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これが、俺がいなくなった後の世界の様子だそうだ。
釧路からの放送を最期に、モニター画面が消えたのを目の当たりにしたわけだが、やはりショックは計り知れない。
明らかに呼吸が乱れている。
第三次世界大戦が始まってからの核戦争による人類の終焉というものをまざまざと見せつけられたら、流石に堪えるものがある。
少しばかり落ち着いた後で、俺は彼に話しかけた。
「それで日本は……いえ、世界はどうなりましたか?」
「知りたいかね?」
「……ここまでの顛末を見せられたら知りたいと思うのが人間としての性です」
「ふむ、あまりいい結果ではなかった……人類の滅亡までは防げたが、結果として著しい文明水準の低下が発生し、君の生まれ住んていた街は完全に核弾頭が起爆した後のクレーターしか残らなかった……人々の生きていた痕跡すらもなくなったよ」
映し出されたのは、東京だった場所だ。
複数の高層建築物の軒並み窓ガラスが破壊され、国会議事堂に至っては爆風によって骨組みだけが辛うじて残っているものの、周囲にあった木々などは全て消し飛んでしまって跡形もない。
東京駅や新宿駅など山手線の内側や外側にそびえ立っていた高層ビル群に至っては、吹き飛ばされて跡形も無いというわけではないが、大きく損傷して倒壊したり、ビルが捻じ曲がって下の雑居ビル群をなぎ倒すように辺り一面瓦礫の山と化してしまっている。
吹き飛ばされた建物だけではなく、下敷きになってしまった状態の建造物のほうが多い。
爆風が一瞬で巻き起こった関係もあって、もはや道路がどこにあるのかわからないほどに破片や瓦礫があちこちに巻き上がってしまっている。
一瞬で高温の熱風が襲い掛かった影響で、木造建築物の多くが炎によって燃え上がり、鉄筋コンクリート造りの建物であっても内部のガラスなどは弾け飛んで爆心地に近い場所にいけば行くほど建物の原形がとどめていない。
その下では、核爆弾の閃光に伴う高熱と爆風によって飛び散った破片が身体中に突き刺さって死んでしまった人々が地下鉄に避難しようとして折り重なって倒れてしまっている。
何処の路線かはわからないけど、人々の身体が地下鉄の駅構内に殺到し積み重なっている。
そして、その人たちが動くことはなく……地下鉄の構内で生き残びた人たちが出てきて周囲を確認している様子が映っている。
他にも核の直撃を受けたとはいえ、爆心地から少し遠くにあった東京郊外の町田市付近の高層マンションが密集している地域は建物類などはある程度原形をとどめていた。
瓦や屋根が吹き飛ばされた家屋も多いが、倒壊をしている建物が少ないように感じる。
だが人々は核攻撃を受けた際に外出していた人は核爆弾による高温火傷を負ってしまい焼け爛れた皮膚を引きずりながら痛々しい様子で街を徘徊したり、生き残った自衛官や警察がマンションの部屋に核攻撃で負傷した人々の治療を懸命に行う姿が見える。
「これは……」
「核戦争直後に生き残った人々が生存者を救助している映像だ。最も、これは高度な電子機器で撮影されたものではなく、人の目線で映った脳に焼き付いた記憶だ……」
「あんなに懸命に……」
「この光景はフランス革命の時より何重にも酷いものだ……まさに地獄と呼ぶ事すら生温いほどに悲惨な光景だ……」
医療品も生活用品も何もかもが足りない状況の中で、焼け爛れた身体で水を欲しがって懇願する人々にチューブの管を通じて水を供給したり、負傷している部位などを切除したりと野戦病院さながらの切迫した状況だが、それでも残っていた物資は官民製ではなく、市販などで販売されているものを代用している状況のようだ。
スーパーやドラックストアなどで残っていたものを使っていたようで、店員などがバケツリレー方式で中にある商品を取り出して、緊急の道路には動かなくなった車両が道を塞ぎ、多くの人が行き倒れている様子が映っている。
辛うじて機能している飲用井戸に人々が群がって水を求めている光景が本当に辛い。
水を一杯求めるだけでも、多くの人々が切迫した状況下に置かれている。
それを助けることすら出来ない状況が一番歯がゆい……。
「即死者と一週間以内に亡くなった人間の数は関東だけで600万人……全世界では6億人だ。フランスでも多くの人々が犠牲になり、パリの地下鉄や個人の防護シェルター等で隠れていた者しか助からなかった……ヴェルサイユ宮殿に至っては直ぐに武装難民の拠点となって見る影も無くなったがね……」
「では……シェルター等で隠れていた人や、発展途上国の人々は助かったのですか?」
「最も、その後に発生した核攻撃によって発生した放射性降下物を含んだ塵が拡散した事によって世界的な寒冷化が発生し、直接的な核攻撃を逃れた発展途上国でも農作物や水資源を巡って多国間戦争になった。アフリカや南米、それに中央アジア地域も無傷では済まなかった……核攻撃の対象外の地域でも武力衝突によって人類は互いに殺し合った。最終的に人類の総人口は核戦争から5年後には10分の1を下回ったよ……」
「つまり、8億人以下に?その、俺の故郷……日本はどうなったんですか?」
「日本では文明時代の行政として生き残ったのは釧路だけだったがね……残念ながらここから人類の高度な機械化文明は終わりを告げて、日本時代の資産を食いつないで過ごす日々を送ることになったのだよ。唯一、核攻撃を逃れた釧路とその近隣の十勝に限り、自動車などを動かす燃料なども豊富だったこともあって、開拓をして彼らは文明を維持したんだ」
本州などの地域の車や発電所は燃料の枯渇で半年ほどで動かなくなり、近代文明としての生活水準が大幅に低下、生存者たちはコロニーを形成して明治時代レベルの文明水準で生き長らえることになる。
国内で唯一、20万人規模以上の都市で核攻撃を逃れた釧路では、現職や元を含めた与野党国会議員6名と釧路駐屯地の自衛隊が中心となって『日本臨時政府』が発足し、近隣の根室を合わせて核攻撃を生き延びた30万人の保護に奔走したという。
バイオ燃料による石油代用資源などを確保した上で、住民には食糧の配給や近隣から逃れてきた核戦争避難民の収容……それに加えて、国立公園等で沢山の森林に囲まれていた周辺地域を開拓し、閉山した炭鉱を再開するなど生きるために生活を推し進めたそうだ。
辛うじて文明が維持できているのは幸いと言っても過言ではない。
ただ、それ以外の地域では核戦争による後遺症なども深く残り、文明再建の目途は道東地域を除いて目途が立たなかったそうだ。
「これが……大審判後の世界というわけですか?」
「そうだ……辛うじて生き残った人々はこの凄惨たる状況を嘆いた。核攻撃を受けた地域では凄惨たる状況でも警察や軍隊などの組織的な治安機関が崩壊し、救世主は現れなかった。世界中で血みどろの戦闘となり、大勢の人間が死んでからようやく取り返しのつかない事態に陥った事を理解した……しかし、既に手遅れだったのだ」
「……」
やがて、ルイ16世は俺に向かってこう告げた。
「その嘆きに悲しんだ者は数十億にもなった。そして何度もフランスを救えなかった王が世界を救世できる者を望んだ……それが君なのだよ……」




