994:新時代
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1796年4月1日
先ずはおはようと言うべきか。
ルイ16世に転生して26年目の春を迎えた。
実体験として四半世紀もの年月が過ぎ去っていくことを鑑みれば、あっという間に人生が進んでいくことを実感してしまう。
前世ですでに30歳を超えていたので、いまの年齢を加算すれば実質的に70代半ばのような感覚になってしまうものだ。
(時間の感覚も長いようで短い感じになってきているなぁ……まぁ、前世の記憶が加算されているからなのか、時間が短いのもそれが関係しているのかな?)
思えば、転生してからアントワネットと二人三脚でここまで頑張ってきた。
戦争も乗り越えつつあるし、国内の革命派分子は一掃しつつある。
欧州全土で延べ4000人近くを逮捕し、このうち半数以上の3600人が阿片などの違法薬物や公文書偽造によるパスポートの入手、密売された平等主義を取り扱った本を密売して武力革命を扇動した容疑で重罪となり、うち2900人がその日のうちに死刑が執行された。
グレートブリテン島だけで1800人以上であり、フランスでは武装革命未遂を起こしたロベスピエール氏などを含めて400人、ネーデルラントやプロイセン王国でも戦争の混乱時に紛れて行方をくらましていた革命派のメンバーを拘束し、西欧各国で革命派の逮捕と処刑が相次いで決行されたのだ。
恐らく、欧州全体で執り行われた裁判において同時に死刑執行を行った世界記録として歴史に残るだろう。
そしてデオンが、革命派に属していた人間のリストを持ってきた上で、これらの関係する人物の中でも死刑こそ免れたものの、長期服役ないし終身刑を言い渡された受刑者を今後どうするかという話になったのだ。
「服役の中でも10年前後の者に対しては、支配的な圧力を加えられていたことも考慮されましたが、彼らの居住制限などを行う予定なのですか?」
「ああ、刑期を終えたとしても再び革命思想に基づいてやらかさないという保障はない。彼らの行動を監視して見張っている必要があるんだ。かなり言い方は悪いかもしれないけど、これは彼らが同じ過ちを繰り返さないようにするための予防措置でもあるんだ」
「予防措置ですか……残りの終身刑になった者についてですが……」
「悪質な行為をしていた者は一切合切の面会を禁じ、他人との交流もなしだ。厳しいように思えるかもしれないが、それだけの事をしたのだ」
革命派に属していた者のうち、出所予定のメンバーに関しては分散させた上で居住制限や移動制限などを行い、自由に行動が出来ないようにしておく必要がある。
主に離島か、もしくは村を開墾させた上で監視下においてそこで一生を終える感じになるだろう。
無理に処刑せずに生かした上で反省させるという意味では理にかなっているが、万が一輸送されてくる物資などに紛れて脱走した場合の対処法なども課題が挙がっているため、これは後になるだろう。
そして、目の前の処刑のリストを見て思う事がある。
これまでにも戦乱によって一日で数万人規模で戦死する戦闘は中国や十字軍遠征などでも度々あったわけだが、あれはあくまでも戦争や内戦という状況下で行われた結果の記録だ。
今回は公的機関による裁判を経て執行した数なので、同時に死刑執行を行った数としては後にも先にも類を見ないだろう。
……見ないことを祈りたい。
何せ俺の知っている歴史では、第二次世界大戦中のナチスドイツによるユダヤ人虐殺であったり、ソ連での大粛清、中国の文化大革命、ポルポト政権下の民主カンプチアなどの例を挙げれば、一日で自国民や占領下に置いた人間を効率よく収容所送りにして虐殺しているのだ。
これだけの人数を一度に処刑していれば、感覚もおかしくなってしまうものだ。
最初は人を殺す事に躊躇う連中も、それが『義務』となれば平然と人を殺しても疑問に思わなくなる。
ナチスのユダヤ人虐殺や、共産圏における自国民の大粛清に関しても、処刑される人間は悪い事をしただけであり、自分は与えられた業務をこなすという目的で次から次へと人を死に追いやった。
そして、それは正当化されていくものだ。
歴史上、戦争よりも自国民の反体制派を標的にした虐殺の方が犠牲者が多いのも、全体主義思想の意に背く事を共産主義体制側が恐れて粛清という形で虐殺に歯止めがかからない状況に陥るものだ。
今回に関しては、公的機関による捜査と裁判、それに加えて認可制にした阿片の違法所持であったり、公文書偽装によるパスポートの取得、そして何よりも過激な平等主義の思想によって罪なき一般人への加害も辞さない姿勢を貫く過激な革命派を許さないという強いメッセージを国内外に発し、これをヨーロッパの礎とすることを目標にしているのだ。
最終的な死刑執行命令を出したのはほかでもないこの俺だ。
後世において、ルイ16世は革命思想を根絶するために生き残っていた革命派の連中を引きずりだして、その過激な思想諸共葬り去るために大規模な死刑執行を命じたと記録されるだろう。
無論、連座制などはせずにこの思想がなぜ危険であるかの啓発活動などを取り入れた上で、死刑囚の面々に関しては墓を立てて供養するように命じた。
流石に生きた証まで消すようなことはしたくないのだ。
過激な平等主義による終焉の墓として、後世に語り継がれていくだろう。
さて、北米複合産業共同体との戦いも本格化しており、メキシコではフランス軍と対峙が始まっている。
シャルル・フランソワ・デュムリエ率いるメキシコ派遣軍団はメキシコ湾に面しているタンピコと呼ばれる街で迎撃戦闘を行っているようだ。
タンピコは進軍してくる北米複合産業共同体に備えて要塞化を推し進めていたらしく、突貫工事ではあったが街の入り口に建設途中であった高台の要塞を工兵などを動員して建設し、マイソール王国やサン=ドマング出身の有色人種で混成された部隊を配置しており、彼らはメキシコの戦いにフランス軍として参加している。
現在デオンから参加しているフランス軍の状況を聞いているのだが、このメキシコ戦線とは別に、アメリカ本土上陸に向けた作戦も始動しようとしているのだ。
「いよいよ北米大陸に対して大規模な反攻上陸作戦を決行するというわけか……」
「はい、今回の戦いは前例のない規模で戦うことになります。補給路である大西洋の海上ルートもすでに我が軍が確保済みです。スペインやポルトガル、それに、ネーデルラントやスウェーデンも参加するため、海上軍の兵員だけで8万人を超える規模になりつつあります」
「これだけの大艦隊を率いて南部地域への上陸を行うわけだからね……いずれにしても、これらの地域はメキシコへの物資輸送の拠点となっている地域だ。ここを確保してサン=ドマングで待機している本体部隊を上陸することができれば、一気に補給路を叩いて戦略拠点を確保することができるようになる。そうなればメキシコ遠征軍もこれ以上自由に動かすことはできまい」
北米複合産業共同体によるメキシコ遠征軍を絶つためにも、この作戦は必須だ。