833:冷水(下)
さて、展示会を行っている会場を後にして、宮殿の応接室に足を運びました。
そこにいたのは、レオポルトお兄様でした。
今のイタリア連合王国を率いている王国代表者となっているお兄様は、前に見た時よりも見違えるほどに印象がガラリを変わっておりました。
「レオポルトお兄様!お久しぶりですわ!」
「アントワネット!久しぶりだな……いつ以来かな……」
「そうですね……確かプロイセン王国との戦いが勃発する直前にお会いしておりますから、それ以来だったと記憶しております」
「そうか……いやはや、私は本来あまり公国の上に立つような人間ではないんだがね……」
「そんなことはありませんわ!レオポルトお兄様は民のために尽くしているではありませんか!」
レオポルトお兄様は、ヨーゼフお兄様亡き後に連合王国を結成致しました。
本来はトスカーナ公国の統治をお母様より任されていたこともあってか、先見性のある改革統治を実施したことで、北イタリア地域の中でも経済発展を遂げる事の出来た地域として、今現在では周辺のイタリア地域の国々をまとめてイタリア連合王国を結成する際に、代表王国として発言権を有すほどの存在となっております。
現在のイタリア連合王国は複数の国家によって構成されており、連合王国の名の通りバチカンなどを含めた様々なイタリア半島各地の王国が結集して出来上がった国です。
故に、北部地域を中心に発言権があり南部地域では農産物を出荷するために大規模な農園なども開墾されているのです。
「それでもだ……ルイ16世陛下とお約束していた南北間格差の是正は予定よりも進んでいなかったのだ……今では連合王国の格差是正を実施しているが、旧教皇領を中心としたキリスト教総本山地域の反発は想定している以上に激しいものだよ」
「そんなに……酷いのですか?」
「はぁ……酷いも何も……連合王国の代表者として強権を使おうものなら『教皇の命を無視するのか?!』と奴らが吠えてくるのさ……何と言えばいいか……彼らは旧体制からしがみ付いているからそこ、今まで生きてこれたんだ……とはいえ、教皇でもあまり強くは言えない連中が上に居座っているからな……そいつらへの対応で苦労しているよ」
レオポルトお兄様はため息をつきながら語り始めました。
改革が進んでいるとはいえ、中部を中心に根強い影響力を保持している教皇領に関しては、連合王国の一員として組み込まれたものの、その目的が連合王国で発生する資本で産み出される税収目的であり、教皇領内においては教皇の許可なしには新規に工場であったり、港湾施設などを建設することができないそうです。
「しかし……教皇様も蒸気機関であったり最新の技術を導入することに同意していたはずですが……」
「教皇様はな……少なくとも文明の利器であるあの発明品には理解を示してくれているよ。だけど、彼の取り巻きの司祭連中であったり、各地のカトリック教会では蒸気機関の発明を『異端』として認定している事も少なくないんだ。この間も、トスカーナ政府が陸路で蒸気機関の部品を運んでいた際に襲撃を受けたんだ」
「襲撃!?」
「ああ、蒸気機関を『悪魔の発明品』と認定した信仰深い農民が襲い掛かったのさ。幸い技師の人は無事だったが、積み荷として積んであった5000リーブル相当の蒸気機関が燃やされてな……それ以降は教皇領を移動する際には軍も動向するぐらいに厳しくなったんだよ」
「そんな……まるで山賊みたいなことをしているのですか?!」
「残念ながらその通りだ。しかも教会のお墨付きでやっているから質が悪いんだ。単なる犯罪集団であれば軍を派兵して取り締まることもできるが、教会が背後でいるとなれば慎重に対応しなければならない……襲撃していた連中を匿っているし、彼らの多くが保守派の教徒だからバチカンにも関わりがある分、上からの圧力をかけてくるのさ……」
曰く、今の最新の技術を使って工事を進めている際に、蒸気機関が使われているのが『これまでの教えを破りかねない脅威』として映っているそうです。
キリスト教総本山ともいえる教皇領だけでなく、その教皇領で仕えている住民に対しても蒸気機関などの機械を使わないように通達を出している地域もあるそうです。
特に、農村部を中心にその教えを行っている神父がいるらしく、組織的に反科学主義的な発言なども繰り返しているそうです。
レオポルトお兄様が質が悪いと苦言を申し立てていたのも、そうしたカトリック教会の一派が教会の総本山たるバチカンにおいては『信仰深い農民の多くが蒸気機関のせいで職を失うことを恐れています』と申告する一方で、農民への説教を説く際には『蒸気機関は皆さんの職を脅かす脅威となっております!』と語るそうです。
情報媒体などが全て教会の傘下にある教皇領においては、こうした反科学主義的な考え方を持っている神父が多く、彼らは結束して中部から南部に向かう要所においてもトスカーナ政府から輸送される蒸気機関に関しては【特別徴税】を課しているそうです。
「彼らは特別徴税を徴収するんだよ……」
「特別徴税?」
「蒸気機関を運搬している所を見つけて『蒸気機関を輸送するためには必要な運搬費用を払ってください』と急かすのさ……特に、町にいる徴税人であったり権力者を嗾けて税金を搾り取ろうとしているんだ」
「それって……蒸気機関の運搬にコストをかけるためにワザとやっているのですか?!」
「勿論、ワザと以外の何ものでもないさ……こっちが一語一句正しい記載をした書類を持ってきても、あいつらは一時的な盲目になって書類の不備を指摘して税を徴収するのさ……だから陸路での輸送をやめて海上輸送に切り替えているんだよ」
それ故に、南部地域への発展を行おうにも海上輸送を主に使うことになり、陸路での運送なども教皇領が通行徴収所を設けて少なくない金額を接収しているのだそうです。
特に、ローマなどを通じている沿岸地域では1kmの間に3箇所も呼び止められて税を取られた事もあったそうです。
こうした経緯もあってか、トスカーナ政府では陸路ではなく海上輸送を通じて蒸気機関をシチリア王国に運び、そこで組み立てて工場での稼働を行っているそうです。
また、シチリア王国の内紛からもわかる通り……その経済格差なども深刻です。
特に、南部地域では農業が主要産業となっているため、それ以外の金融であったり工場建設なども地元住民の反発などが大きくて、工場建設予定地を計量していた者が刺殺されるといった事件も発生しております。
「今後は統一したイタリア連合王国をまとめ上げておかないとならないからな……課題も山積している中でやらねばならない……いずれお前の助力を伺う時がくるかもしれない、その時にはよろしく頼む」
「ええ、私でしたらいつでも大丈夫ですよお兄様」
決して、新しい文明の利器を使いこなそうとする動きを歓迎しない人達がいる事も事実です。
当面の間は、統一イタリア王国も試行錯誤を重ねて教皇領との問題を解決する事に注力しそうです。




