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「あの、なにかとんでもない誤解があるようですが。私とアベルとは……」
そんな仲ではありませんよ、と言いかけたが、考えたら新婚夫婦がそんな仲ではないとは奇妙な話である。
普通に考えて、家同士の都合で結婚したにしても、それなりの行為は行われていて普通なのである。ヴァレリーはアベルに指一本触れられるどころか、話した時間も僅かであるのが事実なのだが。
「分かるわよ! アベルはとても優しい人だもの。あなたにもとても優しくしたんでしょう? それで男性には今まで縁がなかったあなたはコロッといってしまった」
「あのですね……。そこにはとんでもない誤解があるようですが」
「とにかく!」
シシリーはテーブルを思いっきり叩いた。
「アベルを愛する女たちには、それなりの規律があるの! それは本妻だろうが、愛人だろうが関係ないわ! 今日はそれを話しに来たのよ!」
ああ、この話は長くなりそうだなと思いながらも、素直に聞くより他にないのだろう。
アベルの愛人たちとは、これから関わっていかないだろうし、アベルが愛人たちとどう接しているのか知るいい機会だと割り切って、ヴァレリーはシシリーの話を聞く決心をした。
「まず、第一に……」
シシリーがそう言いかけたとき、書斎のドアをノックする音が聞こえた。
シシリーを見ると、不本意そうな顔をしたが僅かに頷いたので、これは応対してもいいということだと思って声を上げた。
「はい、どうぞ」
声に応じるように扉が開き、カザイルが書斎に入ってきた。
その途端に、シシリーの表情がさっと変わった気がした。今までの恐ろしい表情から、かわいらしい女性の表情に、である。
「ああ、シシリー。来ていると聞いてね」
「あら、カザイル。ええ、少しお邪魔しておりました」
シシリーは髪を押さえて、ドレスの裾を整えた。
自分の愛人の弟、ではなく、当主の弟への態度だと思った。彼女の父親はシュタールベルク家に雇われているというし、その辺りの事情があるのだろう。
「申し訳ないけれど、ヴァレリーと俺はこれから出かけることになっていたのだ。シシリーとの話は済んだ?」
「まあ、そうでしたの? 失礼いたしました。こちらのお話はもう済みました。ねぇ?」
そう言ったシシリーの目が笑っていなかったので、これは話を合わせろということだなと察して、頷いておいた。
「それは良かった。シシリー、玄関まで送るよ」
そしてカザイルは自然な仕草でシシリーの背中に手をあて、彼女をエスコートしながら書斎から出て行ってしまった。
(……カザイルにあんな扱いをされたことはないわ。それなのに、実はカザイルは私のことが好きなんだって言われてもね……)
大きくため息を吐き出して、出かける準備をしなければとソファから立ち上がった。




