800:連動(下)
800話に突入したので初投稿です
プガチョフは側近たちと共に、具体的な侵攻計画を練ることになる。
200万人もの兵力を如何に効率よく浸透させるか……そして全領土を奪取できなくてもある程度の領地まで進軍すれば和平に応じる作戦に打って出ることにしたのだ。
第一目標は旧ロシア帝国の首都であり、エカチェリーナ2世の息子であるパーヴェル1世が統治を行っている地域であるミンスクである。
狙う理由としては、プロイセン王国側についてポーランドと共にクラクフ共和国に侵攻し、反撃に遭って現在では両国ともに実質的に外交的影響力が減少している点を見抜いたのだ。
旧ロシア帝国にも救世ロシア神国の考え方に賛同している軍人や貴族がおり、彼らがプガチョフが放ったスパイに情報を売り渡しているのが実情である。
ポーランドでも同様に、元々ロシア寄りの考え方を持っている貴族が多く存在しており、自国と旧ロシア帝国の権威が失墜していることもあり、反欧州協定機構側の意見を占めている守旧派貴族たちが情報を流し、具体的なアプローチに必要な機密情報なども入手することが出来たのである。
「どうだ……新ロシア帝国はともかく……先に旧ロシア帝国の首都であるミンスクの占領はできそうか?」
「ミンスクでしたら可能だと思われます。現在までに旧ロシア帝国軍の総兵力は20万人……ですが、最近は財政難と資金繰りが悪化していることもあり、貴族などからも反発を受けているのが実情です。実働兵力はその三分の一にも満たない状況であると推測されます」
「ミンスクまでなら……農奴兵だけでもどうにかなりそうだな」
「直線距離でいえば700kmです。兵站の意味でもある程度は確保できますので問題はないかと……」
「旧ロシア帝国のミンスクを解放して貴族連中はどうするつもりだ?流石に階級を維持せよとの方針は国是に違反する」
「貴族に関しては、我々に協力的であった貴族に関しては【行政担当官】として地域の管轄を任せればいいでしょう。貴族ではなくなりますが、知識階級者であるため行政を担って我々が要求するノルマをこなせるようになればよろしいと存じます。それ以外の貴族は領地と階級を没収し、集団交配において教育を執り行い、馴染んでもらえればいいかと……」
「そうか……では、ミンスクに関しては比較的容易であるということだな」
「その通りです」
旧ロシア帝国の実情はガタガタであり、その内部情報などもプガチョフに筒抜けであった。
プガチョフは文字の読み書きが出来ないが、少なくとも以前所属していたロシア軍では少尉にまで上り詰めることが出来るほどに実戦指揮官としての才能はあった。
その才能を遺憾なく発揮しており、ミンスクまでの進路ルート上にある村や町にスパイであったり協力者を送り込んで、直線距離で侵攻できるように根回しをするように徹底させたのだ。
「スモレンスクにビテプスク……大都市圏は押さえたいが、ミンスクとは少し距離が離れているな……」
「ですが、ここの要所を確保しなければ侵攻時に補給面で苦労します。10万人程度の兵力であれば問題ないですが、30万人を超える兵力となればあっという間に食糧が足りなくなってしまします。これらの都市部を占領してから最前線の食糧庫として機能できるように兵站を確保するためにも、都市の占領は必要かと……」
「うむ……これらの地域で非協力的な貴族や行政関係者をスケープゴートにして、彼らが食糧を独り占めしているという情報を意図的に流した方がいいな。そのほうが苦しめられている農奴たちからのウケも良い……結局のところ、彼らも軍の支配によって生きているにすぎんのだ」
プガチョフは、ミンスクに通じている道路上にある農村部や都市部を順々に制圧する計画を立案する。
この方法は電撃戦的な戦い方はできないが、じっくりと時間をかけて人海戦術による包囲殲滅戦を主軸とする戦い方であった。
マスケット銃で武装した兵士を後方に用意し、最初に阿片で痛覚を麻痺させた兵士を突撃させるという手法である。
最初の突撃する兵士達が突っ込み、敵に損害を与えるもよし。
損害を与えられなくても、阿片によって無痛状態になっている上で突撃して相手を混乱させるだけでも効果がある。
オスマン帝国において各戦線で救世ロシア神国の侵攻を許してしまったのも、被害が度外視とされるこの戦法を多用されたからだ。
そして、農奴などの人権を有していない奴隷扱いされている民衆の解放という大義を掲げておけば、それだけで農奴出身者の多くが賛同してくれるのだ。
大地主や地元を統治している非協力的な貴族をつるし上げて、彼らが農奴を使って蓄えた私有財産を分け与える……これだけで救世ロシア神国への支持を集めるのだ。
「彼らは抑圧的な生活を強いられている状態だからな。それだけでも旧ロシア帝国による搾取というのは続いている。これらの地域では我々の考え方に共感している者も多い。侵攻を開始すれば農奴の一斉蜂起と合わせて混乱させよう」
「既にこちら側に通じている商人を伝って、各地の農奴代表者との連絡を取り合っております。侵攻が始まるのを合図にミンスクを除いて一斉蜂起を開始できるように準備を進めております」
「それはいい。彼らとて自分達だけではすぐに軍隊に鎮圧されるのは目に見えているからな。タイミングを見計らって蜂起をすれば、それだけ軍隊も鎮圧のために兵力を分散させる必要があるからな……国境側に近い農村部では先遣隊を潜入させて、こちらの軍を入れるための手筈を整えるべきだな」
旧ロシア帝国も、以前のロシア帝国と同じようなやり方で農奴などから作物の接収を執り行っていた為、彼らの不満というのは一定以上にあった。
しかし、プガチョフの起こした反乱が成功を治めてしまったことで、動きを警戒して農奴たちを監視する『農民監視官』という役職が設立されて、農奴100人を1人の監視官が見張っている状態なのだ。
とはいえ、彼らも元々大地主が職権を兼任しているケースが多く、国からは監視官としての給料がもらえて、さらに農奴たちから徴収分の穀物を巻き上げる事が出来る為、実質的に大地主が農奴への管理権限を有しているに過ぎない。
そのため、救世ロシア神国では国民の不満が少ない新ロシア帝国よりも、旧体制を維持している旧ロシア帝国への軍事侵攻が最も合理的だという結論に至ったのである。
その同盟国であり傀儡国家であるポーランドも、まとまりが無くなっているため、これらの国々をまず先に攻略すべきであると進言が相次いだ。
「ポーランドも求心力を失って、内部で揉めているという情報も入ってきております。欧州協定機構派と守旧派……それに、クラクフ共和国に亡命した王族を支持するクラクフ派の派閥で水面下で蹴り落としの争いがあると……」
「ポーランドもクラクフ共和国の奪還に失敗したため、政情不安になっております。新ロシア帝国よりも先に旧ロシア帝国を攻略すべきでしょうな……」
プガチョフは側近たちの意見を取りまとめて、5月に旧ロシア帝国への軍事侵攻に踏み切る決断を下した。




