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「あら、思っていたより川は遠かったの?」
ヴァレリーが言うと、騎士のひとりがびくりと肩を跳ねさせた。
「申し訳ありません。ええ、川の音は近いのですが少し歩いた所にありまして……。しかし、もっと素早く汲んで戻るべきでした」
「いえ、大変なことを頼んでしまったかと思って確認しただけよ。さあ、そちらに座って。既に火はおこしてあるから、すぐにお湯が沸くと思うの」
騎士達は顔を見合わせ、しかし教官の言うことだからとでも思ったのだろうか、めいめいに思い通りの場所に座った。
そのうちに湯が沸いたので、ヴァレリーは茶葉が入ったポットに湯を注いでいった。
その途端に茶葉の芳醇な香りが立ち上がってきた。
ヴァレリーはうっとりと瞳を閉じてその香りを堪能してから、ポットの蓋を閉じた。
そして小さな砂時計をひっくり返してしばらく待ち、その砂がすっかり落ちたところで茶器に紅茶を注いでいった。
あまり大きなポットではないため、三人前も淹れたら紅茶がなくなった。すぐに茶葉を入れ替えて、またポットに湯を注いでいく。
「セシル、クッキーと一緒にお茶を彼らに持っていってくれるかしら?」
「はい」
「あっ! 俺が手伝います!」
デニスが元気よく言って、紅茶が入った茶器を近くにいた騎士達から順番に配っていってくれた。セシルはクッキーを配っていく。
「クッキーはひとり三つずつよ! 紅茶は冷めないうちに配られた方からどうぞ」
騎士達は顔を見合わせながらも、配られたクッキーを食べ、紅茶に口をつけた。
「ヴァレリー様! 一体なにをしているのですか?」
その様子を今まで黙って見ていたフレデリクだったが、とうとう堪らなくなったのかそう声を荒らげた。
「なに……と言われても。お茶を振る舞っているだけれど」
ヴァレリーは紅茶を淹れる手を休ませることなく応対する。
「これはピクニックではなく、騎士の野外訓練のはずですぞ? 誇り高き、蒼聖騎士団の……」
「ええ? 野外で紅茶を飲んではいけないの?」
「いえ……我々も訓練の合間に紅茶を飲むようなことはありますが……ではなく! 彼らは訓練らしい訓練もしていないではないですか!」
「そうねぇ……。はい、これはフレデリックの分」
ヴァレリーは淹れ立ての紅茶をフレデリックへと渡した。
「クッキーはセシルから受け取ってね。昨日、料理長にお願いして作った特製品だから、とてもおいしいはずよ」
そう言って微笑むと、フレデリックは面食らったような表情をしつつも、素直に受け取った。そこへすかさずセシルがやって来て、クッキーを彼に手渡す。
「ははあ……なるほど。飴と鞭というわけですか」
フレデリクはひとりで納得したように言って、紅茶に口をつけた。
(鞭……は今のところ与えるつもりはないけれど。だって痛いじゃない)
そんなあさってのことを考えつつ、もうひとつの茶器をカザイルに持っていった。
「はい、どうぞ。これでも、私が淹れた紅茶は評判がいいのよ」
「あ、ああ……。いやしかし、私はあなたの後で」
「いいのよ、私は最後に淹れたてをいただくから。さあ、冷めてしまうから早くにどうぞ」
「では……」
カザイルは遠慮がちに茶器を受け取り、しかしすぐには口をつけずにじっと紅茶を見つめている。
なにか物珍しいものを見ているような目つきである。彼は実は紅茶を飲んだことがない……なんてことはないだろう。
(猫舌なのかしら……?)
そんな感想を抱きつつ、最後に自分とセシルの分の紅茶を淹れた。
そして焚き火の前から離れて、すぐ側にあった倒木の上に腰かけて紅茶に口をつけた。
「……ああ、やっぱり戸外で飲む紅茶は最高ね」
そうひとりごちつつ、クッキーの方にも口をつける。中にナッツが入っている、さっくりした口当たりのクッキーだ。
「おいしい~。いつも美味しい食事を作ってくれるから、きっとお菓子作りも得意だと思って頼んだんだけれど、思った通りだったわね」
「本当ですわね。……まあ、王都の菓子職人と比べたらイマイチですが」
「まあ、セシル。そんなことを言うものではないわ。せっかく本来の仕事の隙間に作ってくださったんだから。それに、セシルの口にはもしかして合わないかもしれないけれど、私はとても美味しいと思うもの。別のお菓子もお願いしたら作ってくださるかしら?」
「どうでしょう……? そうですわ、どうせならばヴァレリー様専用の菓子職人を雇ってはいかがですか? シュタールベルク家には何人も料理人はいるようですが、菓子職人はいないようなので」
そしてセシルはカザイルへと視線を飛ばす。
離れた場所にいたカザイルにこの会話が聞こえていたのかどうか分からなかったが、カザイルは小さく頷いた。聞こえていたようだ。
「もちろんです。あなたがそんな菓子好きだと知っていたら、こちらへ来るよりも前に菓子職人を招くようにと兄上に進言していたのですが」
「いえ、そんなことまでしていただかなくとも」
「屋敷に戻ったら、すぐに手配させましょう!」
「いえ、ですから、そこまで菓子好きというわけでは……。菓子職人なんて雇ったら、毎日菓子を作っていただかなければならないでしょう? それが彼らの仕事なのだから。そんなに食べたら太ってしまいそうだし」
「そうですか?」
そしてとても残念そうな顔をする。
どうにも、カザイルはなにかヴァレリーの役に立とうとしてくれているような気配があるのだが。嫌われているというのはこちらの思い違いなのだろうか。
そう思いつつ紅茶を飲み終えて、同じく飲み終えたらしいカザイルの手から茶器を受け取ろうと手を伸ばすと。
「うわっ!」
大袈裟に声を上げられて、飛び退かれてしまった。
手を伸ばしたまま固まってしまったヴァレリーに対して、顔に明らかな作り笑みを張り付けて。
「だ、大丈夫です。片付けまでヴァレリーにやらせるようなことはありませんから」
そうしてさっさと茶器を持って行ってしまった。ヴァレリーは手を伸ばして固まったままである。
(女性恐怖症……? ではないわよね。明らかに私に触れようとしたのを、避けている。いえ、触ろうとしたのではなく、茶器を受け取ろうとしたのだけれども)
不意を衝いてしまったのかもしれないが、あの反応はやはり傷つく。
片付けは自分達がします、と申し入れてくれた騎士達に甘えてそれを任せて、ヴァレリーはしばし元の倒木に腰掛けて、物思いにふけっていた。
(私が世間で言われているような、悪魔の家庭教師ではないと分かったら、普通に接してくれるようになるのかしら? いえ、でも、そうなると私はシュタールベルク家には不要な者だと露見してしまうわ。そうしたら私もここにいられなくなるかもしれないわけで……。ああっ! どうしたらいいのっ!)
悩んでも答えなど出ず、どう物事が転ぶか、もう出たところ勝負なのだろうかという気分になっていった。




