821:栄光への道
フランスとしては陸軍4個師団の派兵、それからポーランドなどの隣国国境付近への警戒・監視強化などを盛り込んで対応するという事で一致した。
ミンスクに派兵される部隊に関しても、今回はまずは職業軍人を中心とした軍団を派兵することになるだろう。
一般人からの徴兵などは行うことはしない。
すでに動員を解除している上に、ネーデルラント救援であったりプロイセン王国軍との戦いでは近場であったからこそ、大規模な動員が可能だったのだ。
「……4個師団の移送ルートは確保できているのかね?」
「はっ、ダンケルクからグディニャまで海上輸送を使って兵士を運びます。陸上よりも速度がありますので、重装歩兵を中心に野戦砲などを積載して運びます。それ以外の軽歩兵であったり、補給部隊などは陸路でネーデルラント、デンマーク、ポーランドを経由して85日間の日程で行軍し、ミンスクに到着予定です」
「85日か……やはり時間が掛かってしまうねぇ……今動かせる兵士もさることながら、補給の面も考慮してもこれぐらい掛かるというわけだね?」
「その通りです。残念ながらネーデルラントやデンマーク領になったハンブルクなどは、プロイセン王国軍との戦いによって荒廃している都市が多く点在しております。復興こそ進められておりますが、それでも復興率は全体の四割程度となっております」
「四割……まだ半分にも達していないのか……」
「ええ、それに加えて現地の治安なども一時的に悪化した例もありますし、現在でもロッテルダムなどの都市部では復興が進んではいますが、建物が多く損傷してしまった場所などは避難民などが集まってスラム街となってしまっている地域もあります……また、ポーランドでは改革派を推薦する派閥が国王を擁立しておりますが、改革派を狙った暗殺未遂事件なども発生しており、これらの地域の治安や政情は決して安定したものとはいえないのが現状です」
「つまるところ、被害を拡大しないためにも……陸軍は4個師団が限界というわけだね?」
「はい……」
今回は距離が遠すぎる……。
パリからモスクワまでの距離は最短でも2000キロ以上もある。
一日25km歩いたとしても、到着までには80日以上掛かるのは必須だ。
同盟国となったデンマーク領であれば大丈夫だとは思うが、それでもネーデルラントであったり、ポーランドなどは治安の悪い地域の近くに野営する場合には注意が必要だろうし、何よりもそれまでの間に旧ロシア帝国が耐えていないと話にならない。
援軍が到着したら首都ミンスクが陥落したばかりでなく、旧ロシア帝国領全域が併合されていた……なんて事態になったらシャレにならん。
その上、海上輸送を使ってポーランドの港湾都市に入港したとしても最短で80日……到着までに実に3か月近く掛かってしまうのだ。
徒歩で行軍していく歩兵ならば、これから更に日数が重なって10日から14日前後掛かる見込みであるため、さらに時間が伸びてしまう。
補給線の確保であったり、武器や弾薬の供与などで定期的に送るにしても、隣国であるネーデルラントの支援であったりプロイセン王国の首都まで行進したときより、さらに時間も費用も掛かってしまうのだ。
それを加味すると、今のフランスの財政状況や世論を考えても出せる軍隊は陸軍4個師団、海軍は2個艦隊が限界である。
それも、海軍に関しては輸送船を中心とした補給船舶が中心であり、陸軍においても4個師団のうち1個師団は補給に特化した軍団となるだろう。
「1個師団は補給部隊となれば……実際に戦闘を行うのは3個師団ということになるのか……装備の内訳はどうなっている?」
「野戦砲部隊と連射式空気銃、さらにプロイセン王国軍との戦いで鹵獲した装備品などを使って編成した部隊構成となっております」
「なるほど……部隊の数もそれなりに集まっているわけだが、装備品が一番充実している部隊であれば問題ないな……」
「充足率は100%です、全ての兵士が連射式空気銃を所持しておりますので、彼らの戦闘力を鑑みれば諸外国の軍隊に比べても遥かに先進的なものになっております」
「野戦砲部隊にはマイソールロケット部隊も組み込んでいると聞いているが、これらの部隊もどのくらいの投射能力があるのか教えてくれないか?」
デオンに尋ねると、野戦砲部隊にはプロイセン王国軍との戦いで使用したマイソールロケットやグリボーバル砲の砲弾総量の3分の1に匹敵する量を使用する予定とのことだ。
戦争終結後も軍の倉庫に備蓄していた弾薬などを使用するため、実質的に前回の戦争で使われる予定だったが使用せずにそのまま備蓄に回された武器・弾薬の類を使用するらしい。
これらの砲弾であったり歩兵での運搬が難しい重装備品等に関しては優先的に海上輸送を使ってポーランド経由で合流する形で送る手筈を整えたようだ。
輸送船団が運搬する量を含めても、相当量の装備品を運搬するため、これらの運搬に必要な輸送部隊なども2個連隊規模で編成し、前線まで届けるようだ。
実質的に4個師団と2個連隊が参加するわけだが、これらのうち2割弱が輸送や補給に特化した部隊であることを加味すると、それ以上の戦闘要員を派遣できないのは、これ以上兵士を送ろうとすれば国民の不満も溜まる上に、戦争による出費で国の経済システムが傾くとのことだ。
「財務省のネッケル曰く、まだ予備の武器や装備品などを導入することはできるそうだが……陸海軍の人員的な面では動員は無理というわけだね」
「はい、やはり人件費が大きく上がったことにあります。先の戦争で動員した兵士達の慰問金であったり、傷痍軍人となった兵士たちに支払われる傷痍軍人年金の支出額も年々上がってきております。戦死者遺族に支払われる年金であったり、傷痍軍人となった者に支給される後遺症治療費や、義手・義足費用を含めれば、6個師団を編成できる規模にまで膨れ上がって来ております」
「……将来的に、傷痍軍人の数が増えれば増える程、社会の負担も大きくなるからね……」
「これ以上の支出が増えるようになれば、経済的な損失が大きくなって財政の収支は悪化してしまいます。あくまでも、装備面に費用をかけて犠牲を少なくする方針に切り替えるべきであるという意見が宮廷内や財務省で占めております」
「やはり、戦争における負の面が出てきているというわけだな……」
つまるところ、数年前の戦争の傷跡が完全に癒えていないのだ。
防衛戦とはいえ、かつてのナポレオンがロシアとの戦争で敗れたように、第二次世界大戦においてナチスドイツが破竹の勢いでソ連領を侵攻しても、冬将軍を前にどうやって補給網を構築するか?
その一点においても抜かりなく準備しなければならない。
いずれの軍勢がロシア軍ないしソ連軍に敗北したのは、これらの該当地域の冬が極めて寒かった事と、補給線などが冬から春にかけて泥濘となって進軍に不向きだったこともあり、侵略側にとって不利な情勢になってしまった故に失敗してしまったのだ。
人的損害を少なくし、それでいて旧ロシア帝国を守る。
無理難題ではないにしろ、これまでにおいて難しい戦闘になる事になりそうだ。




