888:オールエイト
軍港の置かれているカパイシャンが無事であれば、カパイシャン経由でポルトーフランスへの物資輸送を行う必要があるだろう。
海上輸送が恐らく最善かつ最短で赴けるだろう。
陸路という手段もあるにはあるが、陸路の場合はハリケーンの影響で土砂崩れであったり河川などが反乱を起こして橋などが崩落している危険性を考慮しなければならない。
すでに救援物資などを運んでいると思われるが、それでも無事な道などを手探り状態で探す必要があるため、ポルトーフランスへの物資輸送などは限られた状態で行っているのだろう。
ポルトーフランスの港をより大規模に整備しようと計画を行おうとしていたのが、今年の7月頃でありそのための資材などを運んでいる最中に行った今回のハリケーン被害……。
現時点で(被害発生からの速報値において)数百名の死傷者を出していることを踏まえれば、最終的には数千人規模が直接的な被害によって負傷もしくは死亡した可能性が高い。
それでいて、これらの被害状況を察するに砂糖やコーヒーのプランテーション農園もそれ相応の被害を受けた可能性が高い。
欧州協定機構軍の中南米地域への補給路としての役割を担うことになっているサン=ドマングだが、ここでの復旧作業を急がせる必要があるのも事実。
特に、北米複合産業共同体からしてみてもサン=ドマングを襲ったハリケーンが南部地域に上陸して被害をもたらしている可能性が高い。
現に、カパイシャンへの被害は殆どないと報告を受けた。
故に、ポルトーフランス地域にハリケーンの直接的な強風と線状降水帯が発生して被害をもたらした可能性があるのだ。
つまるところ、サン=ドマングとキューバの間を抜けてフロリダ州のマイアミ辺りに上陸した可能性が高い。ハリケーンのカテゴリークラスに関してはそこまで詳しくは無いので何とも言えないが、位置的に東寄りに向かって進路を進んだのだろう。
デオンにその事を尋ねると、どうやら北米複合産業共同体の支配地域でも被害が発生していることを把握しているようだ。
「北米複合産業共同体の方もハリケーンの影響を受けていると思うのだが……そっちは情報とか入っているかね?」
「それに関しましては、フロリダ辺りに上陸して南部の綿花生産地を直撃したとされております。現在調査を続けておりますが、第一報ではマイアミの港で相応の被害が生じているとのことです」
「やはり、今回の被害は北米複合産業共同体の南部地域で大きそうだな……」
「まだ続報が入ってこないので、詳細に関しては推測を行う程度ですが……規模からして港湾地域を含めて浸水した可能性があります。内容では港だけでなく街が海水に浸かったと記されています」
「海水に?治水工事を行っているはずなんだがな……恐らく、防波堤を超える高さの波がハリケーンと一緒になって混ざって押し寄せたんだろうな……」
「伝手の間では、マイアミが壊滅したため隣の州に赴いて魚などを荷揚げしているそうです。そのくらいに被害が著しいものになっているとのことです」
北米複合産業共同体でも被害が深刻のようだ。
中南米地域への軍事侵攻を行おうとしている矢先に、これだけのハリケーン被害があれば嫌でもリソースをハリケーン被害の大きい南部地域へ振り分けないといけない。
何故なら、ここでそうした自然災害の被害を放置してしまうと、国内の反体制派などが反乱の口実に利用してしまうからだ。
この時代ではとくに、天災後の対応に失敗すると武装蜂起という形で民衆が反乱を起こすことが多かった。
日本では飢饉の際に業を煮やした大塩平八郎が反乱を起こして大塩平八郎の乱として有名だし、いくつもの災害や飢饉、そして国内情勢の悪化などによって科挙の試験に失敗した末にキリスト教をベースに自身を救世主と見なして反乱を起こした太平天国の乱なども有名だ。
とどのつまり、社会情勢の不安もさることながら、天災の対応を間違えてしまうとそういった反乱行動などが抑制できなくなるということだ。
「くれぐれも、避難民等に関しては人種の隔たりなく支援を行うように陸海軍の兵士には厳にしておいてくれ、白人種ばかり優遇するようなことがあれば、有色人種が反発して暴動や反乱の火種になりかねない」
「無論です。そのためにも国土管理局をはじめとした省庁であったり、軍でも有色人種に対する差別などを禁じる法などを制定しております。ただ完全に無い保証は出来かねますが、避難民に対して人種によって食糧などの物資の量を減らしたりするといった行為がないように、憲兵なども動員して監視することを決めております」
「有り難い、是非とも頼む」
有色人種への差別をなるべく減らすことが重要だ。
まだこの時代では有色人種に対しては白人種よりも劣っているというマイナスイメージが多く残っており、特に黒人種に至っては人間扱いしない人もいたぐらいだ。
21世紀になっても人種差別が無くならない主な原因というのは、白人種が長年信じてきた遺伝子的な優性遺伝子論と近代文明の基礎を作った実績が下地にあるからだ。
つまるところ、文明を飛躍的に向上・発展させたのは欧米諸国であり、アジア地域やアフリカ地域などはそれに遅れていたのも事実。
20世紀に入って日本が、21世紀に中国が世界の名だたる大国に躍り出たことでアジア人に関してはある程度は認められるようになるも、欧米諸国では自分達が神によって選ばれたと考えている人が多いこともあってか、日本人をはじめとしたアジア人が差別される事が多い。
こうした人種差別的な事をより露骨に行っても問題ないとされていたのが近代欧州だ。
無論、国王命令でそういった差別をなくすように法整備をしているが、今後どうなるか……。
そして、天災対応に関しては対応を間違えるととんでもないことになるのは歴史が証明している。
言わずもがな、現に救世ロシア神国なども反乱を起こした理由が、農民に小麦などの農作物の収穫の取立を強制した結果起こったともいえるし、天災などが発生すれば社会不安や政情不安と合わさって最悪の結果を産み出す事になる。
この世界の日本では、それが現実のものになっている。
浅間山大噴火によって史実の噴火よりも極めて大規模な噴火となってしまい、江戸が廃墟となっていると聞いてとても驚いた。
史実でも飢饉などが起こって田沼意次が失脚する要因にもなった浅間山噴火だったが、こちらの世界では人的被害もその後の経済的被害もバカにならない程に悲惨なことになっていた。
江戸の都市機能が完全に麻痺したことで幕府の機能を京都に移転し、御所において朝廷と徳川幕府が公武合体体制を作りあげるとになり、政治機能を京都、経済機能を大坂に移転させたのだ。
特に、東北地方では元盗賊団によって結成された「鉄門組」なる組織が東日本地域を実効支配しており、現在幕府軍が総力を挙げて掃討作戦を行っているらしい。
歴史が大きく変わっているため、今後のアジア情勢を読むことが難しくなるだろう。
本年も読んで下さりありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。




