792:処刑……そして大審判
物語の核心部分に触れるので初投稿です
☆ ☆ ☆
1793年1月21日
……。
大勢の人間が俺を見ている。
怒りに満ちた群衆の目であった。
無言ではあったが、彼らの目には王族や貴族などの特権階級に対する怒りによって溢れ出る気を感じる。
そうだ……これはフランス革命で……ルイ16世が処刑される寸前の光景だ。
ルイ15世の銅像があった広場は「革命広場」と名を改められ、処刑場開催場所にもなったところで知られている。
……この光景は、史実のルイ16世が見た光景なのだろう。
隣にいるのはサンソンか……。
ああ、処刑人として数々の犯罪者を処していたが、ルイ16世の時ばかりは隠れてミサを捧げていたとされているぐらいにルイ16世に対して評価をしていたんだよな。
きっとこの時は辛かったんだろう。
唇を少しばかり噛みしめているのが見て取れる……。
「手を前に出せ」
ああ、手を縛られていく。
この階段を登った先が断頭台か。
残虐な処刑を無くしましょうというコンセプトから始まってルイ16世が太鼓判を押して作られた断頭台だが、皮肉なことに……王族などの権力者を容赦なくぶっ殺す事になるとはね……。
この状況なら、俺は失神して気絶してしまうだろう。
だが、ルイ16世はそんな状況でも臆することなく、正々堂々と断頭台に登って、最後の言葉を発した。
「私は……私は死を作り出した者を赦す……」
死に際に放ったとされる言葉をちゃんと最後まで聞きとっていた人々は、ルイ16世の話した最期の言葉よりも、王族の処刑を今か今かと待ち構えていたとされている。
まぁ、死刑はある意味で一般大衆のガス抜き目的の娯楽として機能していた面も含まれていることを考えれば、この状況も革命派にとっては自分たちを虐げていた特権階級への復讐でもある。
ルイ16世はその生贄の一人として殺されるのだ。
断頭台に頭がセットされる。
ああ、これで死ぬのだな。
振り落とされた刃がストーンという音を奏でながら降下していく。
首のあたりに一瞬だけ激痛が走ると、視界が宙を舞った。
その瞬間に広場を切り裂くような大歓声が沸き起こった。
これでフランス革命の絶頂期が訪れ、ジャコバン派らの恐怖政治体制へと繋がっていくのだ。
きっと、ルイ16世も改革を沢山実行してフランスを豊かにしようとしていたのだろう。
その結果が革命による処刑という悲惨な末路を遂げたのだ。
視界はやがて暗闇の中にフェードアウトしていく……。
……。
だが、まだ夢は醒めない。
目の前にポツンと置かれた椅子がある。
椅子に座らなければならないようだ。
さっきみたいなギロチン台よりはマシだけどね。
椅子に座っていると、歴史の教科書と毎日の鏡で見慣れた姿の人物が目の前からゆっくりと出てきた。
「改めて……初めましてかな……」
「貴方が……オリジナルのルイ16世ですね」
「ふむ……このようにしっかりと会話をするのは初めてと言っても過言ではないかな?」
「ええ、自宅でパソコンゲームを遊んでいる際に1770年に飛ばされる直前に声を掛けていましたよね?」
「鋭いな……その通りだ。私が君を呼び出したのだ」
ルイ16世……。
本来であれば、この身体の持ち主は彼である。
しかし、何故か俺がルイ16世に憑依してフランスを引っ張ることになるとは思いもしなかった。
何故に今になって目の前に現れたのだろうか?
「しかしまぁ、急な呼び出しで少々驚いていますよ。未来人としてやるだけの事はやっているつもりですが……」
「いや、君は十分過ぎる程の改革を成し遂げた……この世界における歴史はフランスを主軸としながらも、安定的な体制へと移管できるようになった。文明が暴走することなく、発展できる余地を残している……」
「それはどうも……ところで、何故急に呼び出しをしたのですか?」
「……今日が私の命日だからだ。断頭台で散った日から何度か記憶を戻して国王として過ごしたが、革命は毎回起こってしまい、その度に私は革命派によって処刑されたからだ……その度に家族と別れることが本当に辛かった……」
「……」
「君はアントワネットを救ってくれた。そればかりでなく、テレーズや息子たちも……未来の知識と君の人徳によって救われたのだ。本当に感謝している」
……あ、そうか。
今日は1793年1月21日……ルイ16世が公開処刑された日だったな。
史実ではこの日に命を散ったけど、この世界ではまだ生き続けることが出来そうだ。
そう考えれば希望が持てるな。
テレジア女大公も史実よりも2年以上生きたし、この世界では人間の行動が変化しているからその分寿命なども変動しているのだろう。
「しかし……なぜ俺にフランス革命を阻止するために転生させたのです?こう、余りにも突拍子というかゲームやっている時に転生するっていうのは本当にビックリしているんですが……」
「ふむ……では君は転生する直前に酒を飲んでゲームを遊んでいたね?」
「ええ、コーラとウォッカを割ったやつですね。ルシアンコークって呼ばれている飲み方ですけど……」
「それより少し後にゲームを始める際に、不可解な事が起こっていなかったかな?」
「不可解な事?」
あれ、転生する前に不可解な事ってあったっけ?
蕎麦食べて……そんでもってルシアンコーク作って飲んで……。
さらに言えば時計みてそこまで時間経っていない事を把握して……。
ん?時計?
確か電波時計が止まっていたな。
あれは電池の買い替えだと思うけどなぁ……。
「確か電波時計が止まっていたような気がしますけど……」
「それだ。転生するほんの数秒前に始まってしまったのだよ。人類の大審判がね……」
「じ、人類の大審判……?えっと……それってどういうことですか?」
「そうだな……これを見てくれたまえ……これは君と同じ境遇をしていた日本人が最期に見た光景だ」
ルイ16世が大きなテレビモニターのようなものを出現させて、とある映像を見させてくれた。
映像は新宿の歌舞伎町にある居酒屋で酒を飲んでいるサラリーマンの視点だ。
あー、揚げ豆腐に日本酒かぁ……美味しそう。
揚げ豆腐を箸で崩して食べている最中、突然サラリーマンのスマートフォンや、他のお客さん、そして居酒屋に取り付けられているテレビ画面から大音量で警告音が鳴り響いている。
けたたましいサイレン音、これ……Jアラートじゃないか?
『航空攻撃情報、航空攻撃情報、当該地域に航空攻撃の可能性があります。屋内に避難し、テレビ・ラジオを付けてください』
航空攻撃情報……?
またどっかの国がミサイルでも飛ばしたのか?
いや、それだと弾道ミサイル発射情報だよね……。
航空攻撃とは聞いたことがないな……。
そう思って見ていると、いきなり爆発音と共にサラリーマンの視界が大きく揺れた。
外を覗き込むと、向かい側のテナントが入っていた雑居ビルが爆発をしたのか、炎を吹き上げて炎上している。
さらに爆発音が立て続けに起こり、パニックになった人々が慌てて外に逃げ出そうとしている。
サラリーマンも咄嗟に荷物などを全て持って居酒屋を出ようとした際に、空を見上げると幾つもの閃光が光りだし、こちらに向かってリング状の物体が近づいてくることに気が付いた。
そして、その瞬間に映像は終わってしまった。
これって……戦争があったというのか?




