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部屋にひとり残されたヴァレリーは一体これからどうしたいいものかまるで分からない不安に苛まれ、いっそなにも知らない娘のように泣き出したい気持ちだった。
(しかも、頼れるのが私を嫌っているカザイルだなんて……前途多難で頭が痛くなってくるわ)
陰鬱なため息を吐き出して、読みかけの本を開いたところで、アベルがいなくなったところを見計らってか、セシルが部屋に入ってきたのですぐさま本を閉じた。
「どうしよう……騎士団たちの再教育なんて、まるで自信がないわ」
ヴァレリーはソファの隣に座ってきたセシルに思いっきり抱きついた。
セシルはそんなヴァレリーの背中を優しく撫でてくれる。
「リヒャルトの時だって……彼はできないフリをしていただけで、私が教えなくてもとびきり頭が回る人だったから家庭教師として勤められていただけなのに」
そうなのである。
そもそもリヒャルトは家庭教師がいらないのでは、と思えるほど優秀な人だった。
ただ、それを周囲にはひた隠しにしていたのだ。
彼は第十七王子で王位継承二十位の人だった。彼の優秀さに気付かれたら兄たちを追い越して彼が次の国王に担ぎ出される、という可能性を危惧したのだろうか。彼はとにかくサボりがちで、勉強したとしても覚えが悪くて話にならない、という生徒を装っており、ヴァレリーも最初の一ヶ月はそれに気付かなかったほどである。
それが、なんの運命のいたずらか、彼の兄たちが次々と倒れていき、リヒャルトが皇太子になるかもしれない、という状況になったとき、周囲も、そして本人も『こんなぼんくらが次期国王になるなんて』と大いに焦った。
しかし、今更『実は劣等生を演じていただけで、実は天才でした!』なんて言えるはずもない。
そして、ヴァレリーが解雇される可能性も大いにあった。
彼はもう皇太子になるのである。
そんな人の家庭教師に、名も知られない貧乏伯爵の娘では務まるはずがないということだ。
そして、リヒャルトは一計を案じ……かくしてヴァレリーは劣等生のリヒャルトを優秀な生徒へと育てる、厳しい家庭教師……役になったわけである。
リヒャルトとしても、自分を教えるためと変に厳しい家庭教師が来ても困るし、ヴァレリーもせっかくの職を失いたくない、ということでふたりの思惑が一致して、ふたりの間で茶番が演じられたというわけだ。
「そうですわね」
セシルは深々とため息を吐き出す。
「騎士……というから、どこかの貴族の子息でしょうけれど、落ちこぼれている騎士、というのがどの程度の落ちこぼれかによりますよね」
「単に体力がなくて騎士の訓練についていけないだとか、剣術がイマイチ、という者だったらよいけれど、とんでもない暴れ者で、手のつけようがないような人たちだったらどうしよう……」
「ええ、確かに。その可能性は、高いように思えます」
つまりは騎士としての心得だとか、精神論だとか、そのようなことを解くように期待されている気がするのだ。
女性のヴァレリーが騎士たちに剣術を教えられるとは誰も思っていないだろう。
「私は家庭教師なのに……どうしてこんな無茶振りを。六歳以下のかわいい子供たちをきゃっきゃうふふと教えるのが理想なのに。遊び相手、兼、家庭教師みたいな」
「ええ、私もヴァレリー様にはそちらの方が向いていると思います」
それがどうしてこんなことに。
分かっているのだ。リヒャルトの悪役家庭教師をしたからなのだと。あれはインパクトが大きすぎた。
「……もし騎士団の人たちに襲われたらどうしよう……」
「ヴァレリー様は仮にも当主の妻なのです。そのようなことはないかとは思いますが……」
言葉を濁すセシルに不安を覚える。
手がつけらない者たちなのだ。どんな乱暴をするか分からない。
「おうちに帰りたい……と言っても、私に帰れる家なんてないけれど……」
「こうなったら、腹を決めるしかないです! ヴァレリー様は王城でもなんとかやってこられたんですか、きっとなんとかなります!」
セシルが力強く言い切るが、そんな自信はヴァレリーには全くなかった。
(王城では、リヒャルトという心強い味方がいたけれど……ここには誰にも、セシル以外には味方はいないし)
今までは、まあどうにかなるか、と楽天的に構えるのがヴァレリーという人だったが、今回ばかりはそうも言っていられないかもしれない。




