898:娘について
結婚式はまさに人生の晴れ舞台と言っても過言ではない。
ほとんどの人は一生に一度の大イベントであり、貴族や農民問わず特別な一日となるのだ。
この時代の農民同士での結婚であれば、ケーキなどの甘い菓子であったり、普段はあまり食べられないような料理などを作って村中で祝ったとされている。
フランスの場合だと、農民が結婚した新郎新婦を祝しながら野外フェスティバルのように、ほぼほぼ祭りに近い感覚で祝い、踊ったりダンスをしたりしていたという。
こうした踊りなどを楽しんで村全体で祝えることが当時の農民にとって『最高の贅沢』を味わえたという。
前に一度、フランス全土を巡礼した際に村の結婚式をやっていたので、村長に許可を得て家族で飛び入り参加してサプライズゲストみたいな感じで入ったら、それはもうすさまじかった。
「えええっ?!国王陛下がなぜこんなところに?!」
「う、うちらの結婚式に来て下さったんですか?」
「馬車から窓の外を見ていたらここの結婚式の様子が見えたからね。視察も兼ねて見てみようと思ったんだ……村長には許可を取ったけど、参加してもいいかな?」
「どうぞどうぞ!!!」
「おーい皆!王様が来て下さったぞ!!!」
あっという間に集落全体に俺たちがやってきたと知って大勢の人たちが駆けつけて挨拶であったり、食べ物などをくれたのだ。
田舎特有のホンワカした空気という事もさることながら、やはり国王という地位も相まってか、人々からの関心の高さと同時に、国のトップが村にやってきてくれたという事が、彼らにとってすごくうれしかったようだ。
アントワネットもテレーズもジョセフもシャルルもみんなで参加した村の結婚式パーティーは良い思い出になった。
新郎新婦には既に赤ちゃんを抱えており、名前の命名までお願いされたため、男の子ということもあってか咄嗟に「ウィリアム」と名付けておいた。
まぁ、そんな思い出がある一方で王族の結婚式というのは壮大に、かつ盛大に執り行うのが通例となっている。
これは儀式的な意味合いもそうだが、国の王族が結婚するということは、それだけ相手の国に対して敬意を示す為にも必要な行為でもあるのだ。
それ故に、このバランスをどうするかが課題になっているのだ。
何故なら、テレーズの嫁ぎ先であるネーデルラントはプロイセン王国との戦争によって国土の三分の一に匹敵する街が破壊された上に、ロッテルダムやアムステルダムといった主要都市の復旧状況は9割だが、農村部などは6割程度だと聞いている。
戦争からすでに4年以上が経過しているが、それでも地方の復興状況は6割にとどまっている。
これが意味する事は、未だに回復していない地域があり、物流網なども回復途中である場所も多いのだ。
それ故に、あまりにも盛大に豪華絢爛なパーティーをすればこうした国民からの反発を招くことになり、反って質素倹約すぎても国としての威厳が無くなってしまう。
威厳を保ちつつ、テレーズの結婚式を祝うために、俺としては閣僚らと相談して嫁ぐ際に中継地点となっている町に対して、フランス資本を中心としたインフラ投資を行うつもりだ。
金を払えばいいということではないかもしれないが、まず人を働かせるためには資本が必要になってくるのだ。
お金がなければ建設に使う資材や人を雇うこともできない。
そのため、今後フランスから国際路線として鉄道を敷く必要もあるため、これらの鉄道網敷設に必要なレールなどの設置費用なども計上し、フランスの鉄道を主軸にネーデルラントでも使えるようにするのだ。
こうすることで、将来的にはネーデルラントでの行き来も鉄道経由となり、大勢の物資や人員が運搬可能になる。
そうなれば、経済なども大きく発展していくだろう。
フランス産のワインをアムステルダムまで鉄道で運び、そこからノルウェーやスウェーデンに輸出されるようになれば、今よりも大きく時間短縮ができるだろうし、費用も安くなるはずだ。
ロッテルダムやアムステルダムといった主要都市の復興が進んでいる中で、これらの大都市圏との経済的な結びつきが深まるようにしていく。
そのためにも、テレーズの結婚相手としてウィレム6世が決まったのは僥倖であったと言える。
近場である上に、2~3年に1回ぐらいはフランスに帰ってきて孫の顔を見せてくれることもできるはずだ。
流石に遠い場所だと厳しいが、ネーデルラントであれば近場でもあるので行こうと思えば2週間程度で到着できるぐらいの距離でもある。
そう考えれば、現代の自動車や高速鉄道、そして航空機が如何にヨーロッパの距離を縮めたのかを痛感している。
現在の高速手段としては鉄道があるが、これは時速30km前後であり……試験車両で60kmを叩きだしたのもあるが、原則安全運転が行える速度として30km制限で走っているのだ。
現代で時速30kmはかなり遅い部類に入るだろう。
50cc原付バイクの制限速度が30kmなので、現時点で速い鉄道車両も原付と同じぐらいの速度で走っているのだ。
自動車であれば高速道路で100km近く走る上に、飛行機に至ってはプロペラ機で300km、ジェット機では巡航速度で900kmも出るのだ。
なので、この世界の住民にあと2世紀も経てば今の30倍以上の速度で空を飛びまわる乗り物が登場しますよと言われたら、恐らくフリーズしてしまうだろう。
速度のインフレーションが凄まじいからね。
そして、テレーズの結婚式の内容についてだが、これに関しては行く先々で宿泊する街などでささやかなパーティーを開きつつ、経費などは全てフランスが出資することで合意している。
ネーデルラントといえど、自国でパーティー費用を出資するとなれば資金がかかる。
ましてや戦争によって復興途中であり、お金も大いに掛かってしまう。
特に王族の結婚式ともなれば尚更だ。
そこで、フランスがネーデルラント側に費用をいくつか渡して軽減させることにしているのだ。
ネーデルラントにとっても、町おこしイベントみたいなものだ。
フランス王族が嫁ぎにくるなんて早々ないからね。
そうした事も相まって、現在ネーデルラントでは盛り上がりを見せていると大使が語ってくれた。
テレーズが住みやすい環境整備という名目で500万リーブルをすでに出資しており、このうち200万リーブルを主要道路や復興途中の農村部への費用として渡している。
ネーデルラントが元気になれば、フランスもより経済的な結びつきも深まって発展することができるため、WIN-WINな関係になれるというわけだ。
特に、農村部に出資するのには理由があり、人口の多くが農民だからである。
この時代の農民の比率はおおよそ7~8割、都市部で出稼ぎ労働者として来ているのも、次男坊や三男坊だったりするのだ。
彼らの故郷や地元が復興していくと聞けば、王族に対する尊敬であったりフランスへの友好度も上がるのだ。テレーズとウィレム6世との結婚によって、双方の国民感情はより良い方向に向かうだろう。




