789:ハネムーン
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1792年12月26日
クリスマスが終わった次の日……。
私はオーギュスト様の許可を貰って、ランバル公妃と一緒にパリ郊外の喫茶店で食事をとっておりました。
公務続きだったこともありますが、ようやく今年はひと段落できそうです。
ランバル公妃も、新しい旦那様と深いお付き合いをしていることで知られており、現在も公妃の名称を付けることを許されております。
「それで、旦那様との関係は上手くいっているでしょうか?」
「ええ、順風満帆ですわ。これもアントワネット様のお陰ですよ……ユダヤ系の人との結婚を認めるようにしてくださったお陰で、世間でもそこまで風当たりなどは強くありませんし、堂々と歩いていても問題ないですわ」
「結婚に関する法案を通したのはオーギュスト様の手腕ですね……これからの時代は身分や血筋よりも、人としての器によって決める時代になるかもしれません……私の子供たちのように王族出身者であれば、流石に跡継ぎなども王族の血である必要がありますので……王族や皇族に関する結婚の法令なども近いうちに取り決めになりそうですわ」
「そうでしたか……改革派も今では宮廷などで大多数になったお陰で、貴族や聖職者出身者ではなく、平民出身者が幅を広げておりますからね……時代の変化かもしれません」
オーギュスト様は血筋や家柄ではなく、能力さえあれば身分を問わずに採用することを掲げて全国にブルボンの改革を発布致しました。
この改革によって国内外から身分を問わず優秀な人材が揃い、今日のフランスの政治・経済・科学分野を支えているのです。
それに飛躍的に発展を遂げている蒸気機関なども、旧グレートブリテン王国出身のワット氏であったり、紡績機などを発明した方々を招き入れて、特許権などをフランスが独占することが出来たからでしょう。
フランスに経済や資本……それに科学技術の最先端が結集したことにより、フランスは空前絶後の発展……それに伴う都市の再開発が急ピッチで進んでおります。
セーヌ川の水質汚濁防止法などの悪臭の原因であった汚物の垂れ流しなどを禁止にし、し尿汲み取りサービスなどを開始したことで、圧倒的に不衛生であった街は綺麗になったのです。
……ランバル公妃曰く、オーギュスト様が改革をする以前のパリは猛烈に臭かったらしく、夏場は特に糞尿の匂いが街中で立ち込めていたぐらいに酷かったそうです……。
本当に、改革を実施して良かったと身に染みて思った瞬間でもあります。
この喫茶店は改革派が執り行っていることもあり、外部に漏れる心配はありません。
特に、VIP専用の個室が用意されておりますので、その個室でこうしてランバル公妃とのお話をしても問題ないはずです。
「ところで……実はランバル公妃に執り行ってもらいたいことがあるのです」
「私にですか?」
「ええ、王族関係者と深い繋がりがあり、なおかつ宮廷内で影響力のある貴方にお願いしたいことです。聞いて貰えますか?」
「ええ、構いませんよ」
ランバル公妃とこうして二人きりの時間を取らせてもらったのも近況報告……というのもありますが、やはりお伝えしなければならないことがあったために尋ねたというのもあります。
それは、私達王族が巡幸行事に出発するため、その間の政治的な影響力を宮廷において保っておいて欲しいというものです。
「宮廷で政変であったり、突発的な戦争が起こることは考えられませんが……政府首脳部において何かあった際にはオーギュスト様の弟であるルイ・スタニスラス殿下が一時的に指揮を執ることになります……彼を補佐してほしいのです」
ルイ・スタニスラス殿下はオーギュスト様の弟であり、私とも良く会話をなさる御方です。
王位継承権を有しておりますが、彼は現在外務大臣として活動をしております。
私達が公務としてフランス各地の巡幸行事に赴いている間、ヴェルサイユ宮殿内で執り行われる王室行事はルイ・スタニスラス殿下が代行として執り行うことが予定されております。
そのため、巡幸行事中に我が国を狙った戦争であったり、ほぼ有り得ないですが政変が発生してしまった場合には、ルイ・スタニスラス殿下がオーギュスト様が帰還するまでの間、一時的に指揮を執る手筈となっております。
その際に、彼を補佐できる役割を担う人物が必要不可欠なのです。
オーギュスト様とも相談した結果、ランバル公妃が補佐を執り行えるようにするべきだという結論に達したのです
「ルイ・スタニスラス殿下をですか?それは構いませんが……首相がいるので大丈夫だと思いますけど……何か気掛かりなことがあるのですか?」
「ええ、改革派に属していたロベスピエール氏が反乱を企てようとしていたのはご存知だと思いますが……彼の仲間はほとんどが捕まったとはいえ、まだ数名がパリを離れて国外に逃亡している可能性があります。彼らが政府の中枢に攻撃を仕掛ける恐れもありますので、万が一……フランスの政治機能が麻痺する事態になった際には、ルイ・スタニスラス殿下を補佐してほしいのです」
杞憂であればいいのですが、世の中には突発的に事件が起こることもあります。
アデライード様が乱心したルイ15世襲撃事件であったり、パリ市内で爆発物を使った同時爆発事件もそうです。
政府を攻撃しようとする輩がいる場合、万が一首脳部がやられてしまうと大混乱に陥ってしまうでしょう。
もし、政府機関が一時的に機能不全に陥って回復が遅れた場合、取り返しのつかない事態になることは避けられないでしょう。
既にルイ・スタニスラス殿下には事情を説明し、ランバル公妃が補佐することへの許可を取り付けております。
「ルイ・スタニスラス殿下には事情をご説明した上で、ランバル公妃が補佐を執り行うことに許可を執ってあります。手続き上では問題ありません」
「……しかし、私は暫くの間……政府の中心からはいなかった者ですよ?宮廷内に影響力は一定数あるとはいえ……執務の補佐を執り行う事は……」
「オーギュスト様の業務を間近で見てきた貴方であれば、補佐ぐらいなら執り行う事ができます。それに、王室との関わりが深く、信頼が出来る人間でなければならないのです。誰でも成れるというわけではないのです」
あくまでも補佐という形ですが、王室と関わりが深くオーギュスト様の信頼を寄せている人物は限られております。
その中でもランバル公妃は最初期から補佐を執り行っていた人です。
直接ではないにせよ、ルイ・スタニスラス殿下の補佐が出来るだけでも大の字……ランバル公妃は暫く沈黙して思考を巡らせた後……引き受ける趣旨を語ってくれました。
「……分かりました。どこまでお役に立てるかはわかりませんが、最善を尽くしましょう」
「ありがとうございます、貴方に相談できて良かったわ……よろしくお願いしますわ」
「はい……」
説得した甲斐がありました。
これで最低でも何かあった時の人脈と指揮系統は如何にかできそうです。
……あとは、そういった問題が起きないことを願うばかりです。




