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6-10

 夜明けと共に嘘のように雨は止み、風もおさまってきた。

 まだ雲は空にあったが、流れが速いため、もうしばらくしたら晴れてきそうな雰囲気である。


「ちょっとニット、そんなところでなにをしているの! 早く降りてらっしゃい!」


 寝不足ですっかり疲れ切っているだろうに、シシリーは木上へ向けてあらん限りの声を上げていた。

 ちょうどシュタールベルク家の屋敷と、シシリーの屋敷の中間ほどにある、森の中だった。

 ニットは大木の上方に登って木の幹にしがみついたまま、下りて来ないのだという。

 まず彼を見つけたのはデニスだった。

 大雨の中、森の中をニットを捜して歩いているとき、子供の靴が落ちているのを見つけた。

 これはもしやニットの靴かと周囲をくまなく捜したところ、木の上に彼の姿を見つけた。

 それは大きな木で、大人ふたりが手を繋いでようやく届くほど太さがある幹であった。大きな枝が伸び、ここの木元だったら雨風がしのげるだろう。

 最初、デニスたちはニットが雨の激しさと、強い風が森の木々を揺らす音に怖がって、木上まで上がってしまい、降りられなくなったのだと思い、木登りが得意なデニスが履いていた靴を脱いで彼の元へと上がっていった。

 しかし、捜しに来たのだと、家に帰ろうと言ってもニットは聞き入れず、木から下りようとしなかったのだという。

 嫌がっている子供を、無理やり木から下ろさせるのは難しい。誤って落下してしまう可能性もある。

 そうしてデニスはニットと共にそこに残り、ライムントが応援を呼ぶためにシュタールベルク邸に戻ったのだという。


「ほら、お腹が空いたでしょう? 早く帰って朝ご飯を食べましょう?」


 大きな木の枝に座り、幹を抱えるようにしているニットは、大きく首を横に振った。

 母親が説得しても下りて来ないとは。どうしたらいいものかと周囲の者たちはおろおろとするばかりである。

 こちらに来るときにクッションをいっぱいに持って来て木の下に置いてあるし、シーツの四隅を侍従たちがそれぞれが持って大きく広げていて、もしニットが落ちてきても受け止める準備はできているのだが、それにしても本人が帰る気になって、下りてくるのが一番いい。

 ニットの体も髪もすっかり雨に濡れていて、こちらからでも体が震えているのが見える。早く帰って体を乾かさなければ風邪を引いてしまいそうだ。


「もうっ! なにが不満なの? いい加減にしなさい! 私がどれだけ心配したと思っているの?」


 必死の叫び声に、答える声はない。


「そんな我が儘な子に育てた覚えはないわっ! あなたはシュタールベルク家の跡取りなのよ? そんなことでどうするの!」


 シシリーは呼びかけ続けるが、ニットは頑なになってしまっているのか、シシリーの言葉を拒絶し続ける。親子のことだからふたりに任せて、と思ったが、これでは平行線だ。


「あの……」


 ヴァレリーが恐る恐ると声を掛けると、シシリーはものすごい勢いでこちらを見た。


「なに!? 今、あなたと話している暇なんてないのよ! 見れば分かるでしょう?」


「ええ、そうなんですが。でも、このままでは埒があきません。おふたりとも頑なになっているようですし」


「あの子が頑固なだけよ。私は別に……」


「ちょっと気持ちの行き違いがあったようですので……。しばらく時間を置いた方がいいように思います」


「時間をって! このままあの子を木の上に置いておくわけ? あの子は病弱で、すぐに熱を出して倒れるの。このままにしておくわけにはいかないわ!」


 そしてヴァレリーを押しのけ、再び木上のニットに呼びかけ始めた。


「もうっ! いい加減怒るわよ! いつまでそうしているつもりなの! いいわ、もうあなたなんて家に帰ってこなくても! ずっとそこに居続ければいいわ!」


 そんなことを言ったら、余計に下りて来なくなるのではと思いつつ、ヴァレリーはニットを見つめた。

 絶対にお腹が空いているはずだし、そろそろ疲れで眠くなっているのではと危惧する。

 そうなると危険だ。誤って木から落下してしまう可能性が高い。


「ねぇ、ちょっと策があるんだけれど……」


 そして、同じようにニットを見つめていたカザイルの手を掴んで……その途端にまた肩をびくりと震わせて顔を真っ赤にしたが、しかし今回は振り払われることはなかったのでそのまま手を引き、シシリーと木を取り囲む使用人たちとは少し離れた場所に移動した。


「このままだとどうにもならないと思うの。なんとか手を打たないと……」


「そうだな。ふたりともこうと決めたら譲らないところがある。特にニットは強情で思い込みが激しい。俺も兄上も手を焼いているところがある。下りて来い、と言われても素直には従わないだろう」


「それでね」


 カザイルに自分の案を言うと、カザイルはそれはいい手だなと同意してくれた。

 カザイルの賛成を得たのを心強く思い、ヴァレリーは第八十九分隊の騎士達にそれを提案した。

 そしてヴァレリーの指示に従って、ある者は一旦シュタールベルク邸へ戻り、ある者は森の奥へと入って行き、それぞれに準備を始めた。


「……本当に……もう……どうしてこうも頑固なの……? 一体、誰に似たのかしら?」


 ニットへ呼びかけるシシリーの声がさすがに弱々しくなった頃だった。


「さあ、皆さん! 朝ご飯の準備ができたわよ!」


 ヴァレリーが呼びかけると、その場に居た全員……シシリーもニットも、心配そうに見つめる侍従も侍女も洗濯婦も掃除婦も庭師も、何事かとこちらを向いた。

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