878:モスクワ前哨戦(下)
集落を次々と攻略していたスウェーデン軍であったが、クリンの町に関しては要塞化が進んでいたため、これらの街を攻略するために包囲戦を展開することになった。
足の速い騎兵が駆け出していき、クリンの町に次々と物資を運んでくる救世ロシア神国軍の補給部隊を遮断しようと突撃を敢行するのだ。
騎兵による突撃を行ったのは、スウェーデン軍の中でも精鋭と称されていた『第8騎兵旅団』の者達であり、バイキングの血が色濃く反映されたものであった。
兜や剣などもバイキングの先住民を意識した作りとなっており、昔ながらの騎兵による突撃を主とする部隊でもあった。
プロイセン王国との戦いでは、主に市街地戦闘ではなく都市郊外における平原での戦いに駆り出されており、平原を集団で駆け巡りプロイセン王国軍と対峙、そして殆どの戦闘で勝利を飾った誉と確かな実績のある舞台であった。
生半可な銃では銃弾が弾かれてしまう重装騎兵ということもあり、補給として殆ど武器を持たずに行動をしていた補給兵の大半が大混乱に陥った。
「敵だ!敵の騎兵部隊が突入してきたぞ!!」
「なんだと!前線の突撃兵たちは何をやっているのだ!」
「くそっ、回り込まれてしまう!防衛だ!とにかく防衛するんだ!」
「鉄砲隊はどこにいる!最前線から呼び戻せ!」
「どうすりゃいいんだ!俺は何にも武器すら持っていないんだぞ!」
「護衛の少年兵の多くは槍だけだ!こんなんじゃ騎兵に嬲り殺しにされてしまう!早くにげろ!」
補給部隊の護衛を任されていた少年兵の多くは、木の棒や鉄の棒を鋭利にして槍として使用していたものの、迫りくる重装騎兵の恐怖に耐えきれず、泣きだしたり腰を抜かしたりしてしまって身動きが取れなかったのだ。
「立てっ!ピョートル降臨神様に我々の勇姿をお見せするのだ!」
「そっ、そうだ!神様が見ていて下さるのだ!」
「我々を守ってくれる!」
「さぁ、態勢を整えて挑むのです!」
補給部隊の多くがクリンの町に入る前に分断され、モスクワ方面に逃げる者がいれば、クリンの町に逃げ込んで徹底抗戦をする者もいる。
ただ、少年兵の多くは蛮勇ながら戦うことを選び、重装騎兵に向かって槍を構えて刺し違えてでも傷を負わせる覚悟であった。
これは徹底した教育による賜物であり、同時に彼らには明確な敵対意識があると判断されて殲滅の対象になってしまったのである。
それを見ていた重装騎兵は戸惑いながらも、軍の障壁となる少年兵を蹴散らしていくしかない。
「こりゃまるで演習だな、弱腰の連中しかないないぞ!」
「見てみろ、ありゃまだ10歳以下の子供たちだ……子供まで動員しているとはな……」
「しかも殆どが非武装と来たもんだ。一気に押し畳むぞ!」
「道を開けろ!死にたくなければモスクワまで戻って逃げるんだな!」
剣を振りかざして襲い掛かってくる騎兵の出現によって、勇敢にも立ち向かった少年の多くが馬に蹴り飛ばされたり、振り下ろされた剣によって身体や頭を真っ二つにされて絶命していく。
補給線を寸断する目的で突撃を敢行する騎兵隊を停めるには、人間による津波しかない。
槍などを構えた少年兵らが一致団結して、自身すらも「盾」となって立ち向かうのだ。
「引くな!ここで引いたらモスクワにいるピョートル降臨神様まで向かってしまうぞ!」
「食い止めるんだ!俺たちが食い止めなきゃ!」
「早く、早く馬に向かって突撃するんだ!!」
馬に向かって突進を敢行する少年兵たち。
400kg以上で高速で迫ってくる生き物を食い止めるべく、馬の足元に潜り込もうとしていく。
それを無慈悲に踏みつけていく騎兵隊。
少年兵らの頭蓋骨であったり、身体の肉や骨が砕けていく音が響き渡る。
それでも、騎兵隊は作戦を遂行するために止まることはできないのだ。
立ち止まってしまったら最期、少年兵であっても槍や鎌などで喉元を掻っ切られてしまう。
落馬してしまった騎兵隊の兵士の末路は悲惨だ。
特に敵陣に取り残されてしまった兵士の多くは、少年兵によって徹底的に撲殺であったり喉元を切られて絶命してしまう。
故に、立ち止まることはできない。
複数人の兵士が落馬してしまうが、それを振り返らずに補給網を遮断していく。
騎兵による突撃は効果的であり、クリンは6時間程で包囲されたのだ。
旧ロシア帝国領へ向かう補給庫としての役割を担っていた街が包囲され、分断された部隊は町の再奪還を試みる。
「くそっ、スウェーデン軍の騎兵隊によって遮断されたぞ!」
「早く!早くクリンを取り戻すんだ!でないとやられてしまうぞ!」
「もう弾薬がない!マスケット銃は撃ち尽くした!」
「火縄銃!火縄銃でまだ弾が残っているのを集めて集中突破するんだ!」
ただでさえ、配備が少なかったマスケット銃も弾薬が尽きたのだ。
辛うじて残っていた火縄銃による集中射撃を試みる。
先頭集団に向けて発砲をするも、指示目標が定められていなかったこともあり、射撃のタイミングなどもバラバラになってしまう。
結果として、クリンの町はじわじわとなぶり殺しにされるようにスウェーデン軍によって『解放』されていくのだ。
突入した歩兵隊が町の中で抵抗を続けている救世ロシア神国軍の農民兵を近代武器によって殺していく。
それは機能的かつ流動的であった。
町に立てこもった農民兵や少年兵の数は6千人程度。
数的には彼らが有利であったが、十分な装備品を持たない彼らは遠距離から攻撃されたり、スウェーデン軍が放った火によって焼かれていく。
これは、ゲリラ戦によって苦しめられたロンドンの戦いであったり、ベルリンの戦いで経験した知識を活かして、敵兵士が立てこもっている大きな建物などは集中的に破壊するように軍部から指示があったためだ。
町の中に突入した兵士達は、瞬時に着火できる発火剤によって爆弾の導火線に着火をしてから建物に投げ込んでいく。
投擲兵たちは小型の爆弾に火を付けてから投げ込んでいき、そのたびに爆弾が破裂する音と、人間の身体が裂けて骨などが砕けていく音が町の中にこだましていく。
「今からでも遅くはない!白旗を掲げて投降しろ!」
「投降すれば命は助けてやる!」
「無駄な抵抗をすれば、容赦なく殺す!」
スウェーデン軍の兵士は大声で叫んだ。
だが、救世ロシア神国軍の兵士達はそれを拒否してしまう。
ピョートル降臨神への最期の忠誠と言わんばかりに、彼らは残っていた阿片を服用して、無痛の兵士となって襲い掛かってきたのである。
そうした蛮勇な突撃によってクリンの町は大勢の死体の山が積み上がっていった。
6千人もいた農民兵や少年兵のうち、自死をしたり無謀な突撃を敢行して死んだ兵士の数は述べ5850人にも及ぶ。
残りの150人は高等教育を受けていたり、自死をすることを拒んで物陰などに隠れていた。
クリンの町における惨状は、スウェーデン軍による徹底した掃討作戦と、救世ロシア神国軍の教義によってもたらされたのだ。
この惨状を、スウェーデン軍の兵士達は眺めながらモスクワになればさらに輪を掛けて酷い状況になることを覚悟するのであった……。




