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993:チップ(下)

裁判は午前10時から午後6時までの間に執り行われ、それぞれ逮捕された人間は小遣い感覚で武器や麻薬の密輸をやっていた者もいれば、思想を維持するために反社会的勢力であるギャングやマフィアなどを駆使して違法な取引に応じて売買などをする者もいた。

中には旧革命政権時に無実の貴族や庶民を『反革命異端児』とレッテルを貼り付けて公開処刑などを実行していた者も複数人いた。

彼らは身分をスコットランド政府側の内通者に用意してもらい、潜伏していた者達でもあったのだ。

裁判は公開という形で行われ、サン=ジョルジュが被告の内容を読み上げて、それが事実がどうか被告に尋ねる。


「貴殿はスコットランド政府の内通者と協力して、革命派の組織と知りながらロンドンの港湾施設で北米複合産業共同体から密輸した阿片を売りさばき、それが摘発で売買できなくなると今度は孤児院から人を連れ出してきて、諸外国に売り飛ばすブローカーに転身した。それは間違いないか?」

「俺はあくまでも食い扶持に困っていたんでね……革命派だと知っていても、生きていくために仕方なかったんですわ。それにロンドン郊外の孤児院には革命政権によって親を失った子供がわんさかいるもんだ。その子供たちは教育をあまり受けてこなかった……結果として無責任にまた子供を作って沢山産んでしまう。その子供たちが暮らしていけるためには、ここよりもいい環境のある諸外国に預けるしかなかったんですよ」

「……孤児院の子供たちの多くがフランスの組織に売買された際に、貴殿の名前があるのは知っている。元貴族で革命政権時には貴族の地位を取り上げられていたと聞く。なぜこのような事をしたのだ?貴族であると証明できればこのような事をせずに済んだのに……」

「俺みたいな弱小貴族が政府に懇願しても【お気の毒に】だけで地位以外保障なんてしてもらえませんでしたよ。焼け出されたロンドンに残っていた家族の遺品も割れたマグカップしか残っていなかった……俺が生き長らえるためには、手段を選ばずに仕事をするしかなかったんですわ」


最初に裁判に出廷した男は元貴族の出自の男であった。

ロンドン革命政府によって自宅だけでなく、もっていた金銀を含めた資産を革命政権によって没収され、生き延びるために従属する形で助命することができたのだ。

貴族としての身分証を無くし、辛うじて隠し持っていた貴族の証である紋章を、いつの日かスコットランド政府によって奪還された際に提示して貴族としての身分制度の保障対象に入ろうとしたのである。

だが、貴族としての証を持っていても、それ以上の保障はなく……結果として彼の一家は路頭に迷うことになった。


強制命令であったとはいえ、革命政権側に従属していた事も相まって、スコットランド政府における保障対象とはならず、彼に与えられたのは僅かな年金だけであった。

これでは家族どころか自分だけでも食べていくのに精一杯であった男は、革命派関係者の手先である収入源に手を染めてしまったのである。


生きるためとはいえ、彼にとって貴族社会で通じてきたマナーや作法などが一度革命政府によって潰されたにもかかわらず、その残党である革命派関係者は彼のような上流階級出身者を資金源確保のために使い、その度に彼は高額報酬と引き換えに偽装書類の作成であったり、スコットランド政府職員と内通して取引名簿を偽装して莫大な収益を得ていたのである。


「なぜ革命派関係者と連絡を取り合っていたのだ?途中で救済法の施行があっただろう……革命派関係者の居場所を報告すれば、これまでの罪を無くして身の安全を保障すると……」

「それも考えたが、以前密告をした奴が見せしめに街の広場で見せしめも兼ねて全裸のまま吊るされていた事件があったのさ……それも、皮を剥がされた状態で『裏切り者に死を』を切り刻まれた身体を見てしまったら、自分もいずれヘマをしたらああいう結末を招いてしまうと考えたのだよ。想像してみたまえ、もし自分自身だけでなく身内がそのような残虐なやり方でリンチされた上に殺されるとなれば、誰だって口を喋らなくなる。そして、相手に支配されるがまま受け入れていくしか道がないのだ」

「では……それを恐れて関係を続けていたと?」

「ああ、革命派関係者は常に俺たちを監視していた。阿片や禁輸品の密輸に関しても、書類が偽装されたものである確認のために二重のチェックが行われていた。下手にミスをして偽装だとバレてしまった相手には厳しく制裁を加える。持ち逃げしたりした回収人に至っては、歯を全部抜かれた上で路上に放置された例もあったんだよ。そんな状況で革命派関係者を裏切ってみろ。たちまち内通者によって居場所をばらされて殺されてしまうんだ。だから関係を続けるしかなかった……」


男の供述の通り、他の容疑者も同様の言葉を口ずさんでいた。

革命派関係者は容赦なく相手に制裁を加えて恐怖支配によってマインドコントロールをしていたのだ。

革命派は人格否定だけでなく、裏切り者への粛清事案などを数多く行ってきた。

それは内戦が終わった後も続いており、治安が悪化した都市部を中心にゲリラ戦のようにしぶとく本土に残った革命派の戦闘員は地下に潜り抵抗を続けた。

そして、革命政権を打倒した欧州協定機構を恨み、その中心的な役割を担っていたフランスに協力していた人間に対する報復行為も各地で行われていた。


フランス軍に物資などを供給していた交易商店の店主に至っては、一家巻き添えにして切り刻んだ上で店に放火したり、フランス軍兵士の相手をした娼婦などを連れ去り、村の広場にて串刺しの状態で放置したりなど、その狂気はとどまることを知らなかった。

スコットランド政府の警察機関も事件に関することを把握していたが、これを大々的に報じると自分達への報復攻撃が行われることを恐れて公の場で発表することは控え、革命派の関与ではないという風に報じたのである。


占領下に置いていた農村部や都市部では革命派の残党が生き延びていたのも、こうした精神的恐怖支配による影響が大きかったのである。

サン=ジョルジュにとっても、これは衝撃的であり……捕まえた革命派の関係者の中でもやむを得ず協力していた者達であっても、極刑に処さねばならない。

気の毒ではあったが、彼らの状況などを考慮しても必要な措置であった。


後世において革命主義者に対する防衛裁判と称されたこの裁判において、サン=ジョルジュが担当した逮捕者への判決のうち、銃殺刑を含めた死刑が54人、積極的自白と証明などを行って死刑を免れても仮釈放なしの終身刑に処されたのが12人、懲役15年以上の刑に処されたのが7人であった。無罪になった者は一人もいない。


そしてグレートブリテン島全体で行われた裁判では、実に1856人が死刑となり、その日のうちに刑は執行された。これは戦時下を除いて正式な裁判記録の中でも塗り替えることのない死刑執行の世界記録に認定されている。



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― 新着の感想 ―
テロリストに見せしめに酷い目に合うのが嫌だから協力すると言うのなら、密告せずに政府に捕まるよりもテロリストに見せしめに殺されたほうがマシな目に合わせた方が効果的だと思いますけどね。 それにほら、家族を…
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