プロローグ 虫唾が走るような死
―――――マジで死ぬ。
そう思ったのはこれが初めてだった。
息ができない。血が溢れ朦朧とする意識。そして傷口から湧き出る虫。それを見て、体感して、生きている心地があるはずもなく、というより死んでしまいたかった。
―――――死にたい死にたい死にたい。
そんな言葉を幾度も心の中で綴った。
どうやら、将棋でいうところの『詰み』。チェスでいうところの『チェックメイト』。人生でいうところのそれらしい。
あふれる血と虫。さぞ苦しかろう。死にたいであろう。しかし、血によって染まった目には、しっかりとその存在を知覚していた。
目の端には少女の姿があるのだ。
―――――そうだ、俺には、助けたい人がいる。
その時、女性の声がした。
―――――死にたいか?死にたくないか?
聞いたことがある声。しかし錯乱しているからか、誰の声なのか思いだせないでいる。
誰でも良い。可能性があるのであれば。俺には助けたい人がいる。そう自分に言い聞かせた。
そして自分のなけなしの余力を振り絞って答えた。
―――――死にたく、ない。
もっと冷静なら、このような境地でなければ、もっと思考していたであろう。しかし、守るべきものがあるその人間はそう答えたのだ。
―――――ならば其方の記憶を以て、其方の死を無くそう。
そして、業光太は記憶を失った。