880:大陸貫通作戦
北米複合産業共同体との戦争は、おそらくこの世界において大西洋を横断する上に、大規模なものに拡大していくだろう。
特に、北米複合産業共同体は首都をニューヨークとしているが、複数の都市部に【地方支部】を設置しているため、首都を電撃的に占領したとしても地方支部が健在であれば、戦争を継続できるように役員なども構成していると伺っている。
デオンがアンソニーとジャンヌの教育を受けた部下を使って調査を開始した結果、北米複合産業共同体の多くが東海岸地域で開拓事業を開始している。
そのほとんどが蒸気機関を使って森林を伐採し、国内の複数箇所において要塞や砦を建設しており、既に我々が軍事行動を開始した際の対応を実施するようだ。
手早いかもしれないが、あの国は企業国家であるため建設事業なども国営企業が担って実施している。
厳しいノルマ制限があるため、こうしたノルマを達成するために多くの【手抜き工事】があることがデオンが資料付きで説明してくれた。
「こちらをご覧ください。こちらは1788年度に北米複合産業共同体において使われた資材費の価格ですが……1792年の時には資材価格が1.7倍に膨れています」
「ヨーロッパとの交流が救世ロシア神国を除いて疎遠になっていたからね……でも、これだけ価格が上昇していれば費用もかなり嵩んでしまうのではないか?」
「それが、要塞や砦で使われた資料も入手したのですが……費用は増えるどころか逆に減っているんです。予定ではフランスの通貨換算で200万リーブル必要な建設費用が150万リーブルにまで減っているにもかかわらず、当初の予定通りの建設設定になっております」
「……予定よりも要塞の面積を小さくしたとかではなくて?」
「要塞は通常通りの大きさです。それでいて、現場ではコストカットと称して多くの建築資材を使わずに木材などを混ぜて建設したという証言が出ております」
「所謂、中抜き工事というわけか……」
ノルマが厳しくなればなるほど、そのノルマを達成させるために不正行為が横行しやすくなる。
これは日本だけではなく世界共通のようだ。
要塞建設として使われる予定だった資材も実に3分の2しか使われておらず、本来であればレンガを何重にも折り重なって補強しなければならない壁であっても、その壁の補強に使われる粘土なども木材などを多用して費用を抑え、それで『目標達成』をしているそうだ。
要塞であれば、必ず強固にしなければならないのに……。
それをせずにノルマ達成を最優先するということは、それだけにノルマ未達成時の罰が厳格なのだろうか。
恐らく、こうした過剰なノルマ達成のために役人に賄賂などを通じて『目標を達成している』という風に報告するのだろう。
本来であれば未達成の目標でも、ノルマを上回るペナルティーや叱責や左遷などを恐れて何も言えなくて、ズルズルと引きずってしまう……。
日本のブラック企業でありがちな『負のスパイラル』に陥っているのだろう。
北米複合産業共同体に勝利できるとすれば、そうした『組織内部の過剰なノルマ』に付け込んで、生産設備であったり武器や弾薬などが粗悪品になっているケースだ。
「要塞の建設でこれだけのボロが出ている状態だ……武器や兵器に関しても粗悪品が出回っている可能性はどうなっている?」
「そちらも調査いたしましたが、やはり精鋭であったり首都のニューヨークを防衛している部隊を除いて、地方都市に配備されている軍の装備品は粗悪であると諜報員からの報告があります。新大陸動乱の際にグレートブリテン軍から接収した武器を使いまわしているのは勿論ですが、蒸気兵器なども過剰な性能要求に耐えきれない個体が多く、多くが稼働が殆ど出来ていない状態だそうです」
「では、仮に北米複合産業共同体と戦争になれば、フランス軍や欧州協定機構軍は技術的にも生産能力の面からも北米複合産業共同体に対して有利になれるという事で間違いないかね?」
「はい、貿易相手国が自国内でしかないため、州ごとに経済圏を置いて生産を行っている状態です。南部地域はケシ畑や小麦や酪農が中心であり、北部の東海岸地域が工業力の中心地点として活用されている状態ですので、我々が戦場で南部地域から離反者を多く出せば、北部単体だけでは食糧が確保できなくなるため、この作戦を実行に移す際には南部地域に上陸・占領を実施するのが陸海軍の総意でもあります」
ある程度の工業力があるが、それに見合った水準の製品が出来上がっていない。
これは大日本帝国を例えるなら分かりやすいかもしれないが、太平洋戦争開戦初期には工業力で勝る米国相手に戦術や戦闘機のパイロットの技量が上回り、東南アジア地域を一気に占領して領土拡張を行うことができた。
だが、ミッドウェー海戦後は海上戦闘において負ける事が多くなり、当時最新鋭のレーダー探知機などを搭載した米軍と対峙した日本軍は技術的にも劣勢になり、連合艦隊の主軸であった瑞鶴などの空母が壊滅し、物資や燃料不足によって戦争末期には粗悪なガソリンや部品を使った武器や兵器しか生産できなくなったのだ。
戦闘機に関しても、高性能のエンジンに使われる部品が不足していた為に、満足な性能を引き出せない状態であったと聞いている。
有名な逸話では、雷電と呼ばれていた局地戦闘機が米軍に接収されて高品質なガソリンとオイルを補充したら、本来の性能が引きだせたという話があるぐらいだ。
つまるところ、粗悪な状態で生産することが日常化してしまっている現状では、戦争が始まれば重要な武器や兵器が摩耗していく上に、粗悪品から容赦なく壊れていくものだ。
北米複合産業共同体には地の利というものがあるにせよ、粗悪な物を作ってノルマ達成を日常化させているのであれば、最新鋭の蒸気兵器に関しても首都や精鋭に配備されている『規定通りに作られた標準品』を除けば、脅威となるのはパルチザンだろうか……。
「だが、いくつか懸念はある。北米大陸に逆侵攻する際には欧州協定機構軍が連携して拠点となる地域を確保する必要があるのと……現地住民の抵抗がどれだけのものになるかが心配だ」
「それに関しましては現地における調査などを踏まえた上で、拠点は南部のフロリダとテキサスを拠点に欧州協定機構軍の駐屯基地を設ける予定となっております。東部地域は要塞の数が多いですが、南部地域はそれほど多くはなく、武装している兵士の数なども限られております。また、パルチザンの懸念に関しましても、現地では住民への軋轢が生じないように徹底した軍規の統一化と、スパイの炙りだしも行っていきます。スパイに関してはこちらで見分け方なども行っておりますので、国土管理局が主体になって行います」
「うむ、くれぐれも現地住民との軋轢が産まないように占領している際の統治に関しては国土管理局が治安維持の面で行動することを許可しよう」
北米複合産業共同体との戦争になった際の対処法なども議論が交わされていく。
そして、来たるXデー……恐らくこの世界で俺が生きている中でも最大規模の戦いが起こるまでの時間的猶予の中で、科学的にどこまで進歩できるかが注目だ。




