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プロローグ


カチカチカチ


ゲームコントローラーのボタンを押し込む音と微かに漏れるヘッドホンからの音楽だけが聞こえて来る閉鎖された空間。

部屋の壁にはゲームやアニメのポスター貼られており、美少女フィギュアが多く置かれている。他人の部屋を見ればその人の人となりがわかるというが、僕こと緑川 (みどりかわさとる)の部屋もその例に漏れない。


そして、今日も俺は昨日発売されたばかりの新作RPGを昨晩から日が明けるまでひたすらにやり込んでいた。もちろん今日だって学校はある。だが、今までは僕はこのゲームをやることを生きがいに退屈な日常を乗り越えてきたのだ。例え授業中ずっと爆睡しようが、そんな日も1日くらいあっても構わないはずだ。


誰かに注意された訳ではないにしろ、つい自分の行動を自己肯定するように頭の中で言い訳を考えてしまう。モニターの横にある時計へ視線を流すと、時計の針は朝6時を回っていた。


「そろそろセーブするか。」


ゲーム内のセーブを終えると起動していたゲーム機の電源を消すのと同時に、自分の中の日常スイッチに電源を入れる。

朝のルーティンをこなすべく、自室のある2階から洗面所のある1階へと降りる。僕は朝一番にやることは顔と歯を磨くことだ。世には朝ご飯を食べた後に歯を磨く人やそもそも歯を磨かない人もいる。だが、僕に言わせれば朝スッキリするには人間の内側から刺激する「歯を磨く」という行為が最も適していると考えている。それ故に先にご飯を食べると寝ぼけていて味も分からないし、磨かないということに関しては論外である。

そもそも今日寝ていないからやる必要ないだろ、と思う人もいるかもしれないが習慣付いた行為は1つ熟さないだけで人間というのは脆く崩れてしまうものなのだ。


洗面所に着くと、そこには先客がいた。妹の麻陽(あさひ)だ。

既に寝癖を直し、その長い髪をツインテールに結んだ麻陽が歯を磨いている。コイツは僕とは違い、ご飯を食べ終えた後に歯を磨く派だ。ということは既に朝食を終えているのか。


「おふぁひょー、おひーひゃん(おはよう、お兄ちゃん)」


「歯を磨きながら話すな」


僕がそう指摘すると、麻陽はペッと口に含んでいた口に含んでいた泡を吐き捨てる。


「今日徹夜だったの?」


「まあな。ようやく待望の新作が出たんだ。真剣にやらなきゃ失礼にあたるだろ。」


「何様だよ‥。」


「僕はユーザー様さ。商品をいち早く買い、誰よりも早くクリアし、ネットに攻略情報を正確にあげる。それが僕の使命さ。」


「きも。とりあえず終わったら貸してね。」


僕が洗顔を終え、歯ブラシに歯磨き粉を付けている間、麻陽はメイクに勤しむ。


「女の子は毎朝メイクして大変だな。今日はどうせバスケの朝練あるんだから、やらなくていいだろ。」


「だからお兄ちゃんは童貞なんだよ。」


まるで悲しい生き物を見るような蔑む目でこちらを見下ろして来る。いや、僕の方が身長は高いんだけどね。


「兄の性的事情に朝から首を突っ込んでくるな!朝から家族会議開いてやるぞ!」


昔、妹にゲームの女の子や強いボスは簡単に攻略できるのに簡単な現実の女の子は一切攻略出来ないのはなんで?と小学生時代の麻陽に言われた記憶が蘇った。


「女の子でメイクしないで外に出るということは、何の武器や防具も持たずにダンジョンを徘徊するような

もんなのよ。まあ、現実でもソロプレイしかしていないお兄ちゃんにはわからないかもしれないけど。」


「麻陽。お前は勘違いをしているようだけど、僕はあえてソロプレイをしているんだよ。なぜなら、誰にも心を開きたくから。なんていうのかな、人を信用したり、信用されるっていうのが苦手なんだよね。それなら1人でいる方が良いっていうかさ。」


「高校2年にもなって中二病引きずるのは痛いだけだからやめてね。お兄ちゃんが社会適応出来るか私今から心配だよ。」


「ほっとけ。」


クラスに1人しか友達のいない俺が今後の社会に適応していけるかなんて自分が1番不安だわ。しかも、麻陽の場合は僕とは対極で学校中の人気者でコミュ力の塊のような子だ。

中学校の生徒会長にして女子バスケ部の4番キャプテン。さらに成績も優秀で僕よりも数段上の高校を目指しており、街中を歩けばモデルにスカウトされるような神に愛された子である。前に親が我が家に鷹が生まれた、金の卵、女神が舞い降りたと近所に話していたくらいだ。ソシャゲのガチャで言うなら間違いなく星5SSR。そして残念ながら僕は星2か星3くらいのよく被る特徴のないモブだ。いや、交友関係を考えると星2だな。

そういった意味ではまさに陰と陽。彼女はまさに名前の通り我が家の太陽ような存在なのだ。


「ほころへはー(ところでさー)。」


「歯磨いてる時に喋るな!というか涎垂れてるし!」


おさき!と麻陽はそう言うと洗面所から出て行った。


そんな朝の他愛のない家族とのコミュニケーションを終え、朝のルーティンを全てこなした後、僕は自室に戻り制服に着替え、鞄を手に取る。

時間はまだ少し早いかもしれないけれど、早く学校に行って教室で仮眠を取ることにしよう。


そう思い、家を出た。


ここまではいつもと変わらない平凡な日常。

しかし、緑川悟を取り巻く環境。いや、世界が大きく変わるのはここからだった。


などと、それらしいことを言って家を出ると、まるで日常的に異世界転生のチャンスが転がっているような気がしてくるから不思議である。


「というか俺も異世界転生して〜。」


そして次はこんな星2のモブキャラなんかではなく、麻陽のような星5キャラに転生したいものだ。

そうすれば、童貞を捨て、ゲームだけじゃない現実も攻略しまくりのチーターになれるのに。


自転車に跨ぎ、走り出しながら妄想だけに頭を巡らせる。これから面倒な学校へ行くという暗い未来への現実逃避。我ながら泣けてくる。それでも願わずにはいられない。この退屈な日常を壊して、自分を変えて欲しい。

そもそも何故この世には魔法もスキルもない。みんな凡庸な無能力者ばかり。それならばコミュ力と外見や頭のいい奴だけが得をする。つまらない。もっと自分だけにしかない特別な何かが欲しい。特別な出会いが欲しい。例えば少女漫画でありがちな曲がり角で運命の人とぶつかってしまう、みたいな王道的な出会いでも良いから一度くらい起こってもいいんじゃなかろうか。そんなことを考えながら、今まさに曲がり角を曲がろうとした。


その瞬間。


運命の出会いが、起こった。


きゃっ、と相手方から可愛らしい声が聞こえ、互いにぶつかってしまう。声を聞いただけで、女性声優の知識に長けている僕は一瞬で美少女であることを察した。それほど可憐な声。




だが、可憐なのはそこだけだった。


その女の子らしい人物は、何故か全身を鎧で纏っていたのだ。


しかも、向こうから物凄いスピードで来たため、もはや人というより弾丸や車と変わらないような勢いだった。自転車が大破する音と、僕の中のありとあらゆる骨が粉砕していく音が鈍く脳内に響く。


あ、これ死んだわ。


と自分の死を一瞬で理解できるくらいには致命的だった。死の間際に時間が遅く感じるというのは、聞いたことがあるが、今がまさにそうだと思う。甲冑の女の子の声や自分が壊れていく様を冷静に分析できるのはそのためだ。


とにかく今僕が言えることただ一つ。


人生オワタ‥。



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