842:無人
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1793年9月18日
「テレーズ、お見合いをする相手は決まりそうか?」
お父様がそう言って私の下に尋ねてきました。
やはりそろそろ結婚するべきなのでしょうか。
前世においては、結婚も政略結婚でしたし……何よりも、世継ぎを残せることが出来なかったので、結果として血筋を絶やす結果になってしまいました。
その事を想うと、結婚に対しては慎重にやっても失敗してしまうのではないかという不安がつきまとってくるのです。
「お父様、以前お話したと思いますが……私は結婚後も子供を残すことができず、血筋を絶やしてしまったのです。もし、この現世においても前世と同じことを繰り返してしまうのではないかと思うと不安で胸がいっぱいなのです」
王族の血筋は替えがないもの。
その貴重な血筋を私の代で絶やしてしまった事に対する後悔が今でも残っております。
こちらでは弟であるスタニスラスとの交友関係も良好であり、フランス革命時に起こった裏切り行為などもないので、彼に対しては前世よりも良いイメージを持っておりますが……。
かつての彼は、私を「兄が遺した形見」程度の扱いであり、王族の末席を連ねているだけの存在であったことも、結婚に躊躇してしまっている要因の一つです。
私の存在は王族の中でも宙ぶらりんな存在となって、最期はこれまでの行いを「これでよかったのか」と嘆いて死んでしまいました。
今、こうしてやり直せているのも、何かの縁なのでしょうか……。
「そうだね、無理に結婚をする必要はないよ。気になっている人がいれば、その人と付き合っても構わないし、無理に結婚をして相手と合わない状態であれば、それこそお互いに不幸になってしまうからね……」
「お父様は結婚相手に要求する事とかございますか?」
「結婚相手に要求することか……強いて言えば、女性関係において派手な人は避けた方がいいかな。それから、選民思想の強い人間はやめたほうがいいと思う。この二点だね。前者は浮気をしたり女性との肉体的接触で性感染症を持ち込んでくるリスクが高いのと、後者は平気で人に手を上げたり人種差別を促進させてくる人間だからね……」
お父様の結婚相手の条件は二つ。
・女性関係が派手ではない事。
・選民思想を持っていない人間
この二つをクリアしていれば、身分は問わないと仰っておりました。
ランバル公妃の一件を受けて結婚基準を取り決めたのでしょう。
あの方は結婚した相手が、性に奔放な方でしたし……何よりも世継ぎを残す前に性病が悪化して亡くなったそうですから、女性関係が派手ということはそうした性感染症を患うリスクも大きく増えるということになります。
また身分の違いで貴賤結婚として差別を受けて、それを苦にして自殺をしてしまったカップルがいたことで、この国では数年前に身分差による結婚は条件を出して合法となり、貴族であっても平民であっても自由に結婚ができるようになったのです。
条件は、罰金刑以上の犯罪歴であったり過激な思想が無い事と、伴侶を養うだけの十分な収入がある事。
この条件を満たせば、相手親が反対しても結婚をしたいと当事者同士が結婚を望めば結婚ができるようになったのです。
私としては、この結婚の制度は大いに賛成ですし、駆け落ちといった行為も大幅に無くなったそうです。
収入面であったり素行に問題が無ければ、貴賤結婚も合法化した上で、貴族の爵位継承なども一定条件を満たせば受け継ぐことができるように法案を改正し、平民における地位向上であったり、元農奴や貧困層の差別是正につなげるためにお父様自ら率先して人々に触れ回ったそうです。
「こういう結婚に関することは一生ものだし、何よりも身分の違いによって結婚することが出来ずに心中したり駆け落ちしてしまう若者が多いと伺っている。愛している者との離別ほど辛いものはない。人として、身分の違いがあるだけで婚姻ができない風習は変えていく必要があるからね……」
「でも、保守派や司祭からの反発が凄かったと伺っておりますが……お父様はどうやって乗り切ったのですか?」
「それはこれを使ったんだよ」
お父様が取り出したのは『国民意見統計表』というものを取り出しました。
これは何なのか尋ねると、お父様は自信を持って答えました。
「お父様、これは……?」
「これは国民意見統計表といって、パリや地方都市から無作為に選んだ市民に意見を聴取したものだよ。老若男女問わず5000人から聞いた結果さ……少なくなくとも統計学としては法の改正や制定の指標を示すに十分な数だよ」
「それで……5000人から伺った結果はどうだったのです?」
「5000人のうち、4200人が貴賤結婚の是正に関して改正を行うべきだと回答したんだ。全体の8割近い人達が改正を望んでいたことでもあるんだ」
無作為に選んだ人達の中で5000人に回答を得たアンケート……。
全国各地で執り行った事もあってか、そのアンケート結果も十分に反映されているとのことです。
貴賤結婚に関する反対意見を、この統計表を使って伏せることができたと語っている当たり、相当詳しく記載などを描き込んだと推測されます、
お父様がここまで結婚に関してアドバイスを送るのも、お母様に頼まれているのかもしれません。
前世よりも距離が近いですし、奔放気質のあった母がここでは一変して常にお父様の傍にいる光景を見て以来、夫婦仲も良好であると考えております。
お母様も政略結婚によって14歳で嫁いできた身……。
14歳での結婚生活も不安があったかもしれません。
私の時に比べれば、革命や内戦といった不安要素がほとんどなかった時代ですし、一番王族や貴族が生き生きとしていた時代でもあります。
こちらでは革命を経験していないので、お母様もあの時の事を覚えていないのかもしれません。
お父様が処刑されて、次にお母様……。
弟は獄中で虐待の末に死に……私だけが家族の中で生き延びたのです。
それからは、私は各国の王族や貴族に取り繕ってもらうことで生き長らえることに精一杯でした。
「私としては、王族に嫁ぐとしてもやはり相手と上手くいくかどうかが不安なんですよね……それに、世継ぎを残せない場合は責められるでしょうし……」
「それは……前世の事を悔やんでいるという事かね?」
「それもありますね……相手の方が性不能を患っていた関係もあって、世継ぎを残せずに血筋を絶やしてしまった事も悔いているというのが正直な感想です。そこをどうにかできればいいのですが……」
お父様は少しだけ考えた後、結婚相手の候補者をこちらで選んでから私に薦めると申しました。
「テレーズ、ここは俺に任せてもらえないだろうか?君の条件にあった人物をこちらで何人か探しておく、もし気に入った人物がいたらその人とデートなりして関係をもってから結婚を決めればいい。少しずつ前に進んでいこう」
「わかりましたわ……」
お父様の提案に、私は一先ず賛成をしておきました。
結婚で幸せな生活……。
果たして、そう簡単に上手くいくのでしょうか……。
お父様の提案に乗ってみましたが、上手くいくかどうかは未知数のままです……。




