829:焦土化
焦土化作戦の具体的な内容もこの時に参加している大使などに公開されることになった。
具体的な方法だけでなく、その作戦を実施する地域だ。
「こちらが焦土化作戦を決行する場合に、徹底した井戸の破壊、住居の破壊、耕作地への放火等の行為を推奨される地域になります。旧ロシア帝国領の西部地域一帯で行う必要があるため、避難民や亡命者の受け入れもより大きなものになるでしょう……」
「こっ、こんなに広い場所を焦土化させる必要があるのですか?!」
「残念ながら、救世ロシア神国軍を停滞させて食糧を補給できる状態を阻止するためにはこれが最適解の手段でもあります。彼らは穀倉地帯をすでに占領しているため、一時的に補給を鈍らせることをできるとすれば、現時点ではこれしか方法がございません」
ネーデルラントの大使が思わず言ったほどに地図が赤く塗られている。
ほぼほぼ現代のベラルーシ領の西部地域が焦土化作戦の対象となっており、主に、ポーランドやリトアニアとの国境線沿いにも徹底した破壊を執り行うとのことだ。
確かに……ほぼほぼ数百キロに渡る地域の破壊というのはかなり大規模なものであり、焦土化作戦が決行された場合、西部地域一帯の麦や野菜を刈り取り、井戸を破壊し、住宅なども破壊して彼らが居住できないようにするとのことだ。
「焦土化作戦の有効性は、すでに救世ロシア神国軍と戦争をしているオスマン帝国に駐在武官として派遣されている高官からの情報提供によって立証済みです。イスタンブールの戦いにおいて、退却時にオスマン帝国側は徹底してイスタンブールの街に火を放ち、破壊した結果……救世ロシア神国軍の侵攻速度を大幅に低下させることに成功しております。農村部においても遅滞戦術の一環として焦土化作戦を決行し、彼らの補給網を圧迫して進軍速度を低下させることが確認されたそうです」
「やはり、彼らを”その地で留まらせて食糧などの生産に労力を費やすように仕向ける”ことが大事……というわけですね?」
「はい、彼らも無造作に食糧を産み出せるというわけではありませんし、何よりも最大の食糧生産庫として名高いウクライナ地域からの穀類に頼っているのが現状です。肥沃な土壌ではありますが、そこで生産されている穀類にも限りがあります、それ故に、生活基盤そのものを破壊して居住できないようにし、少しでも遅滞させる必要があります。無論、この作戦を実行する際には最後に退却する部隊が補給不足にならない事、それから避難や亡命を希望するものたちも一緒に脱出させるという事が条件ですが……」
「うむ……今以上に馬車や荷車の調達が急務になりそうですね……」
居住できないようにする理由の一つに、救世ロシア神国軍が大規模に兵力を移動しながらも、その地域において出産であったり、地域住民との強制的な集団交配を重ねて人口を増やし、彼らが人口を増やしながらその地域に土着化している点である。
つまり、生活基盤が整っている地域では、これらの地域に住みついた上で、救世ロシア神国としての教えを広めていく宗教的侵攻の意味合いも含まれているのだ。
これを阻止するべくナポレオンとしてはこれらの農耕地域への放火と破壊を徹底して行い、彼らが地域に住むことを阻止するために、生活基盤インフラの破壊を徹底して行うようにしているのだ。
特に、秋植えのジャガイモなどは12月頃の収穫が見込まれているため、それまでに救世ロシア神国軍が侵攻してきた場合、秋植えの作物が彼らによって収穫されて自給自足の生活が送られる事があるためだ。
それ故に、焦土化作戦を決行して経戦能力を喪失させる必要があるのだ。
最も、ウクライナ正統政府が樹立しているリヴィウ地域を除けば、救世ロシア神国の占領地域となっているウクライナ地方を有していることを鑑みて、大麦や小麦といった穀類の生産能力はかなりあるとみてもいい。
現代ですらあの地域一帯は『世界のパン庫』と称されるほどの穀倉地帯であり、欧州やアフリカ地域に向けて麦を輸出していた重要地域でもある。
ドニエプル川の下流域であったり、キーウ(2022年以前はキエフと呼ばれていた都市)などからも、続々と食糧を補給部隊に送り続けることのできる地域だ。
少なくとも、無茶な食料生産であったりしない限りは食糧不足に陥ることはないのだ。
すでにオスマン帝国との戦争を続けていても、食糧不足に陥っているという話を聞いたことがないので、旧ロシア帝国領の地域から接収した穀物があれば、ある程度の戦闘を継続することが出来るだろう。
それ故に、少しでも彼らの経戦能力を削がせる目的のために焦土化作戦をナポレオンやフランス軍指導部は旧ロシア帝国や欧州協定機構各国に対して承認を取り付けたのである。
とはいえ、この時代の軍隊というのは基本的に後続の補給部隊から食糧を受け取るのではなく、現地での調達……すなわち物資接収や略奪によって賄うことが許されていた時代ということもあり、救世ロシア神国軍も占領地域での略奪もとい、阿片を吸わせて頭を弱らされた後に穀物や野菜などを接収する事例が度々報告されているのだ。
「我々としては、万が一ミンスクを放棄する事態になった時に備えて、これらの地域において徹底した焦土化作戦を実施する計画がございます。麦などの穀物集積所の破壊、それに加えて大型施設の放火……いずれも民間人を脱出させてからになりますが、救世ロシア神国軍を疲弊させるために集積所を徹底して破壊し、補給網を損耗させる作戦となる事でしょう」
「つまり、ウクライナ地域から輸送されてくる食糧に関しても輸送妨害を行う必要がある……というわけですか……」
「無限増というわけではないですが、彼らの補給網を疲弊させる必要がございます。でなければ、後続の部隊からの補給を受けてしまえば、焦土化作戦を実施したとしても2~3年ほどで彼らの力で回復してしまいます」
「うむ……これは今まで以上に厄介な相手ですな」
「阿片漬けで痛みを感じない。それに加えて我々欧州協定機構軍と違って補給に関しては食糧に関しても、人間に関しても心配する必要のない軍隊です。食糧が足りなければ奪うか後続の補給から補い、戦死者が出ても後続から元農奴などから徴兵した兵を無造作に最前線に立たせるだけで兵士になります。故に、相手側は戦い方を何でも選べる選択肢を持っております。……恐ろしい敵なのです。」
救世ロシア神国軍は恐ろしい敵。
ナポレオンですらそう言わしめた。
痛みを感じない阿片を服用して襲い掛かり、それでいて彼らはプガチョフを信仰して命を捨て去る覚悟を持っている。
まるで常に覚醒状態の薩摩兵といったところか。
ミンスク周辺地域においても、救世ロシア神国軍の撃退が失敗し、ミンスクが包囲されるまえにかの都市の生活インフラ機能などを徹底して破壊し、占領されても彼らがそこに生活できる基盤を無くす事を主目標としている。
史実のナポレオン戦争時においてロシア帝国が実施した焦土化作戦よりも、より内容は過激なものになっている。
俺は、会議を固唾を飲んで見守ることになった。




