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6-7

「……さあ! なにをしているの? さっさと捜しに行きなさい! ニットは次のシュタールベルク家の当主で、あなたたちの主人になる人なのよ!」


 ああ、駄目だ。

 この尖った空気をどうにかしなければ今後の捜索活動にも支障が出る。一体どうしたらいいか、と迷っていたとき。

 つかつか、とカザイルがシシリーの前に進み出たと思ったら、その頬を思いっきり叩いた。

 パンっと、乾いた音が周囲に響き渡り、その場の空気は凍りついた。

 シシリーは、まさかカザイルに叩かれるなんて思っていなかったらしく、呆然と目を瞠り、叩かれた頬を押さえるようなこともせずにカザイルを見つめている。


「失礼。少し頭を冷やすべきだと思ったので」


 つい感情が昂ぶって、叩いてしまったのではないのだろう。

 そして、怜悧な輝きを灯したカザイルに、シシリーだけではなく、周囲の使用人たち、そしてもちろんヴァレリーも驚いて、なにも言えなくなった。

 こんな表情をする人なのだ、と誰もが思っていることだろう。


「まずは当家の使用人たちに詫びろ、シシリー。あなたの過失でいなくなった子供を、必死に捜してくれてくれた者たちになんという口の利き方だ」


「か、過失……?」


「そうだろう。ニットがその父に似て、向こう見ずで考えなしで無鉄砲な性格であることは知っていたのだろう? 部屋に閉じ込めておくにしても、扉の外と窓の外に見張りでも置いておけばよかったのだ」


 何気なくアベルをディスっているカザイルが心配になってしまう。そこまで言っていいの、と。


「だ、だって……まさかこんな嵐の中を出て行くなんて」


「事実誤認があるな。嵐となったのは昼過ぎになってからだ。ニットが出て行ったときは恐らく雨は降っていなかった。自分でそう言っていただろう? 興奮のあまり、自分の有利なように事実を曲げるのはあなたの悪い癖だ。前々から気になっていた」


「な……っ」


「そして、血の繋がりもなにもない、あなたの子供がどうなろうと知ったことではないヴァレリーが、ここまで捜索に協力してくれており、ニットを確実に発見するためと心を砕いてくれているというのに、その態度はなんだ? あなたがそんなに恩知らずだとは思わなかった」


「なっ、なっ……」


「あなたのような者に、自らの嫡子を生ませた兄上にその真意を尋ねたいところだ。当主の妻としての素養がひとつもないことは明らかであるし、愛人としても、この屋敷に出入りさせるかどうか考えものだ」


 外だけではなく、この屋敷の中にも嵐が吹き荒れている。

 そんな雰囲気に居ても立ってもいられなくなり、ヴァレリーはふたりの間に割って入った。


「……はいはい! さすがにそこまでにしましょう! 忘れないで、シシリー様はご自分のお子さんが行方不明になって、普通の状態ではないのよ!」


「そうであっても、言っていいことと悪いことがある」


 カザイルはどうやら頑固な一面もあるらしく、まるで引く様子がない。

 仕方ないなあ、と思いつつ、カザイルを引かせるための方法を、と考えて……上手くいくかどうか分からないがそれを実行してみることにした。


「カザイル、嬉しいわ! 私のことをそこまで考えてくれていたのね!」


 そう言いつつ、カザイルに思いっきり抱きついたのだ。


「わぁっ! なにをするんだ!」


 まったく失礼なことこの上ないのであるが、カザイルは抱きついてきたヴァレリーを引き剥がそうとした。だが、ヴァレリーはすっぽんのごとくカザイルに抱きつき、離れまいと踏ん張った。

 やがて、無理に引き剥がしてヴァレリーを怪我させてはと思ったのか知らないが、カザイルは大人しくなった。


「ああ……いえ。あなたを非難するようなことを言ったのが赦せなくて……。当家のためにここまでしてくれるとは、と俺には感謝しかなかったので……」


 顔を真っ赤にしつつ、そうしどろもどろに言うので、これは照れているのだと判断することにした。

 シシリーは、カザイルに言われたことが余程ショックだったのかその場に立ち尽くして身じろぎひとつしない。

 が、やがてこの場に居るのが居たたまれなくなったのか、書斎から出て行こうとした。


「あっ、あの、シシリー様」


 ヴァレリーはカザイルから離れてシシリーを追いかけ、こちらをちらりとも見ようとしないシシリーに言う。


「捜索は……残念ながら夜明けまで一旦打ち切りますが、まだうちの部隊の者が帰って来ていません。彼らがニットを見つけて帰ってくる可能性もありますし、もう少し辛抱を……」


「……なによ、あんなぼんくら部隊。あんな者たちにニットが見つけられるわけがないじゃない」


 そう吐き捨てるように言って、パタン、と扉を閉めた。

 ああ、余計なひと言だったな、とため息をついた途端に、書斎にいた二十人ほどの使用人たちの視線がヴァレリーに向かっていることに気付いた。

 これはなんとか宥めないとな、と思って言葉を選ぶ。


「ごめんなさいね。私、家庭教師なんてやっていたせいか……今も騎士団の教官だけれど、頭でっかちのところがって、つい理詰めで話してしまう癖があるの。それが、女性たちの中には気に食わないって人がいて。今も、もっと感情に訴えかけてシシリー様に納得してもらえればよかったんだけれど。言い方が悪かったわね」


 ははは、と力なく笑うと、


「そんなことはありません! 悪いのはシシリー様の方です! ヴァレリー様はなにも悪くありません!」


 なんとマルクがそんなことを言い出し、他の使用人たちもそれに同意するように大きく頷いた。


「そうだよな……。嵐の中を必死に探した俺たちにひと言の労いもなく……」


「息子のことが心配なのは分かるが、あれでは……」


「俺たちなんて使い捨てだとしか思っていないのであろう」


 シシリーを非難する声が次々と上がってしまう。

 しかし、それはヴァレリーにとって本意ではない。


「もう一度言うけれど、シシリー様は普通の状態ではなかったと思うの。今もニットは行方不明で……。だから赦してあげて。それに、今ここでシシリー様の言ったことにあれこれ言うことは、全てではないとしても、そんな一面もあるなんて認めることになるわ」


 そこで一旦言葉を区切って、更に続ける。


「皆さん、行方不明になった子を必死で捜すという素晴らしい行為をしているのですから! 誰がなんと言おうとそれは揺らぐことはありません! 今は一旦休んで、夜明けからまたお願いします。ニットはきっと皆さんの助けを待っています」


 ヴァレリーの言葉に少なからず皆の気持ちは落ち着いたのか、休憩を取るために書斎から出て行った。

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