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869:当行(上)

★ ★ ★


1794年5月19日


日本 大坂


大坂では、大規模な出陣式を迎えており、近畿や九州からかき集めた総勢30万人の兵士が列を組んで大坂を立つ。

出陣という行事は江戸時代では滅多に行われなかったこともあり、久しぶりの出陣式という事も相まって、街道では多くの市民がその様子をみていた。


「ほんま、えらいぎょうさんおるなぁ……みんな兵隊かい」

「なんでも、これから三つに分かれて鉄門組の地域を奪還しに行くそうだぞ」

「そんなに……三つ言えば上越に向かうのと、東海道と中山道を通じて江戸を目指すものだ。どちらも先の浅間山大噴火によって信濃や伊豆より東の地域は整備がされておらんそうだ」

「その中を行くということか……中々に難しいのう」

「せやかて、このまま日本の半分が鉄門組に支配されていい理由にはならん。鉄門組が奪った土地を奪還するのは使命だと将軍様が語っておったそうじゃ」

「そうか、将軍様の直々の命であれば皆もやる気でるがな」


上越方面から北上するルートと、東海道、中山道を通じて江戸を目指すルートで、それぞれ大規模な軍を編成し、派兵することになる。

これはこの世界における日本史において、天下分け目の戦いと称された関ヶ原合戦の時よりも、さらに規模を大きくしたものである。


浅間山大噴火の際に財政改革によって餓死者を出さずに乗り切った奥殿藩藩主の松平乗友まつだいらのりともや江戸からの避難民を多く受け入れて、徳島藩の開拓に尽力した蜂須賀治昭はちすかはるあき……そして、蘭学者などを抱えてフランスとの交流を積極的に行い、武器・兵器の製造方法などを指南した薩摩藩藩主の島津重豪しまづしげひでなどの人材をリクルートし、彼らに兵站に必要な資材や食糧の計算であったり、兵に必要な物資の調達などを任せる地位を与えたのだ。


軍事に精通していた乗友は陸軍大臣としての地位に当たる軍務総裁。

治昭は兵站などを司る補給など後方支援を担う兵部大輔。

重豪には武器・兵器の製造管轄を行う兵務所所長としてそれぞれ公武幕府によって新しい地位と任務が与えられた。


当初は将軍から厚い信頼を置かれている田沼意次が適任であると言われたが、公武幕府で政界での調整役として駆り出されている彼を軍務につかせてしまうと、流石に過重労働になる上に、調整役がいない状態では公家と武家の間で政治的な問題が生じると判断されたのだ。


そのため、三人は大役を任されたことに驚きつつも、幕府が江戸や東北地方の奪還を夢見ていることを踏まえた上で、帰郷を望んでいる江戸の市民たちの願いを託される形で、軍備を進めていたのだ。

遠征4か月前に、乗友と治昭と重豪は三人で会食をした上で、お互いの健闘を祈りつつ物資の調達などについて情報を共有していた。


「兵たちの様子は問題なさそうですか……」

「ええ、皆やる気はかなりあります。特に、江戸から逃れてきた武兵の多くが故郷を取り戻すべく活気に溢れております」

「それは良かった……兵たちのやる気が無ければ戦が成り立たない」

「全員にフランス式の武器を整えさせるのも出来ました。後は戦があっても継続して支援物資を送り込めるかが焦点になりますな」

「フランスの武器や兵器の性能は我が国のものより上だと聞きますが……」

「間違いなく、品質は彼らが上ですな……均一化された部品の製造によって質を一定に保つ技術を有しております。我が国の尺貫法ではなく、メートル法という新しい単位を導入していることが大きいかと……」

「我が国にも広く普及させなければならないですな……」

「それに……霜月までには旧仙台藩あたりまでを奪還できれば上出来ですかな……」

「……仙台藩までいけば確かに万万歳でしょう。しかし、鉄門組が徹底抗戦すれば長引きますぞ」

「少なくとも地の利は向こう側にあります。鉄門組に寝返った御家人なども多くいると聞きます」

「早いところ……この分裂している状況を終わらせないとなりません……」


三人の意見が合致しているため、役割分担なども取り決めがスムーズに行われた。

こうした中で、重豪などは武器・兵器の製造に関して尺貫法と並んでメートル法を記載した物差しであったり、図面通りに行えるように部下にメートル法を執り行うことを徹底させた。


これはモデル1777であったり、グリボーバル砲なども日本に輸入されてからしばらくは尺貫法に換算して運用していたが、尺貫法への変換ミスなどによって実に現地生産されたマスケット銃やグリボーバル砲のうち、15%に不備が生じていたことを問題視したためだ。


メートル法に直してからはそういった不備が生じることも少なくなり、公武幕府軍は整った装備品を拡充することに成功したのだ。

前衛を担う鉄砲隊は一新されてマスケット銃が配備され、グリボーバル砲なども多く配備が完了したのである。


この出陣式を多くの市民が物見という形で見ていたが、出陣を行う兵士達にとって、今後の日本の運命を左右する戦いになるのは言うまでもない。

特にフランスから直輸入したグリボーバル砲やマスケット銃の多くが、堺の鉄砲職人によってライセンス生産されており、従来の火縄銃に比べてあっという間に火力と装填が短縮されているとして評価をしていたのだ。


不整地の多い日本では、これらのグリボーバル砲の砲身なども取り外して運搬が可能なようにしており、戦場の手前で素早く組立が行われるように工夫が施されている。

また、マイソールロケット砲に関しても試験運用という名目で少数が導入されており、こちらは花火職人が製造を担当し、今日までに日本では500発ほどが生産されたのである。


その花火職人の多くが江戸から退避した者達であり、彼らは江戸の奪還のために新兵器を作ってくれと命じられて製造している。

……が、江戸っ子気質を受け継いでいる彼らは、マイソールロケットの製造には情熱を注いで製造に臨んだ。


皐月に開かれる祭りに合わせて花火と称してマイソールロケットの製造したものを6発ほど打ち上げたが、この際にどの花火よりも高く飛んでいった光景を見て、人々は竜のように高らかに上るのに例えて『龍登りの花火』と揶揄した。


無論、幕府軍の中にはマイソールロケット砲の射程に関して懐疑的な考え方を持っていた者もいたため、彼らを説得する形で打ち上げられたのは言うまでもない。

野砲ではあるが、従来の打ち上げ花火とは比べ物にならないほどの射程を誇っていた為、これを目撃した武兵たちからも歓声と畏怖の声が上がっていたのである。


「あの龍登りがあればウチらも負ける気がせぇへんなぁ……」

「いうて、あれはここ一番の時にしか使わんそうだ。あれだけの高く登ることができる砲を見れば、鉄門組の連中とて一溜まりもない」

「これで戦に勝ってもらいたいわ」


無論の事ながら、合戦になることを想定して鉄砲隊だけではなく騎馬隊であったり白兵戦の要である槍部隊も多くの装備品を抱えて東日本奪還を掲げる公武幕府の打ち立てた作戦を実施するために行動するのだ。

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