1-2
「……兄上、少しよろしいでしょうか?」
背後から声がしたのでそちらに視線を移すと、書斎の入り口近くに男性が立っていた。
「カザイル、なんの用だ? 私は花嫁殿と話すので忙しい」
「もうお話は終わられたかと思いまして」
カザイルはちらりとヴァレリーのことを見て、すぐに視線を戻してしまった。
さすがに兄弟である、よく似ている。金色の髪は変わらず、しかし瞳の色は、カザイルの方は蒼というよりも紫に近い。ふたつ年が違うはずだが、同じ年の双子のようにも見える。
「ヴァレリー殿は長旅でお疲れでは? お部屋で少し休まれたらどうですか。案内させましょう」
その言い方が、なんとなくこれからアベルと大切な話があるから、さっさとこの場から去れとでも言うような、棘のある言葉に聞こえたのは考え過ぎだろうか。
「ええ、お話が済んでらっしゃるならば」
そしてアベルの方を見ると、彼は小さく頷いた。
「では、家令に案内させましょう。マルク、頼む」
するとアベルの隣に控えていた男性が、ヴァレリーを先導するようにその前に立った。……結局紹介されなかったが、彼は予想通りこのシュタールベルクの家令だった。家令、兼、お目付役というところだろうか。急逝先代の当主に引き続き、新たな当主に仕えているという雰囲気だ。
そしてマルクに案内されて書斎から出ようと、カザイルの横を通り過ぎようとしたところだった。
「……あっ」
思わず小さな叫びを上げてしまった。
足がもつれて、転びそうになってしまったのだ。
このままではカザイルの方に倒れ込んでしまう、と思った次の瞬間。
なんと彼は、ヴァレリーを華麗に受け止める……ことはなく、さっと避けてしまったのだ。
ヴァレリーはそのまま倒れ込みそうになって、しかし直前のところで壁に手をついて、なんとか片膝を付いた体勢で耐えることができた。
「……大丈夫かい? 長旅で疲れでも出た?」
我が夫から初めての労りの声に苦笑いを漏らしつつ、ヴァレリーはすぐに立ち上がった。
そのときにヴァレリーを華麗に避けたカザイルとばっちり目が合ってしまったのだが、彼はすぐに目を逸らして、アベルの方へと歩いて行ってしまった。
(なんて無愛想な……。なにも抱きとめろとは言わないけれど、目の前でレディが転びそうになったんだから、なにか声を掛けてくれてもいいのに)
転びはしなかったが、膝を打ってしまったので少々痛む。
嫁いで早々、文字通り躓いたな、と今のアベルの話を思い出して心が塞がれていった。
「ええ、少し疲れているようなので、休ませていただきますわね。では……失礼いたします」
そっと扉を閉めて、肩が上下するほどにため息を吐き出した。
ここへ来る道中、あまり期待しすぎてはいけない、とセシルに言われていたものの……その通り、いや、それ以上の残念な現状に、期待も希望も全て打ち砕かれた。
そして、部屋の中からわずかに聞こえてきた声はヴァレリーを絶望させた。
「……俺はそもそも、彼女を兄上の妻にすることなんて反対だったんだ……!」
ヴァレリーが転びそうになったときに避けたことから薄々分かっていたが、ああ、これは完全に嫌われているな、ととても悲しい気持ちになった。




