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第四章 楽しい騎士生活と彼の不審な行動

「早速ヴァレリーはやってくれたようだな。第八十九分隊を厳しい夜間訓練に連れ出し、彼ら、精も根も尽き果てて寝込んだものもいたというじゃないか」


 例の野外訓練から戻った三日後のことだった。

 愛人の家から戻ったアベルはカザイルを自分の書斎に呼び出して、満足そうにそう言った。

 アベルが座る椅子の隣には家令のマルクが立っていた。きっと彼がそう知らせたのだろう。


「ああ、そうだな……」


「お前も同行したんだよな? どうだ、目も覆いたくなるような訓練だったか?」


「目も覆いたい……ああ、目を瞑りたい気持ちではあったな」


 全ての事情を知ってしまったカザイルは、とても歯切れ悪く言う。

 あの訓練の帰り道、ヴァレリーにこのことはくれぐれも内密に、特にリヒャルト皇太子のことは、私とリヒャルトの秘密……ではなく、国家の機密に関することだから絶対に誰にも話すなと釘を刺された。

 そこまで言われなくても、カザイルはヴァレリーに秘密だと言われたことを誰にも漏らすつもりはない。それがたとえ実の兄であっても、である。


「どんな厳しい訓練だったのかと、他の部隊の騎士たちも心配していたくらいだ。なにか非人道的なことが行われたということはないか?」


「それは心配ない。普通の訓練だ、ただ、やり方は人とは違っていたが」


「ほう? どんなやり方なのだ」


「それは……特別な教育方法で他に真似されては困るとヴァレリーに口止めされているので言えない」


「怪我をした者もいたようだが?」


「軽傷でしょう、問題ありません」


 そう、怪我人も出たのだ。

 ヴァレリーは周到であった。

 このまま帰っても、みんなで楽しくキャンプしてきたことがバレてしまうので、顔や服に泥を塗ったり、服を破いたり、手や足に傷を付けたり、包帯を巻いて怪我をしたふりをするのがいいと思うと提案した。そして、傷があるように見せるメイクは、私得意なのよ! と言い出し、俺も俺も、と申し出る騎士たちに傷メイクを施していた。

 きっとリヒャルト皇太子とのときもそうしていたのだろうと窺わされた。

 大変な訓練で寝込んでいるというが、きっとそういうことにしてサボって寝ているだけだろう。


「そこまで厳しくしてくれるなんて! 期待以上だな!」


「ええ、そうですね」


「やっぱりヴァレリーを妻としたのは正解だったろう?」


「それには同意しかねますが……。まあ、ある意味は正解だったのかも知れませんね。当主の妻、という肩書きがあった方が彼女はやりやすそうだ。……いやしかし、他のやり方も」


「いいじゃないか。とにかく、第八十九分隊のことは彼女に任せた。四大騎士団対抗の演習のときに、前回のような無様な様子を見せなくて済む」


 四大騎士団対抗の演習とは、五年に一度行われている大がかりな演習である。

 現在、他国との間に戦争は起きていないが、いつそんな状況になるとも知れない。そのために定期的な大規模な演習を行っているのだ。

 前回は、決して第八十九分隊のせいだけとは言い切れないが、かなり足を引っ張ってくれて、一番のライバルであるエッフェンベルク侯爵が有する騎士団に惨敗した。

 最後の国王から講評で、一部、戦いがないからとだらけている騎士がいるが、もっと日ごろの鍛錬を忘れないように言われたが、その一部の騎士とは第八十九分隊のものであると、その場にいた誰もが分かっていた。

 その出来事に、さすがのアベルも面目ないと思ったようだ。


「とにかく、彼らとヴァレリーのことはお前に任せた」


「それはいいが……。そろそろ、愛人達と、この領土のことをどうするか真剣に向き合ってくれないか?」


「ああ! しまった! 昼過ぎにリーフィ町長との会食があったのだ! そろそろ出なくてはならない。なあ、マルク!」


「ええ、左様でございますな」


 そしてアベルはマルクと共に書斎を出て行ってしまった。マルクは出て行くときにちょっと目配せをして、こちらを気遣うような仕草を見せた。


(逃げたな……)


 産まれてからの付き合いだ、アベルがどんなに勝手な人物であるかは重々承知である。

 弟という立場では難しかったかもしれないが、もう少し責任ある行動を、と窘めてくればよかったと……最近特に、ヴァレリーのことがあってからなのかよく考える。

 今日は午後から騎士をひとりひとり呼んで面談をするとヴァレリーが言っていた。そのために、彼女を第八十九分隊の詰め所に連れて行かないといけない。

 面談……とは言うが、それは騎士団長たちに向けた理由付けで、きっと楽しくお話をして終わりなのだろうと予感して、大きくため息を吐き出した。


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