875:サンドジャム
一般将兵向けに作られたクッキーやビスケットも、ミュール氏が作ってくれた。
高カロリーで兵士達が携帯するクッキーとビスケットという事も相まってか、味に関してはかなり質素なものになっている。
元々、ビスケットなどに関してはフランス語から由来されたものであり、ビスキュイという名称で親しまれている。
その上、サブレなども開発されて兵士に支給するようになったそうだ。
皿に綺麗に盛りつけを行った上で、ミュール氏が解説をしてくれたのだ。
「ここにあるクッキーやビスケット、それにサブレなどは後方支援の調理場などでも作られたものですよ。私も給仕兵として招集された際に、こうしたお菓子などを作っておりました」
「成程……やはり、こういった焼き菓子のほうが戦場では評価が高いのかね?」
「そうですね、本格的なお菓子となると士官や将校向けとなっておりますし、一度に作れる量なども堅パンやクッキーのほうが多いので、大勢の将兵に沢山作れるので、コストに見合った料理となります」
「成程……では、原材料なども色々と工夫しているというわけだね」
「その通りです陛下。特に、味付けに関してはかなりここ数年で格段に良くなりましたよ」
ミュール氏曰く、プロイセン王国との戦いにおいて、かの地域から迫害されたプロテスタント系の教会関係者であったり、菓子職人などが大勢避難民や亡命者としてやってきたこともあり、彼らの国で作られていた技法などがフランスに流れたのである。
特に、アーモンドや砂糖などを使ったマルチパンなどの技法が入ってきたことで、スイーツなどの種類も史実に比べて豊富になった。
アントワネットも良く食べている菓子の中にもプロイセン王国由来のものが増えたのも、このためだ。
とはいえ、原材料なども軍に支給される量は規定された量までしかないため、これらの菓子に関してはフランス軍内部でも、嗜好品として高級菓子を兵営地にて酒保で購入できるようにする流れになりつつあるのだ。
「酒保で売れるようにする方針に決めているみたいですし……堅パンやビスケット類は生産が容易に出来ますので、これらの食材を使ったスイーツなども考案されております」
「というと……やはり保存食であるジャムなどを使って、フルーツジャムサンドにしたりする方式が流行しているのかね?」
「その通りです!レモンやリンゴなどのフルーツ類のジャムであれば、大勢の人たちが利用できますし、何よりも保存が利きます!こちらに用意しております」
「ほぉ……これが……」
「実践してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
ミュール氏がプロイセン王国との戦いで実践したやり方を見学することになった。
まず、クリームなどを片方の堅パンの上に乗せる。
そして、クリームの上にイチゴやレモンなどのフルーツ類をたっぷりと乗せてから、さらに堅パンで挟む……。
高カロリー爆弾のような代物が出来上がったわけだが、これが兵士の間で人気だったフルーツ堅パンサンドというものらしい。
アントワネットとランバル公妃は、その豪快な盛り付け方に驚いて目を丸くしている。
それ食べてもいいのかという目をしているほどだ。
「堅パンにクリームを乗せて、さらにジャムなども付けて挟むのですか?!」
「そうです。こうすることで一気に満腹感を得られることができるのです。戦場ではこうした甘いものがとにかく兵士に好まれたのです」
「そうなのですか……食べてみてもいいでしょうか?」
「ええ!どうぞ!堅パンですのでこぼれやすいのでお気をつけてください」
堅パンフルーツサンド……。
見た目としてはフルーツサンドイッチを連想させる見た目なのだが、堅パン特有の固い生地がしっかりと噛み応えのある味わいを醸しだしており、それでいて甘味の強いクリームとフルーツ類が噛んでいくうちに口の中に甘味として広がっていくのでとっても美味しい。
最前線では流石に作れないそうだが、後方支援として酒保で売っていたジャムなどを使って考案された食べ物とのことだ。
日本の柔らかいパンとかではなく、堅パンで食べるので本家よりもサクサクとした食感を味わいながら食べることができるという点では素晴らしい。
やはり17世紀頃には製造方法が確定していたホイップクリームを使って、こうした即席の甘い菓子のほうがいいかもしれない。
現に、アントワネットとランバル公妃は、堅パンフルーツサンドを食べると、美味しそうに食べている。
やはり甘味は女性にとっても幸せになれる秘策のようだ。
「この堅パンフルーツサンド……見た目もさることながら、女性でも食べやすい大きさなのでいいですわね!」
「堅パンの上に、クリームとフルーツが乗っている事も相まってか、食べている際にクリームの甘味が口の中に広がってくるので、甘味を十分に味わうことができますわ!」
「ええ、そうでしょう。そうでしょう。甘味もそうですけど、やはりフルーツの甘味をクリームで挟むほうがより甘味を引き立てますので、この甘味を味わうためにクリームでコーティングしたものが人気だったのです。私も給仕兵としてこの堅パンフルーツサンドを作るように命じられたため、一日中作っていたこともあったぐらいです」
「そんなに……多くの兵士を虜にしたのですね……!」
「一日中……クリームを作るのも大変だったでしょう?」
「ええ、手が腱鞘炎になりかけたこともあります」
ミュール氏はそう言って笑いながら自身に関するエピソードを交えながら語ってくれた。
一般兵士の間では、高級菓子よりもクリームとジャムなどに漬けたフルーツを使った菓子が広く好まれていたようで、現に売り上げという意味合いでは十分に元が取れるほどに収益をあげていたようだ。
そうした事も相まって、ミュール氏曰くバターなどを使ってカロリーを多くし、それでいて保存しやすいように包装用紙などを敷き詰めた甘味保存食を作った方が無難であると語ってくれたのだ。
「陛下のお気持ちは本当に一般将兵にとってありがたいことです。我々としても、給仕兵として調理が簡単であれば、それだけ準備や用意などもやり易いこともあって、次に食べる人のために沢山つくることが出来ますから……」
堅パンフルーツサンドを食べていて、俺の脳裏に電流が走る。
これであれば、最初からクッキーのように焼いて出せばいいのではないかと……。
「そうか……では、現地でも食べやすいようにクリームサンド状にしたクッキーを大量生産して、売店で販売する方式はどうだろうか?そのほうが給仕兵の負担を減らせると思うのだが……」
「それはいいアイデアですね!これは生クリームを使っておりますが、クリームを焼いてコーティングすれば長持ちできそうですね!」
「あと、予めクッキーなどに型を作ってクリームが入りやすいように中央にクレーターのような穴を開けた方がいいかも……これを次期歩兵携帯兵糧食として採用したいのだが、作ってもらえるかね?」
「そうですね……私でよければ、このお菓子を作ってみたいと思います!」
色々と話した結果、クリームサンドクッキーがいいのではないかという結論に至った。
焼いた状態であればクリームも長持ちするし、通常のクッキーよりは消費期限が短くなるのが欠点だが、それでも甘味の確保という意味では今日は大きく前進したと言える。




