781:広域防衛政策
会議も夕刻に差し迫った頃……。
俺は各国大使に提案を行った。
「まず……我々が目的とする事は自国領を守ること……そして、予測される救世ロシア神国やスペインとポルトガルの南米支配地域への攻撃から身を守ることだ……カリブ海方面には海軍を集中的に配備して北米複合産業共同体への圧力と、侵略を行わせないために睨みを利かせることだ。無論、救世ロシア神国がオスマン帝国から鹵獲した戦闘艦を使って地中海方面から攻撃を仕掛けてくる可能性も捨てきれないが……東欧から新ロシア帝国までの広い国境線を防衛せねばならない。このためにも遅くても来年4月までには国境線に配備する兵士を選定して、最低でも30万人規模の兵力で侵攻しやすい場所を防がなければならない」
救世ロシア神国が欧州協定機構加盟国への軍事侵攻を行うとすれば、新ロシア帝国の首都があるサンクトペテルブルグ方面か、旧ロシア帝国の臨時首都が置かれているミンスク(現代でいうところのベラルーシのある場所)か、はたまたブルガリアやギリシャの中でも侵略を受けていないソフィアやテッサロニキ方面への侵攻も考えられる。
いずれにしても、三方向からの侵攻を想定し、想定外の場所からの侵攻に対しても柔軟に対応できるように軍の配備を進めていくつもりだ。
流石にプロイセン王国軍との戦いで充足率などが損耗している部隊をすぐに向かわせるわけにはいかないものの、本土で待機している5万人の兵力であればバルカン半島における地中海方面に対してすぐに動けるだろう。
地中海艦隊も増強を行っているため、万が一海上戦力と対峙することになっても質で負けることはない。
「救世ロシア神国の侵攻予測地点を割り出すのは少々難しいが……大規模な兵員を投入するとなれば、山岳地帯はなるべく避けるようにしてくるだろう。となれば、三方向からの同時侵攻が考えられるな……それから地中海から進軍してくる可能性もある。我が国は即時投入するとして5万人を出せるが……他の国はどうなっている?」
「オーストリアとしては常備軍5万人を何時でも投入できる準備を進めております。プロイセン王国内の復興支援に関しましても、軍ではなく現地政府が執り行える手筈を整えております。兵士に関しては本土に待機していた部隊を使います。また、職を失ってあぶれている者達に軍隊への入隊も進めております」
「ネーデルラントですが、現在復興に重点を置いている為、派兵に関しては……かなり厳しいものがあります。多くても1個師団規模が限界です……」
「ネーデルラントだけでなく、クラクフ共和国も同じ状況です。国土の九割以上がポーランドに占領された際に、逃げ遅れた人々はポーランドから離反者として吊し上げを食らっておりました……総人口の8%近くを戦火で失っており、さらに未だ国民の4割が隣国に避難している状態です。今の軍で動かせるのは……1個大隊が精一杯です」
「両国は今回の戦争で主戦場となった国ですからね……オーストリアも、プラハ蜂起によって北部地域に少なくない損害を出しております。諸外国の軍隊も戦死者や戦傷者の数が多く、再建には時間がかかるかと……」
やはり、ネーデルラントやクラクフ共和国の被害は相当なものになっている。
両国も首都や都市部が主戦場となった影響で、経済的にも人的側面からみても、負った傷は癒えていない。
特に軍隊も少なからぬ消耗をした両国の軍隊は、戦死者・戦傷者の割合も突出して多い状況だ。
ネーデルラントに至っては、ロッテルダムの大半が戦火の際にプロイセン王国軍が火を放って焦土化作戦を実施した影響により、人が住めない場所が複数出てしまっている。
都市部の損害状況も多く、家を焼かれてフランスに避難したままの人もいるぐらいだ。
住宅の再建が進めば、彼らにも帰国する予定となっているが、その予定も5年以上先と随分と長い期間になってしまっている。
今回の戦いですらこのような状況なので、新・旧ロシア帝国領やポーランド、さらにバルカン半島方面から軍事侵攻を起こされたら、どれだけの戦争難民が産み出されるかと思うとゾッとしてくる。
「ネーデルラントとクラクフ共和国に関しては、出せるだけの人数で大丈夫だ。スペインとポルトガル、それにスウェーデン側はどれだけの人数を出せそうか?」
「スペインとしては南米方面に圧力を掛けてきている北米複合産業共同体をけん制するためにポルトガルと共同で海軍を派遣し、彼らの動きを封じます。また、これまでに植民地化した港湾施設などを中心に防衛体制を確立させるため、派兵に関しては地中海方面であれば両国合わせて6万人程度の派兵が可能です。ただ、海軍戦力が不足してしまうため、必要な輸送船をリースしてもらえるとありがたいです」
「輸送船に関してはフランスが供与いたします。民間船でも兵員輸送に適している船は数多くあります。それに、プロイセン王国から接収した船を合わせればスペインやポルトガルの兵士を派兵する分の海上輸送用の船舶の確保はできそうです」
輸送船は民間船を借り入れた上で、私掠船としても使用するつもりだ。
カリブ海戦争では、私掠船が一定の戦果を挙げたことでも知られているが、今回救世ロシア神国は旧式とはいえ、オスマン帝国の船を接収して運用しているはずなので、地中海方面も手薄にはせずに海軍戦力を随時投入できるように設定しておいたほうがいいだろう。
「スウェーデンとしては隣国に新ロシア帝国があり、これの防衛にあたるためサンクトペテルブルグを中心に8万人の兵士で守備を固める予定です」
「8万人か……随分と多い数だが、兵士の充足率は大丈夫か?」
「ええ、問題ありません。幸い陸続きですしバルト海方面の制海権はスウェーデンが守ります。護衛船団を率いてサンクトペテルブルグにピストン輸送を行えば十二分に人員を補強できます」
スウェーデンからしてみれば、新ロシア帝国が破られれば本土を狙われることになるため、防衛のために兵力を出してくるのはありがたいことだ。
これらの三方向に最低でも10万人規模の兵士を派兵した上で、初期段階ではあるが防衛線を構築して救世ロシア神国が欧州奥深くに越境してくるのを防ぐ必要がある。
阿片をキメた集団とはいえ、彼らは阿片によって物理的に痛みを感じない兵士を量産することに成功している上に、最も恐ろしいのは兵士を消耗品のように使い捨てにしても士気が下がらない性質を持っている軍隊という点だ。
彼らは降臨神プガチョフ……じゃなくて、自称ピョートル大帝を名乗って挙兵した上で、モスクワを占領した辺りでピョートル降臨神を自称する神となって農奴や農民を解放した英雄として崇められているのだ。
そんな崇められた存在から命令の通りに、殺戮と破壊を疑うことなく実施できる機械のように行動する兵士を育て上げることが出来ているから恐ろしいのだ。
そんな軍隊に立ち向かうためにも、ここで頑張らないと……。




