780:対米
救世ロシア神国に併合された地域を一言で表すなら『人間が獣になる場所』と評するにふさわしい。
原始共産制に近いが、実際には部族社会をよりスケールを大きくしたうえで、プガチョフによる宗教国家として確立したのは彼のカリスマ性があったからだろう。
現に、農奴制であったり奴隷制が残っていた地域の風習や風土を破壊し、彼らが盲信している解放者としての側面を受け継ぎ、最終的にはプガチョフはピョートル大帝だけではなく、神であることを宣言してモスクワを首都にして神を崇め、阿片を服用して神秘的な体験を行えるジャンキー国家と化しているのだ。
そして、特権階級者である貴族や皇族、それに富裕層に関してはこの国家で生き残ってしまった場合『不運な人達』というカテゴリーに分類されるだろう。
すでに彼らは価値観すらも否定された上で、人も交わって子供を産むことでしか生き長らえることはできない。
断れば、良くて処刑……最悪の場合、住民たちのストレス発散用の道具として、無防備な状態でなげだされて人権すらも剥奪されるという。
そんな救世ロシア神国と、北米複合産業共同体が我が国を含めてヨーロッパ諸国への軍事侵攻、ないし混乱を画策しているのであれば、それを打ち砕く必要が生じる。
プロイセン王国との戦争が終わったばかりだが、ここで軍備を縮小すれば救世ロシア神国が東から攻めてきた際に対応が出来なくなる。
それに救世ロシア神国の恐ろしいのは、その動員兵力の数である。
「今回、救世ロシア神国が現時点で抱えている総兵力ですが……イスタンブール攻略の際には最大80万人もの人間を兵士として動員しており、さらに同時期にコーカサス地方の攻略も開始しているため、最大動員兵力は130万人を超えているものと見られます」
「動員兵力が130万人……とても多いな、これに加えて解放された農奴兵や農民兵も加わるのだろう?」
「はい、彼らはピョートル降臨神に忠誠を誓っている熱心な信者でもありますので、これらの兵士も動員すれば東ヨーロッパ地域への侵攻作戦に対して、救世ロシア神国は常備軍として300万人の兵士を動員してくるものと推測されます」
「300万人……?!」
「なんという数だ……」
大使たちからもどよめきの声があがる。
むしろこの時代で300万人も動員してくるのは化け物としか言いようがない。
中国の清ですら、最大兵力は八旗軍を合わせても30万人前後と言われていた時代だ。
多少、臨時でそこらへんの農民兵を即席兵力としてカウントしたとしても、元の人口が3億人以上いるため、300万人の動員も不可能ではないし、やろうと思えば不自然な数ではない。
対して、救世ロシア神国は東ヨーロッパの中でも人口はそこまで多くは無い。
確か総人口は合わせても3600万人前後だったはずだ。
そして国が分裂している状態であり、数百万人単位で国民が国内移動している状態なので、実際の人数まで正確な数値は表せないが、おおよそ2800~3千万人といったところだろうか……。
つまり、総人口の10%をすぐに動員出来る上に、かの国は女性兵士も採用しており、これらの兵士は最前線では男性兵士を慰めたり、出産などを行って人口を増やすという方針をとっていたはずだ。
それを考えると、300万人という数値は『常備軍』としての扱いであり、子供や老人でも動員してくるとなれば、常備軍の数値から更に上回って1千万人を超える数を徴収できるようになるだろう。
まるでソ連軍のような状態だ。
兵士を殺しても殺しても補充されていく状態であることを考えるに、かの国はこれまで戦ってきたロンドン革命政府であったり、プロイセン王国軍よりも遥かに厄介だろう。
特に、最初から大規模な人数を投射できる点が恐ろしい。
フランスが各地で防衛拠点を設置したとしても、持ち前の人海戦術を駆使して漏れている箇所から攻撃を繰り返していけば、戦場で漏れだしたところから攻撃を仕掛けてくるはずだ。
「救世ロシア神国の支配地域での総人口は……どのくらいいるのか?」
「そうですね……オスマン帝国のイスタンブールを含めてざっと3200万人ほどの人口を抱えているものと推測されます。その気になれば、総人口の九割近くを軍に投入できるかと……」
「つまるところ2800万人近くを動員してくるおそれがあるというわけか……300万人でも厳しいが、もしその戦法を執ってきたらこちらも被害は大きくでるだろうな……人数もさることながら、それだけの人口を抱えている状態であれば、各国が連携をしなければプロイセン王国の時以上の被害が生じる……きっとそれは、これまでの戦いよりも困難なものになるかもしれない」
推定兵力は全ヨーロッパ諸国の中でもぶっちぎりでトップの300万人規模を有していると言われており、国民の大部分が兵士として徴兵されている状態が続いているという。
そんな体制下において常備軍が300万人もいるのは非常にヤバいのだ。
総人口の1割が軍に従軍している状態であれば、恐らく屯田兵としての役割も与えられた数も含めての数値だとは思うが、それでも数の上ではフランスやオーストリア……欧州協定機構に加盟している各国の軍隊の数を全て足しても、100万人前後と言われている状態なので今ある兵力を上手く使って徹底した防衛戦を展開するしかないだろう。
フランスの常備軍を20万人規模まで拡大させても、本土防衛のために7万人は最低でも守備に就かなければならないため、残りの13万人で戦うことになる。
予備役の兵士であったり、志願兵を募ったとしても現状では50万人が限界だろう。
あまり兵士を多く雇ったとしても、戦時国債が上乗せになって借金として降りかかるだろうし、それにまだプロイセン王国との戦いで損耗した常備軍の兵力を回復している真っ最中だ。
そこまで大兵力を回して東欧を守る……となった時の国民感情もどうなることやら……。
まだプロイセン王国の時は隣国だったのと、ネーデルラントを防衛するために大兵力を回すことに国民の大部分が容認してくれた。
予備役や志願兵が沢山集まったのも、賛同してくれたお陰だからである。
ただ……。
旧ロシアやポーランド、それにユーゴスラビア一帯のバルカン半島方面の防衛に使うために軍を派兵するとなった際に、多くの国民が納得してくるとは思わない。
どちらかといえば、自国の利益に繋がらない戦争という見方になる恐れがある。
絶対王政として、今のところ王政政治としては史実とは違い安定こそしているが、ロベスピエールみたいに王政政治への不満点をあげて対立している者もいることも忘れてはならない。
「我が国をはじめ、諸外国との連携が何よりも大事だ……それに、北米複合産業共同体がカリブ海方面、ないし南米のスペインとポルトガル領に侵攻する恐れもある……。地中海方面と東欧地域……これらの三方向に注視していかなければならない……」
そう、問題は山積しているが、何よりも大事なのは欧州協定機構のトップとして、加盟国を見捨てない事だ。ここはリーダーシップを発揮せねば……。




