承:煙草の煙は遠くまで。
さて、どうしようか。
翠が来るまでは残り20分。決して長いとは言えない。
歩は、キッチンで煙草に火をつける。
お気に入りのメンソールの清涼感が喉を伝う。
拓哉とは1年以上の仲だ。ある程度の返事は予測できる。
まずはどんな言い訳を考えて拓哉を家から追い出そうか…。
歩は、煙草の煙が換気扇に吸い込まれていくのを見ながら、頭の中で拓哉との会話を想像した。
まずは………
「拓哉、すまん。今バイト先から電話が入って、行かなきゃいけなくなったから帰ってくれないか?」
「いや、こないだお前バイトばっくれて辞めたばっかじゃん」
「いや、うん。確かに。」
そうだったあああああああああああああ
俺はこないだまでやってた居酒屋のバイトに耐え兼ねてばっくれたんだったああああああああああああああ
歩は首を横にブンブンと降り、今の作戦とバイト先への罪悪感を頭から掻き消す。
じゃあ、次は………
「あのー、喉乾いたからジュース買ってきてくんね?」
「いいよ、行ってくるわ。お茶とかでいい?」
「うん、ありがとう」
―3分後―
「ただいまー」
「あ、おかえり」
いやおかえりじゃねええええええ
3分で帰ってこられても結局意味ないじゃん!!!
何なら、変に玄関で彼女と鉢合わせとかしそうで怖いわ!!!
歩は煙草の煙をふぅーっと吐き、新しい案を考える。
あ、いっその事………
「あのさ、今からうちに彼女来るから帰ってくれない?」
「・・・は?」
「まあ、そういう反応だよね」
いや、それは絶対ダメだろ。うん。これでいいなら悩んでないわ。
煙草はいつしか2本目に突入していた。
彼女が来るまであと10分ほどだろうか。
そろそろ作戦を決行しないと手遅れになってしまう。
だが、歩にはいい作戦が何も浮かばなかった。
ただ徒に時間ばかりが過ぎていった。
もうどうにでもなれ!!
そう思い、歩は部屋に戻ることにした。
キッチンのドアを開き、部屋に戻る。
拓哉は先ほどと変わらず、スマートフォンを眺めていた。
「拓哉、何見てんの?」
歩は少し、いやだいぶぎこちなさそうに聞いた。
「いや、別に何でもないよ」
「今日何時まで居る予定?」
これも歩はそれとなく聞いたつもりだが、相当帰ってほしいオーラが出ていた。
「んー、もうすぐ帰るかな」
この発言は歩には予想外だが願ったり叶ったりだった。
歩の口角が少し緩みそうになる。
「あ、そうなの?いつもは泊まるか大体終電まで居るじゃん」
「だって―」
拓哉はスッと歩の方に顔をあげた。
「今からここに赤嶺さん来るんだろ?」
「……え?」
歩の視界が陽炎のように揺らめいた。
いつしか口はぽかんと開いていたようで、さっきまでの面影はなくなっていた。
さっきまで吸っていた煙草の香りがした気がした。