4-11
「イザーク、ちょっとお願いがあるのだけれど?」
声を掛けると、イザークはわずかに頷いた。
彼は無口で、面談の時にもほとんど話してくれなかった。ただ、こちらからあれこれ尋ねると頷いたり首を振ったりしてくれるし、その顔は穏やかであるので、単に自分の意思を言葉にするのが苦手なのだろうなと捉えている。
他の騎士達の話によると、彼が騎士としての戦闘能力が一番高いと聞いた。体力もあるし、剣術も優れているのだという。
その割に、彼が訓練をしているような姿は見ないな、と思っていたら、分隊の詰め所裏手にある森で、黙々と自主練をするのが彼の日課であるらしい。
「私ばかりよい椅子があって申し訳ないわ。みんなが座れるような切り株? とか、倒木とか、平らな岩だとか? 探してきてくれないかしら?」
「ああっ……ヴァレリー様」
イザークに話しかけていることに気付いたのか、デニスが慌てた様子でこちらにやって来た。
「ええっと、なにか用事があるなら俺が。イザークはちょっと……」
ああ、そういえば彼は人の命令に従うのが苦手だと面談で言っていたな、と思い出した。ならば自分のお願いも……と思っていると。
「……いいぞ」
「え?」
「椅子になるものを用意すればいいんだな」
そう言いつつ、イザークの発言になぜか唖然としているデニスを押しのけるようにして行ってしまった。
その背中を見送るデニスのあっけにとられているような様子が気になる。
「どうしたの? デニス?」
「……いえ。まさかイザークが教官の言うことを聞くなんて。命令されるとそれに従わないのがポリシーのはずなのに。それが……変だな」
デニスは首を傾げながら、イザークの後を付いていった。
大丈夫かしら、と気になって、ヴァレリーもふたりの後に続いた。
「椅子になりそうな切り株かあ。そう上手くあるかな」
デニスは周囲を見回しながら言う。確かに、そう上手く見つからないかもしれない。
「ごめんなさい、無理なことを頼んでしまったからしら?」
「……そうだな。探すよりも、作った方が早い気がする」
「作る?」
首を傾げるヴァレリーの言葉に応えず、イザークは自分の背中に負っていたものを引き抜いた。それは剣かと思っていたら、斧だった。
「もしかして、木を倒して切り株の椅子を作るだとか?」
「……そうだな」
そう言いつつもきょろきょろと周囲を窺っている。切り倒しやすい木を探しているのだろうか。
「でも、木を倒すなんて大変じゃない?」
「あっ、イザークだったら朝飯前だよね?」
デニスの言葉にイザークは大きく頷いた。そして、とある木の前まで来ると立ち止まった。幹の太さが一抱え以上もある、かなり大きな木だ。
「離れていろ……」
「ええ……と、木を倒すならこちらの広い場所へ向けてかしらね? だったら、私たちはこちらに居ることにするわ」
デニスに手招きをしてそちらへとよけると、イザークは斧を振るい始めた。
あんなに大きな木を倒すなんて、重労働だ。きっと時間がかかるだろう、と思っていたのだが、イザークは木を倒すことに慣れているのか、それとも彼の豪腕によるものなのか、あっと言う間に幹に切り込みを入れていき、バランスを崩した木がゆらゆらと揺れた。
「わぁーあ」
パリパリっと小気味いい音を立てて、木が倒れ、地面に叩きつけられた。
こんなに簡単に木を倒せるなんて、見ていて気持ちがよいくらいだ。
そしてイザークは休むことなく倒れた木にさらに斧を入れ、ちょうと人が座るのにいい高さになるように丸太を作っていった。
「おい、誰か手伝ってくれ」
イザークがそう呼びかけると、向こうの方からバルトルトとライムントがやって来て、その場にいたデニスも一緒に手分けをして丸太を運んでいった。
(なんだか……第八十九分隊って落ちこぼれってみんな言うけれど、本当にそうなのかしらね。少なくとも、結束力はあると思うのよね)
そんなことを考えつつも、イザークにねぎらいの言葉をかけ、最後に両肩に丸太を抱えた彼と一緒に皆の元に戻っていった。その頃には、鴨肉を焼く準備はすっかり整っていた。
「じゃあ、これから肉を焼くわね」
そしてヴァレリーは自分の荷物の中から鴨肉を取りだした。料理長が下ごしらえをしたとっておきの鴨肉である。
それに塩で固めて、竈に入れて焼く。
まもなくして塩が焼ける匂いが漂ってきた。窯の中の温度は高いので、そう時間がかからずに焼けるはずだ。
ヴァレリーは竈の前に座り込んで肉が焼けるのをじっと待っていて、騎士たちはそれぞれに過ごしていた。教官としてなにか指示を出すべきなのだろうかと思ったが、なにも思いつかなかったので彼らに任せることにした。
すると、ライムントが近くの川で魚を釣ってきて焼き始めたり、デニスが木の実を集めてきたりしてくれた。彼らも、この訓練という名のキャンプを楽しむという意識になっているようだった。
やがて肉が焼きあがった。
ヴァレリーが肉を取り出そうとしていると、それに気づいたのかファルビンがやって来て肉を取り出してくれた。
「まあ、ありがとうファルビン」
「いえ、お安い御用です」
「では、次は俺が肉を切ります」
今度はライムントがやって来てナイフを取り出した。
「ええ、お願いするわね。このパンに載せたいから、このくらいの大きさで」
パンと肉を渡すと、彼は言われた通りの大きさに肉を切っていった。なかなかキレ味のよいナイフのようで、初めから食材を切るためのものではないかと思えた。
そしてその鴨肉をヴァレリーがパンでチーズと一緒に挟み、皆に配っていった。
ヴァレリーがなにも言わなくても、竈の隣には湯を沸かすためのたき火があって、そこで紅茶を淹れてくれていた。
なんという、キャンプを楽しむためにみんなで自主的に考えて動いてくれたのだった。
「それでは、いただきます!」
皆にそう呼びかけ、一斉に鴨肉のサンドイッチをほおばった。
「美味しい! なにこれ! こんな美味しいサンドイッチは初めてよ!」
さすがはシュタールベルク侯爵家のシェフが仕込んだ鴨肉である。香辛料がよく染みていて、それでいて鴨肉の味もしっかりする。塩加減もちょうどいい。パンに挟んで食べるのにぴったりの味である。
皆、ヴァレリーに同意するように頷いている。それを見てヴァレリーはとても満足だった。やはり彼らに振る舞うことにしてよかった。肉は女性でなく、男性の方が喜ぶと思ったのだ。
「もしかして、パンは少しあぶったほうが美味しかったかもしれないな」
「ライムント! それっていい案だわ! 今からでも遅くないかも……」
そして食べかけのサンドイッチをたき火で炙ってみた。煙が目に染みて涙が出る、と思っていたらデニスがフランパンを持ってきてくれた。そこにサンドイッチを入れて、焼き色をつけた。
「美味しいわ! みんなも試してみて!」
そう言って近くにいたデニスにフライパンを渡す。
そして騎士たちが順々にサンドイッチを焼いている姿は、少し可笑しさを感じるものだった。いや、ほほえましいと言ったほうがいいのか。
元の場所に戻ってサンドイッチを食べきって紅茶をゆっくりと飲む。やはり屋外での、しかもこんな穏やかな森の中で食べる食事は最高だと、ひとり頷いた。
「……そういえば、第八十九分隊は八人だと聞いたんだけれど、もうひとりは?」
そう言った途端に、騎士たちの顔が曇った。
もしかして聞いてはいけなかったことなのかもしれない、と思い、話してくれないのならばこれ以上突っ込む気はなかったのだが。
「ベネディクトのことですよね?」
デニスがそう言って、ため息を吐き出した。いつも明るい彼らしくない、深刻そうな気配を感じた。




