここで人生終了を選びたくはない。
そしてコウタは意味の分からない能力?を与えられ、異世界転移を果たしたのだ。
異世界転移先は業務用トイレのような狭苦しい部屋。そこにコウタと少々大きめのカバンが詰められているのだ。
もう見たくはない学校によくある形式のトイレ。学校でのトイレはとても嫌な経験があることを脳裏に浮かべる。
しかし、それでも湧き上がるこの感情は何なのだろうか。何か果たさねばならない宿命がある気がする。と、如何にも中二病の典型的な言葉を発する。
そしてついに、新たな世界の扉を今開けるのだった。
「―――――ッ!」
まず目に刺さったものは、目を窄めるほどに眩い光だった。
段々と目が慣れ、その目に映った異様な光景。コウタ自身が思っていた通りの世界がそこにあった。
異世界王道の中世ヨーロッパ風の家が立ち並び、何の変哲もない人以外にも、猫耳、犬耳を持つ獣人。さらには小さくて筋肉質なドワーフや、全身鱗で覆われたトカゲのリザードマンが存在していた。
「つ、ついに、ついに異世界来たぁ――!」
その吠えるかのような大声に、周りの人々がコウタに注目をした。
それに気付きコウタは、自身の前に人差し指と中指を立て突き出しピースサイン、太陽光で光る純白の歯を見せつけるかのように笑い、言い放った。
「俺はこの世界でその名を轟かすことになる業光太だ!俺とパーティを組んでくれる度胸がある男性!そして道中疲れた時に愛嬌を振りまき癒してくれる女性はいないだろうかっ!」
ザワザワと騒々しかった街中に、静寂が訪れた。
すると、やや遠くで「おいお前」と誰かを呼ぶ甲高い声が聞こえた。そちらを見ると、燃えるかのような赤色の長髪を持つ女性。いや、少女がいた。背丈はコウタより若干低いほどだ。因みに犬耳だ。
子供らしい容姿とは裏腹に、粗暴な言葉遣いは見栄を張っている感じで、出来る大人を再現しようとしている感じで何とも愛おしい。
「おっと、加入者希望かい?まず、ギルドってどこに―――――」
カチャッっという音と共に、腕に冷たい何かを装着させられた。それは黒く光る手錠だった。それは胸熱から一気に絶対零度を感じた瞬間だった。
「へ?」
コウタは間抜けな声と共に、威勢を完全に無くしてしまっていた。今は威勢ではなく困惑が思考を支配していたのだ。
「住民から変質者が居ると通報を受けた」
「ちょ、待ってくれ、いや待ってください。俺何かした?」
「話はギルド内で聞く」
「ちょ―――――ッ」
唐突にコウタの意識が遠退いた。
初めての異世界に興奮しすぎて、度が過ぎていたことを今ここで初めて理解した。そして反省した。
―――――もう静かに生きよ。