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「リヒャルトは喜んでくれたのに。でも、そうね、考えてみたらそうよね。肉体労働をする騎士の皆さんは、ピザとかパンケーキみたいなふわっとした食べ物よりも、肉汁したたる塊肉の方がいいわよね? ごめんなさい、考えが足りなくて」
「いえ! 俺は大好きです! ピザもパンケーキも!」
デニスが手を挙げながらやって来て、ヴァレリーの側に立った。
「でも、ピザ窯がありませんが……それでもピザは焼けるんですか?」
「簡易的なピザ窯ならば、この辺りにある岩とか石を集めれば、そう時間がかからずにできるわ。そして薪を集めて火をおこして……」
「うわっ、本当ですか? 野営で窯を造るなんて発想なかったな……。よくて焚き火をして、煮炊きをするくらいで」
「以前も作ったことがあるのだけれど、かなり本格的な味になるわ! それを、屋外で、しかもこんな湖のほとりの、空が大きく広がったところで食べるなんて。とても素敵だと思わない?」
「俺、竈作るの手伝いますね!」
「ええ、お願い」
そしてデニスの手を借りて窯を作り始めた。その間に天幕は設置が終わり、他の騎士たちは手持ちぶさただったのか、自主的に薪を集めたり、水を汲んできたりしてくれた。
「湖の水をそのまま飲むのはちょっと危険なので、濾過しましょうか」
ヴァレリーがそう提案して、石と砂利を使った濾過方法を説明すると、彼らはすぐにその通りにして水を濾過して、竈とは別に焚き火を作って、水を沸かしてくれた。
竈ができあがると、ヴァレリーは今度はピザ生地を練り始めた。小麦粉に塩を入れて、そこに小量ずつ水を加えながら練っていくのだが。
「ピザ生地ならば、力がある男が練った方がいい。代わりましょう」
この部隊の中で一番身体が大きな騎士がやって来て、生地をこねるのをかわってくれた。腕をまくって、力強くこねていくと、最初はまとまりなかった生地がまとまり、みるみるピザ生地になっていった。
「あ、あの……ヴァレリー」
今まで騎士の様子を見ていたカザイルが、不意に話しかけてきた。
「これは一体……訓練じゃなかったのか?」
「ええっと……まあ訓練の一部よ。戦場でも食事はとるでしょう?」
「それはそうだろうが……」
「いいから。カザイルは見守ってくれていればいいわ。騎士たちのことは私が任せられているのだから」
「いやしかし、そうはいかない」
きっぱりと言い切ったカザイルを見て、ああ、面倒くさいなと思ってしまった。
こんなことをさせるために第八十九分隊を任せたわけではないとか、遊びではないのだからとか抗議されそうな雰囲気である。
(だから彼にはお帰りいただきたかったのに)
どう言ったら誤魔化せるだろうか、と考えていたのだが。
「ヴァレリーも働いているというのに、俺だけぼーっと突っ立っているわけにはいかない。なにかしよう」
上着を脱いで、シャツの腕をまくった。
いえ、当主の弟である彼にそんなことを、と思ったが、自分も当主の妻であるわけで。やりたいと本人が言っているのだからなにかやってもらうことにした。
「だったら……私の荷物の中にある木のお皿とナイフとフォークを出してくれないかしら? それをここに並べて……」
ヴァレリーが指示するとカザイルはすぐにその通りにしてくれた。
そうしているうちにピザ生地がいい具合になってきた。それを伸ばして、具材を載せて、既に火が入っている竈に入れるとすぐにチーズが焦げるいい匂いがしてきた。
そのときにはみんな作業を終えて、窯の近くに集まっていた。
デニスがピザを焼く係をやってくれて、焼き上がったところから切り分けて木皿に載せて皆に配っていった。カザイルはピザ生地を伸ばす係を引き受けてくれて、ヴァレリーはピザ生地にどんどん具を載せていった。
「焼きたてが美味しいから、行き渡った人から食べていってね」
ヴァレリーはそう提案するが、
「……いえ、騎士の食事は一斉に、が基本なので」
ひとりがそう言い、ピザが全て焼き上がるまで待ってくれた。とはいえ、みんなが手伝ってくれたせいで、しかもピザを焼く自体にはさほど時間がかからず、最初に焼いたピザが冷め切る前に全て焼き上がった。
「では、いただきます」
ヴァレリーが輪になって座る騎士達にそう言うと、騎士達はひとつ頷いてからピザを頬張り始めた。
皆、とても美味しそうな、満足そうな顔をしてピザを食べている。
ヴァレリーはそれを確かめてから、自分もピザを食べた。
屋外でピザを焼いて食べるのは久しぶりだ。やっぱり美味しい。ヴァレリーはその味を口の中でたっぷりと確かめてから呑み込んだ。
空を見上げる。
空はすっかり夜の藍に包まれていて、少し冷たい風が吹いている。心地よさに、思わず目を細めてしまう。
「あの、少し伺ってもよろしいか?」
先ほどピザ生地を練ってくれた彼が手を挙げた。彼は他の騎士たちとの会話から、ハルトムートという名前だということが分かった。
「あの、ピザはとても旨いし、なにも文句を言うことはないのだが」
「ええ! やはりハルトムートに生地をこねてもらってよかったわ! 女の力ではここまでもっちりとした生地にならなかったもの!」
「それはどうも……」
そして少し照れたように瞳を逸らしてから、
「我々、野外訓練のつもりでこちらに来ました。その……これからなにがしの訓練が始まる予定で?」
「訓練?」
「はい。もしかして、腹ごなしのためとこれから山頂まで夜中歩かされるですとか」
ハルトムートがそう言った途端に、周囲にいた騎士達の顔が曇った。




