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「……蒼聖騎士団たちが訓練に出ていて捜索に加わっていただけないというのが、残念です」
まるでヴァレリーの心を見透かしたかのように言ったマルクの言葉がひっかかった。
「蒼聖騎士団は、こういう捜索に加わってくれていたの? 過去にも?」
「いえ、なにしろ当主のお坊ちゃんが行方不明になったのですよ? いくら気位が高い彼らでも捜してくれるでしょう」
「マルクは蒼聖騎士団は気位が高いと思っているの?」
「ええ、そうですね。先に鉄砲水があったとき、近隣の民家が流されて大変なことになったのですが、その救助活動や、片付けなどの作業には決して加わろうとしませんでした。……いえ、なんでもないです。私が差し出がましく言うことではないです」
「まあ……元々貴族のお坊ちゃんたちの集まりだから、なぜ誇り高き騎士の我々が、そんな作業をしなければならないのか、というところなんでしょうね」
「おっしゃる通りです。ですが……いえ、やはりなんでもありません」
今は戦がない時代である。
ならばこちらが困っているときに力を貸してくれてもいいのにという思いも分かる。
だが、彼らは騎士であり、戦うことが彼らの使命である。それ以外のことに力を貸すのは躊躇いがあるのも理解できなくはない。
「ところで、うちの分隊は全員寄宿舎に居るわ。彼らに助けを求めたら……」
「第八十九分隊ですか? それこそ、不可能だと思いますが」
マルクはとても嫌そうな顔をしながら首を横に振った。
「どうして? きっと力を貸してくれると思うけれど……」
そんなことを言っているうちに、玄関の方が慌ただしくなった。もしかして見つかったのかと思って書斎から飛び出して行くと、そこには捜索に出ていた使用人の姿があった。
外套を纏い、フードを被っていたのに頭の先からつま先までずぶ濡れである。そして、捜索に出てからそんなに時間は経っていないはずなのに、すっかり疲れきった顔をしている。
「……外は凄まじい雨と風で、とても捜索どころではありません」
「そうなのね……。さあ、暖炉の前に。体を温めて」
ヴァレリーが言うと使用人の男は頷いて、玄関ホールにある暖炉の前に座った。
「これからも戻ってくる人たちのために、なにか温かい飲み物か軽食を用意して。暖炉は火が弱らないようにどんどん薪をくべて」
近くにいた女性の使用人たちにそう指示すると、彼女たちはすぐに動いてくれた。
そんなことをしているうちに、また玄関の扉が開く音がした。
また捜索人が戻って来たのかと思って見ると、そこにはバルトルトの姿があった。
「……なんの騒ぎですか? なにかあったのですか?」
どうやら彼はニットが行方不明になったことは知らず、別の用事でこちらへと来たようだった。
「バルトルト、あなたこそどうしたの? この嵐の中……」
「いえ、俺はこの雨で堤防が大丈夫かと気になって。そうしたら、この屋敷の使用人らしき人が、この嵐の中、馬でどこかへと向かっている姿を見かけまして」
バルトルトにも暖炉の前で温まるように言いつつ、事情を説明した。すると彼は
「それはいけない。すぐに捜しに出ましょう。うちの部隊の奴らにも声を掛けます」
「ありがとう。でもね、この嵐の中を闇雲に捜しても見つからないと思うの。なにか方法を考えないと。シシリーに話を聞くわ」
「シシリー?」
「ニットの母親よ。子供のことを一番よく知っているのは母親でしょう? そうね、私はシシリーに話を聞くから、その間にハルトムートはみんなを呼びに行ってくれる? それまでに捜索方針を立てるわ」
「なるほど。分かりました」
そしてバルトルトはすぐに寄宿舎に行ってしまった。
ヴァレリーはそれを見送った後、書斎に戻り、マルクにシシリーを呼んできてもらえるように頼んだ。
シシリーは先ほどよりは落ち着きを取り戻しているようだったが、不安そうな表情は消えない。セシルいわく、何度も自分も捜しに出ると言ったのを宥めたとのことだった。
「シシリー、ニットについて知りたいの。例えば、とても好奇心旺盛な子だったら、こちらへ来る途中でどこかで寄り道をしている可能性もあるでしょう? 用心深い子だったら、雨が降り出したら雨宿りするとか。ニットがしそうな行動を教えて」
最初は訝しげな表情をしていたシシリーだったが、ヴァレリーの言葉に納得したのか話し出した。
「ニットは無鉄砲な子で、そして頑固で、こうと決めたら突っ走ってしまうところがあるわ。そうなると周りが見えてくなってしまって……。こんな嵐でも、なんとかなると家に引き返すことなんて考えずに、ずっと進んでしまったのだろうと思うわ」
「そうなのね。では、どこかで雨宿りをしているとしても……雨宿りというか、疲れて歩けなくなったから休んでいるという感じでしょうね」
「ええ、そう思うわ」
「今までに迷子になったことはあるの?」
「ええ、よく……。少し目を離した隙に、飛び出していってしまう子だから。それで階段から落ちて、怪我をしたこともあるわ。でもその怪我の時にも少し治ったと思ったらすぐに外で遊びたがって。懲りない子なの」
そうして寂しそうに苦笑いを浮かべた。
「分かったわ。……あなたは少し寝たほうがいいわ。起きたときにはきっとニットは見つかっているから」
そう言ってもきっと寝られないのだろうなと思ったが、そう声を掛けておいた。
そしてシシリーは再びセシルと一緒に部屋に下がり、ヴァレリーはテーブルの上の広げた羊皮紙の前に立った。
マルクに聞きながら、この屋敷とシシリーの家までの地図を描いていった。歴史の教師という職業柄、地図を描いていくのは割と得意だった。
そうこうしているうちに、第八十九分隊の者たちが屋敷にやって来た。全員、である。誰かひとりくらい、こんな嵐の中を出掛けていくのは億劫だとか言い出しそうだなと思っていたが、ヴァレリーは彼らを見くびっていたようだ。




